第二十話:国



 自分の国が欲しい、思い付きで口にしてしまった言葉だったがディアルドの胸にストンと落ちた気がした。



「マスターが国を……? なるほど、確かにマスターならそれぐらい当然ともいえるね」


 真面な人間なら冗談と笑う話であったが、残念なことにこの場にはまともな人間はいなかった。

 ディアルドの所有物自覚のあるファーヴニルゥは基本的にその行動を否定しないし、それどころか全力で肯定してくる。


「やっぱり? ふーはっはァ! そうであろう、だって俺様だからな!」


 そのためすっかりとディアルドはその気になった。

 元々、冒険者というあまり社会的地位の低い職業で身をたてるつもりはなかったのだ。

 ファーヴニルゥという予想外のお宝を入手出来てしまったため、色々と楽にはなったとはいえ……だ。


(冒険者として地位を上げてもな……確かにファーヴニルゥに任せて功績だけたてていけば労せずに上位冒険者にはなれるんだろうが)


 C級やB級とは違い、上位冒険者ともなれば稼げる額は桁が違ってくるし活動拠点としているギルドや領地の貴族からも目をかけられて色々と優遇を受けたり、働きによっては王家から認められて貴族としての地位を与えられた、なんて話もある。


(そう考えると夢のあるように思えるが……結局はあのサンシタ相手に文句も言えない立場じゃな)


 上位冒険者といえども貴族相手には迂闊なことが出来ない、それは結局は変わらないわけだ。

 常に顔色を窺う羽目になるし、よしんば貴族になれたとしても所詮は一代貴族が精々、貴族の世界だと最下層といってもいい。

 それでも平民からすれば立身出世と言ってもいいのだろうが。



「この天才である俺様が目指すのがそんな程度の低いものであっていはずがない、か。うむ、成り上がる……いい言葉じゃないか」



 出世したところでロナウドのような相手を気にしなくてはならないなら、ディアルドとしてやる意味がない。

 ならば狙うならばもっと大きなものを目指してこそだろう。


 ディアルドは明確な目標が見えてきた気がした。


「でも、国を手に入れるって何か方法でもあるの?」


「ふははっ! 天才である俺様だぞ? まあ、簡単なことではないが使えそうな手札は見つけた。問題があるとすれば――仲間だな」


「仲間?」


「ああ、俺様は少しばかりあまり知られるわけにはいかない身だし、ファーヴニルゥだってそうだ。多少目立つ分にはいいが、あまり探られて正体を知られでもしたら面倒なことになる」


 そこら辺を考えるとやはり矢面に立ってくれる人材が必要となるわけだ。


「だが、そんじょそこらの人間でいいというわけではない。仮にも俺様の計画の初期メンバーに加える栄誉を与えるのだ、人格面能力面を重要審査項目としつつ、ついでに裏切りそうにない背景を持っていると都合が――」


 そこでディアルドは言葉を止めた。

 彼の視線の先には新たな黒猫が一匹。



「……なるほど、全くあの男はなんというか我慢がきかない男だ。とはいえ、捨てるなら貰っても構わんだろう――ふははっ!」



 ディアルドにしかわからない言葉を聞いてそう笑った。



                    ■


 その日のサーンシィター子爵家の邸宅は人で賑わっていた。

 理由は言うまでもない。


「へへっ、凄い人だな。ロナウド様」


「とうとう決まりましたね黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの遺骸の回収依頼。これさえ終われば公式的にロナウド様の功績となる」


「その前のご機嫌伺ってとこか?」


 喋りかけてきたオルレウスとエレオロールに対し、ワインを片手に機嫌よくパーティーの様子を眺めていたロナウドは答えた。


「ふっ、機を見るに敏と言うやつか……まあ、分を弁えている辺り悪くはない連中だ。――それよりも父上は?」


「いえ、ジオルグ様はやはり……」


「ちょうど王都へと出立していたので」


「ちっ! 間が悪かったか」


「まあまあ、確かにジオルグ様が不在なのは残念だけど今頃王都で報告を聞いてびっくりしてるんじゃないですか? 何せあの黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの討伐をロナウド様が成し遂げたことになっているんだから」


「今回の件で王都から人が派遣されるって話だから耳には入っているはずよね。きっと大喜びになっているはずよ、ロナウド様」


「……ふん、だろうな。今回の一件でこのサーンシィター家の悲願が達成できるかもしれないのだからな」


 サーンシィター家には一つに悲願がある。

 それは名誉の回復だ。


 元々、サーンシィター家は一帯を支配するベリル家を主家とする家の一つだった。

 ところがそのベリル家は八十年前の黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの襲撃によって殺されてしまい、生き延びたサーンシィター家はこのオーガスタを治める立場となったわけだ。


 それがよくなかった。


 貴族の世界というのは風聞が命と言ってもいい世界。

 主家が領地を守るために滅びるまで抗ったというのに、仮にも家臣の身分でありながら生き残り、かつての旧主の領地を治めている――というのはどさくさ紛れに掠め取ったようにしか見えなかった。

 事実に関してはもはや八十年も前のことで調べようもないが、そんな風評もあってサーンシィター家は王国の貴族社会において全くと言っていいほど影響力を発揮できないでいた。


 地方の貴族領主としてお山の大将を気取るのが精々……それがサーンシィター家の限界だった。


「だが、注意しておくぞオルレウス。黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの討伐したことに、のではない。我々が黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを討伐のだ。――そうだろう?」


「へへっ、そうだったな。すまない、ロナウド様」


 だが、それも今日までだ。


(二日後に王都からの立会人の元、黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの遺骸が回収されれば全ては変わる。何せサーンシィター家の次期当主が自らの手で王国に仇名した凶悪なモンスターを討伐したのだ。全てが……変わる)


 汚名の返上には十分過ぎるほどの行いだ。

 今までの評価も反転し、旧主に変わって領地を奪還したという美談にだって変わる。


 貴族の世界というのは風聞が命なのだ。

 良い意味でも、悪い意味でも。


 ロナウドには自らの栄達の道が見えていた。


「それにしても凄いことになったもんだ。功績を考えればサーンシィター家の家格が上がることだって……」


「ええ、十分にあり得るわ。それから聞いた話だと今回王都から来るの要人ってどうも魔導協会ネフレインの人間らしいわよ?」


「なに? 魔導協会ネフレインの?」


「そうみたい。まあ、場所が場所だからかしらね。役人を連れて行くってのも難しいでしょう。それよりも重要なのは魔導協会ネフレインの結構な上役な人って話ことで、黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴン討伐のアピールを上手くして交渉すればロナウド様の……」


「ああ、なるほど! 魔導階級だって……っ!」


「くくっ! そういうことか。なるほど、良いことを聞いたエレオロール」


色位カラーの階級になれば私の名にもだいぶ箔がつく。それに魔導協会ネフレインの人間と縁を繋げられるというのもいい)


 ロナウドにとって都合のいいことが次々に起こる現実に笑いが止まらない。


(全ては私の思うがまま……ははっ、あの憎たらしい男に感謝してもいいくらいだ)


 自分でも意外だがそう素直に思えた。

 何せロナウドが黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの遺骸を見つけられたのはディアルドに対する敵愾心のせいだったからだ。


 ことの始まりはファーヴニルゥという少女を連れ歩くようになり、ディアルドが怒涛の勢いで討伐依頼をこなすようになったのが切っ掛けだった。

 同じ魔導士であり、更にはファーヴニルゥに対して恥をかかされた経験もりロナウドは対抗するように討伐依頼をこなそうとするも、どれだけ頑張っても二人の達成速度には届きはしない。

 今は冒険者としての階級は上でも、すぐに追いつかれてしまうことになる。

 仮にも領主の息子であるロナウドが貴族崩れのディアルドにあっさりと追いつかれてしまう……そんな現実は受け入れるわけにはいかなかった。


 だが、どれだけ頑張ってもどういった手段を取っているのかモンスター討伐速度では叶わない。

 ならば、別のところでディアルドより明確に上な部分を証明する必要があった。


 そこで聞いたのが彼が受けたというフレイズマル遺跡の探索依頼だった。


 ディアルドは古びた本や小物風情を持ってくるのがやっとだった。

 対してロナウドがそれ以上の成果を出せば、ディアルドに出来なかったことが出来たという証明になる。


 古代文明のことなど全くと言っていいほど知識はないが、探索など自分たちなら簡単だろうと依頼を受け、辿り着いた先で――ロナウドたちは見つけたのだ。



 首を切り落とされた黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの遺骸を。



「しかし、結局なんで死んでいたんでのかしら? それもあんな死に方……」


「ふん、そんなものはどうでもいい。この私への天から贈り物というやつさ」


「でも、気にならない?」


「気にしたって金にはならないだろう? そこに目を瞑れば金も名誉も手に入るんだぜ? 細かいことは気にするなって!」


「……それもそうね」


「そうだ、どうせ誰が証明できることでもない。事実として黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの遺骸はあるのだから。そして、それが正式に認められれば……全てが手に入る」


 思わず笑い声をあげたくなってしまう気持ちを抑えてロナウドは続けた。




「だからこそ、不安要素は今のうちに排除しておかないとな」


「いいんですか? あいつの奇跡は役に立っていたのに?」


「いいさ。下賤な生まれの人間は信用が出来ん。どこで卑しく裏切るか分かったものではない。――真実を知っている者は少ない方がいいだろう?」


「あー、可哀想。……名前、なんだっけ? あいつ」




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