―教育編―

第七話:ギルドへの帰還・Ⅰ



「帰ったぞ! 天才たる俺様の帰還だ!」


「ディーさん!? 生きてたんですか!?」


「言葉には気を付けた方がいいと俺様は思うぞ」


「ああ、すいません。帰還予定日を超えたのでてっきり……。いえ、これは私が悪かったですね、殺しても死にそうな人じゃないというのに」


「当然だ、天才だからな」


「いや、なんか生き汚そうだなって……まあ、いいですけど。それでは依頼達成の報告手続きということでよろしいですか?」


「ああ、頼む。いやはや、大変だった――本当に」


「ご無事そうで何よりです。遅れたのは何かトラブルが? それほどまでに遺跡の探索は酷かったんですか? モンスターとかトラップとか……」


「いや、そっちの方は問題はなかった。何故なら俺様は天才だからな、あの程度の遺跡の探索など大した問題にすらならない。ただまあ、天才であっても精神的な疲労は避けられないというか……」


「はい?」


「……何でもない。ああ、何でもないとも。それで……なんだ。結局のところ、ギルドに提出していた帰還予定よりも遅れてしまったわけだがペナルティとかは無いだろうな?」


「ああ、それなら大丈夫ですよ。討伐とか採集依頼なら達成条件に日時とかの制限がある場合もありますけど、探索依頼に関してはよほど特殊な場合を除いてはありません。帰還予定を提出して貰ったのはギルドとしての冒険者の管理の一環というか……」


「管理、か。まあ、出先でそのまま帰ってこれなくなる冒険者も多いだろうからな。皆が俺様のような天才であるわけではない。ああ、そうだった。忘れる前に渡しておこう」


「これは……なるほど、確かに」


 ディアルドが取り出した冒険者のプレートを見て理解したのか神妙な面持ちで受付嬢は受け取った。


「それにしても先に行ったパーティーのプレートを回収して戻って来たということは……」


「ああ、奥に行くことには成功した。流石は天才だろう?」


「なるほど、となると依頼の報告については何かしらの成果が出た……ということでよろしいのでしょうか?」


「期待していいぞ」


 ディアルドは自慢げに肩から下げていた鞄を叩いた。

 色々とあったとはいえ最低限の物の確保はしてあった換金するのが楽しみだ。


(まあ、一番のお宝はハズレもハズレ、大ハズレだったわけだが……)


「それではお手数ですが遺跡探索について報告書等の発行が必要となります」


「ああ、問題はない。さっさとやってしまおう」


「では、お手続きを……と、その前に――いいですか?」


「なんだ?」


「えっと……その……」


 既定の手順があるのだろう、スムーズに話を続けていた受付嬢だが少しだけ口ごもると意を決したかのように口を開いた。




「……えっと、一緒に入ってきた彼女はいったい」


「…………」




 それはまるで「出来れば聞きたくなかったけどこれ以上無視するのも後々面倒なことになりそうだな……」と言わんばかりの雰囲気だった。


(まあ、そうなるか……)


 本来であればギルドの受付など人が結構な頻度で出入りする場所だ。

 見慣れない顔の一人や二人、入って来たところでそれほど衆目を集めることではないだろう。


 だが、それにも限度というものがあった。

 ディアルドと一緒に入って来て今は物珍しそうに室内を見渡している彼女――白銀色の髪を持った少女、ファーヴニルゥという存在はあまりにも人を惹きつけすぎた。


 見かけが子供である点でギルドの受付所という場所では目立ってしまうのは確かなのだが、それ以上に彼女という存在は美しすぎた。

 美しい髪に肌、気品あふれる容貌、どこぞの貴族や国のお姫様と言われても納得しかないほどにどこか下々の民とは隔絶した雰囲気……。


 そんな少女が当たり前の顔をして入って来たのだ。

 誰だって注目するし、そして次の瞬間には口を噤むことを決める。


 それは実に賢い行動だ。

 実際に想定以上に厄介な存在でもある。

 受付嬢としても出来れば居ない者として処理したかったのだろうが……立場もあって見ない振りにも限界はあったようだ。


「あー、彼女は……」


「か、彼女は……? ま、まさか拉致誘拐」


「誰がそんなことをするか!? 俺様を何だと思っている!? あれはあー……俺様の従者だ」


「じゅ、従者ですか? それは何というか……」


「うん、まあ、そんな感じで」


「そんな感じで!? 今適当に思いつきませんでしたか?!」


「そんなことはない。よし、ファーヴニルゥ来い」


「はーい、マスター!」


主人マスター!?」


 ディアルドが声をかけるとニコニコ顔で近づいてくるファーヴニルゥ。

 その様子に受付嬢は目を白黒させた。


 それはそうだろう、従者なんて貴族とか相応の有力者ぐらいしか使わない単語だし、ファーヴニルゥの体躯と美麗さが色々な意味で拍車をかける。


 ディアルドたちの会話に耳をこっそりと傾けていた野次馬たちがひそひそと話し始めるのを察した。


「…………」


 ファーヴニルゥを目覚めさせてしまった後、ディアルドは日程を遅らせてフレイズマル遺跡に泊まり込み、彼女について調べてそして話し合った。

 あまり詳細については調べ上げられるほど時間がなかったが、とりあえず差し当たって重要なことは彼女は古代文明が生み出した人造兵器で、起こす時の手続きのせいでディアルドをマスターだと認識しているらしいということ。


 そのせいなのかファーヴニルゥは凄く懐いてくるわけだ。

 ガキとは言え懐かれて悪い気はしないがそれは相手は討伐難度350以上のモンスターを瞬殺する相手でない場合に限る。

 正直関わり合いになること自体遠慮したかったので、丁重にマスター云々は辞退しようと試みたが失敗。

 逃げ出そうとも考えてみたものの、相手は音速なんてあっさり超えて動ける相手である。

 更に滅茶苦茶強いときたものだ。


(いや、天才たる俺様なら余裕だけど。余裕だけどね?)


 変に意固地に反発して怒らせてでもしたら……と思うと強気にも出れず。


(それに目覚めさせた責任ってのもある。ファーヴニルゥを放り捨てて何か問題を起きた場合、誰が目覚めさせたって話にもなるだろうし……一)


 仕方ないので一応面倒を見るしかない、という結論に落ち着くまでに時間がかかってしまった。

 それ故にギルドへの帰還も遅れてしまい――今に至る。


「ファーヴニルゥは俺様の遠い親戚の騎士見習いで後学のためにと冒険者としての生活を経験したいということで預かることとなった……そんな感じでどうだ?」


「いえ、あの、どうだと言われましても」


「どうだ」


「二度言われても……」


 などと受付嬢は明らかに納得のいっていない雰囲気だ。

 確かに貴族の騎士見習いが冒険者で経験を積むというのは別段珍しい話ではない。

 とはいえ、そういった場合はある程度所縁のある土地のギルドに所属させるのが普通で、縁もゆかりもない遠方の土地のギルドに所属させるというのは変な話だ。

 更にはいくら冒険者登録に年齢制限がないとはいえ、ファーヴニルゥのような子供が――というのもある。

 ディアルド自身、強引な話だなとは思っているものの。


「そんな感じだ」


「いや、そんな感じだと言われても」


「では、仕方ない。そこまで言うならキミにだけちゃんとした事情を伝えようではないか」


「えっ」





「ただし――後悔するなよ?」





「……………それでは本日の要件は「遺跡探索の成果報告」と「新規の冒険者登録」ということでよろしいですね?」


 受付嬢はディアルドに笑顔で尋ねた。


「ああ、それで頼む。ほら、挨拶を」


 とりあえず上手くいきそうだなと一安心しながらディアルドはファーヴニルゥに促し、





「僕の名前はファーヴニルゥ、よろしくね。この身は生涯をマスターに仕える身。あらゆる困難を切り捨てる剣であり、栄光へと導く翼。マスターの道具、所有物として――もがもが」


「おっと天才的に手が滑った」


「えっ、所有……なんですって??」


「ふーはっはァ!! ――気のせいだ」



 


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