第二十一話:ある奇跡少女の決意



「はぁ、はぁ……っ!」


 罰があったのだろう、とそう思う。


「おらおら! 逃げてんじゃねぇよ!」


「あぐ……っ!」


 あんな連中の手を取った。

 決まり切っていた破滅だ。

 そうだ、私はわかっていたはずなんだ。


「わ、私は……ろ、ロナウドに雇われている身……だぞ、こんなこと……」


 嬲るように振るわれた金属の棒。

 その一撃を受けてルベリの華奢な体は飛び地面に転がった。

 それでも何とか吐いた言葉だったが、返ってきたのは嘲笑の笑い声。


「残念だなぁ、お嬢ちゃん? そのロナウド・サーンシィター様からの依頼なんだよ」


「おい、馬鹿正直に言うやつがあるか」


「へへっ、いいじゃねーか。頼りにしてはずの相手から殺されそうになってどんな表情を浮かべるか――ああ、その顔。別に信じてもなかったか」


「……うっ、ぐ……そりゃそーだろ。あんな……クズ野郎。信じる方がどうかしてる」


「ぎゃははは! そりゃそうだ!」


「ちげぇねぇ!!」


 ルベリの言葉がツボに入ったの笑い声をあげる悪漢ども。


(そう……わかってはいたさ。こんな街の外れにまで買い物に行かせるなんて)


 嫌な予感はしていた。

 だが、ルベリの立場で断れるわけもなく、タダのいつもの嫌がらせの一種だと思い込みたかったが……案の定、この様だ。


 ここはオーガスタの中でも治安が悪い場所だ。

 ガキの一人二人が不幸な目にあったとて誰も気にしやしない。


(ああ、クソ……そうだよな。きっと――口封じだ。あのことを……)


 ルベリにはこの襲撃の意図が手に取るように分かった。

 ロナウドは黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴン討伐に関する真実、それが漏れる可能性を潰したかったのだろう。


 だからこうして雇った悪漢にルベリを始末させようとしている、というわけだ。


(……ほんと、笑える)


 ルベリは何もかもが嫌になった。

 奇跡を発現させ、孤児院を追い出される羽目となった彼女はサーンシィター家に拾われることになった。

 それは自らの持つ奇跡の価値が認めてられたから……という打算的なものだったのだろう。


(それでも私は感謝したし、ロナウド様の下についてから酷い目の毎日だったけど……恩は返そうとは思っていたんだ)


 その結果がこれだ。

 ルベリの頑張りなどまるで伝わらなかったのだろう、こうしてただゴミのように処分されようとしている。


(ああ……最低な人生だったな)


 ニヤニヤと笑いながら追いかけ回されルベリは路地裏へと追い詰められた。

 もう逃げ場はない。

 奇跡は戦いには向いていない力であり、そして奇跡の力を除けば彼女はただのか弱い少女でしかない。


「へへっ、さーてともう逃げるのはおしまいか? んー? 殺しちゃうぞー?」


「ひひっ、おいお嬢ちゃん今すぐ服を脱いで額を地面に擦り付けて命乞いしたら気分が変わるかもしれねーぜ?」


「ぎゃははっ! そりゃ、いいな! どうだい、お嬢ちゃん!」


 嘲るような笑い声が響き、脅かすように男たちは凶器を取り出した。

 ろくに整備もしていないのだろう、所々錆が目立つものの人を殺すには十分すぎる鈍く冷たい銀色の刃の輝き。


「貧相だがそれでも満足させてくれたら気が変わるかもなぁ?」


「はっ、冗談……っ! どうせ生かす気なんてないだろうに白々しい」


「ははっ、まあ……そうだな。ロナウド様の今後のことを考えれば恩は売っておいて損はない。わかってるじゃないか」


「まっ、売り飛ばしたりして金に出来ないのは残念だけどよ。それはそれとしてやりようはあるよな」


「最終的に首を渡せばいいんだ。なあ、時間までは余裕があるんだろう?」


「今頃はパーティーだろうからな。確認に関しては明日になる」


「いいねー、良い飯を食べて良い酒を飲んで……羨ましいことで」


「それなら俺たちもパーティーと行こうじゃないか。少しは楽しめそうだ」


「全く……遊びすぎるなよ」


 ルベリの目の前で行われる怖気が走るような会話。

 ただ殺されるだけではない、尊厳を踏みにじられるような未来が待っていることをまざまざと彼女に教えてくれた。


 だが、わかったところでどうしようもない。

 出来るとしたらせめて心だけは気丈でいようと精々睨みつけることぐらいだが……。


 不意に視界がにじんだ。


「ぎゃはははっ! 泣いちゃってかわいそー!」


「もっと泣かせてやるからなー?」


(ああ、クソこんなやつらなんかに……涙を見せるなんて。こんな最後だなんて……)


 ルベリは心底に思う。

 くそったれな人生だったと。


(奇跡なんて力に目覚めて孤児院から追い出されるし、貴族の家に拾われたと思ったら奇跡を都合よく使わせるくせして蔑んだ扱いを受けるし)


 貴族であるサーンシィター家の不興を買わないよう、周囲の人間はルベリに優しくしようとはしなかった。

 それどころか好感を得るために同じようにルベリを虐げもした。



 奇跡はルベリ・カーネリアンの人生に何の益も及ぼさなかった。

 ただ不幸を与えただけ。



(でも、嫌いにはなれなかったんだよな。何も持っていなかった私だけのモノだから)


 ルベリ・カーネリアンという少女は生まれて間もない状態で孤児院に捨てられていたという。

 手紙なども添えられてはおらず、身寄りどころか名前すら不明。

 名前は後に孤児院の院長がつけた。


 どこから来たのかも、どんな両親のもとに生まれたのかも、捨てられた事情も、名前も……有ったのか無かったのか。

 とにかく何もわからない少女だった。


 そんなルベリが確かに自分のモノだと言えるもの。


 それこそが――「奇跡」


 ただ一つだけ確かなルベリがルベリである証明。

 何故嫌いに思えようか。


(ああ、でも出来ることなら……)


 力任せに引き倒されて地面に転がされ馬乗りにされる。

 抵抗しようとしようにも力ではまるで叶わず、両手の自由も奪われ男の手がルベリの服に手がかかり――



(――私の奇跡を認めてもらいたかったな。そして、褒めてもらえたら)



 ふと、自身のそんな力を「欲しい」なんて言ったことの男のことが思い浮かびながら、ルベリはぎゅっと耐え忍ぶように目を閉じ。






「ふーはっはっはっはァ! ギリギリセーフだな! 流石は俺様! それからそこの良い感じの悪役ムーヴをしている悪党ども、実に助かる! やはりぶちのめすなら正義の名のもとに悪人を蹂躙するのが一番スッキリする。というわけでやってしまえファーヴニルゥ。あっ、証拠は残さないようにな」


「わかったよ、外に捨ててくる」






 何やら一瞬騒がしくなったと思いきや身体に感じていた男の重みや、拘束してた手の感触も消え一瞬で辺りは静まり返った。

 恐る恐るルベリが目を開けた時には、一応変装のためなのだろうかフードを目深く被った身を覚えのある男がただ一人そこに居た。



「ルベリ・カーネリアン、転職活動はいかがだろうか! 非常に分かりやすく端的に説明するなら俺様は貴様を引き抜きに来た! 一日最低でも三回以上、天才である俺様の讃えるのが条件になるがアットホームな職場の雰囲気に福利厚生も充実! 有給に関しては応相談だが可能な限り融通を利かせると約束しよう。さあ、我々の仲間になろうではないか」


「……はい?」


「よし、良い返事だな。では仕事の内容に移りたいのだが――」


「いやいやいやいや、待てって!? 別に肯定の「はい」じゃないんだけど?! 助けてくれたのはありがたいけど、言ってることが凄まじく胡散臭いんだけど!?」


「ふーはっはァ! 胡散臭いなどと失礼な……雇い主から捨てられたところをラッキーと思いながら職の斡旋に来たというのに」


「捨てられたって……まあ、そうだけどさ。そこに付け込んで何かやらせようって魂胆か?」


「ふっ、勘違いしているなら訂正しておこう。俺様がラッキーだと思ったのはお前という人材がフリーになったことに対してだ。欲しい人材が勧誘しやすくなったのだ、チャンスだと思うのは当然であろう? 前にも言ったが俺様は評価しているのだよ」


 無邪気にそう笑いかけてくるディアルドにルベリは何とも言えない気持ちになった。

 優しさとか正義感とかそんなもの一切感じない、利用してやろう感満点の雰囲気に何故だか落ち着きすら覚えた。


 それ即ち、利用しようという価値をルベリに認めたということである。


(ロナウド様――いや、ロナウドと求めていることは大して変わらないはずなのにな……)


 何故かルベリには全くの別物に思えた。


「……仕事って何をやらせようってんだ? この私に」


 だからだろう、興味本位でそうルベリは尋ね、


「うん? 興味が出てきたな。よしよし、これは貴様にしかできないことだ。実はだな……お耳を拝借」


 耳打ちされたディアルドの計画を聞き――








「いやいやいやいや……」


「はっはー! 驚くか? 驚くであろうな! まあ、ちょっと凡俗には思いもつかない作戦だろうが、そこはそれ俺様は天才だからな」


「いや、一周回って頭が悪いだろソレ!? 完全なペテンじゃないか!? んな、馬鹿な話が通るわけないじゃん!」


「さて、どうだろうな? 俺様としては前提条件さえ通すことが出来れば認められる可能性が高いとみる。確かに容易ではないが今の状況なら――な」


「で、でもさぁ」


「黙れ、諦める理由など考えるな」


「っ!?」


「俺様の話を聞いて確かにルベリは思ったはずだ。そうなればきっと面白い、と」


「それは……そうだけど、そんな都合よく」


「欲しくはないのか? 今まで見下してきた連中、馬鹿にしてきた連中のことなど気にせずに生きられる世界が! それどころか頭を下げに来るなんてきっと清々しい気持ちになるに違いない! それが欲しくないか? やらない理由、やれない理由など考えるな。欲しいか、欲しくないかの問題だ」


「…………」


「欲しければ後は手を伸ばす、それだけのことだろう。自らを偽ろうとするな、欲して何が悪いというのだ。まあ、確かに欲したからと言って全てが上手くいくとは限らんがそれでも――手を伸ばさなければ始まらんぞ?」



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