第十九話:「翻訳」の使い方



 天才であるディアルドは悪に頓着をしない。



 この世に正しきものがあるとするならば、それは自分であるという自負があった。

 だからこそ、ディアルドは基本的に悪とされる行為でも他人がしようと許容する性質があった。


 それこそ、それがディアルドという男だ。


 彼にとっての物差しというのは結局のところ、自らが快と思うか不快に思うか……究極的なまでの自己中心、その一点に限る。



 だからこそ、――その事実だけでディアルドがロナウドを報復対象に選んだことは仕方ないことだといえるのだろう。



「ちょっと絡んでくるだけなら無視も出来たが……ああも堂々と敵対されるとな」


「やるかい? やっちゃう? 僕に任せてマスター」


「待て、派手なことはだな」


「大丈夫――証拠は残さないから」


 ディアルドに対してファーヴニルゥは腰に下げた剣の柄に触れながら自信満々に答えた、確かに言葉通り彼女の力をもってすれば一切証拠を残さずロナウドの首を持ってくることは可能であろう。

 どうにも堂々と馬鹿にされたことに対し、ファーヴニルゥは酷くご立腹であるらしい。



「まあ、待て。それは最終手段だ」



 そんなやる気満々の彼女に対し、ディアルドはそう答えた。


「今の奴は色々な意味で注目を集めている……ここで暗殺なんてしたらオーガスタは混乱に陥るだろう。あんなのでも地元の有力者なのは間違いないしな」


 ディアルドとしてはそれは避けたいところではあった。

 人道云々の話ではなく、ここを拠点として再出発しようとした自身への不利益を考えてのことだ。


 確かにロナウドはムカついたが、かといって自身の生活を脅かして報復するほどではない。

 それにあんなのでも貴族の一人ではあるのだ、危害を加えるとすると相応のリスクを考える必要がある。


「流石にそれは勘弁だ……まあ、流石に手段がなくなれば別のところに移住することも考えて実行も吝かではないが」


 ディアルドの辞書に「やられたことに対する報復をしない」という項目は存在しない。

 こちらが我慢するぐらいなら、派手にやらかして別の場所に逃げる――それがディアルドの生きざまだ。


(幸い、そこまで追い詰められているわけでもないが……)


 状況を考えればディアルドを敵に回したことを十分に公開させる程度の報復はいくつも思いついた。



 ただ、その程度でいいのか……そんな疑問がディアルドの脳内にこびりついていた。



「……とにかく、直接的な排除は最終手段だ。どうにも思いつかなかったら、派手にやってとんずらをこくとするが」



 ディアルドはそんなことを言いながら自らに宿ったチートを使うことを決めた。



「とにもかくにも――まずは情報収集からだな」



                    ◆



〈――って感じだぜ?〉


〈なるほど、情報提供に感謝する〉


〈感謝なんていらねぇ、誠意とはモノ――だよな?〉


 ディアルドはその言葉に応えるようにブツを渡した。



〈うひょぉおおおっ! こ、この香り……成分が俺を狂わせるぅうううっ!〉



 報酬のマタタビを摂取してトリップした猫の言葉を聞き流しながらディアルドはこれまでに集めた情報を脳内で整理していく。


「それにしても凄いね、マスターは……。まさか動物の言葉までわかるなんて、僕の事態の学者が聞いたら分解しそうな特殊な能力だ」


「ふーはっはァ! そうであろう? 何せ俺様は天才であるかしてぇ? この程度の特別な力は当然というか……時に分解というのはどういう意味で?」


「言葉通りの意味だよ。それこそ力の秘密を調べるために細胞単位までバラされて――ああ、安心していいよマスター。古代アスラ文明においては人権の存在は確立されていたから命の保証だけはされるはずさ」


「分解は?」


「分解はされるけど、死ぬことはないよ」


「それは……安心材料にはならないな」


 薄々察してはいたがやっぱりやばい時代だったんだなとディアルドは思いつつ、ファーヴニルゥとの話を続けることにした。



「まあ、ともかくだ。俺様のスペシャルな力でもって諜報には成功したわけだ。オーガスタに来てからおよそ二ヶ月! 毎日のようにマタタビやチーズ、その他を持って交渉して築いた俺様の情報網……甘く見ないでいただこう!」


「交渉――なんだね、マスター!」


「言葉が通じるだけで別に命令とかできるわけではないからな!」


 ディアルドは言い切った。

 実際に彼にできるのは「翻訳」でしかないので意思疎通が図れたとしても、それが結果に結びつくは……ディアルドの努力次第である。


 だが、時と場合を考えてへりくだることも大事な時もある。

 天才であるディアルドは知っていた。


 だからこそ、彼はこのオーガスタに時間をかけ情報も敷くことに成功していた。

 誰にも察することが出来ない密偵、「翻訳」のチートを活かしたこの手段をディアルドは好んで使っていた。


「ふーはっはァ! 王都に居た時のことを思い出すなぁ……。あの時もこうやって人の弱みを集めていてな。いやー、いいぞ人の弱み。持っていれば持っているほど人間関係が豊かになる。まっ、ちょっとやりすぎたせいであんな風になってしまったが――世の中、知らないことが幸せなこともあるのだなぁ」


「?? どうかしたのかい? マスター」


「いや、気にするな。世の不条理とかを思い返していただけだ。知らない状態で巻き込まれでもしていたらそれはそれで面倒なことになっていただろうし……まあ、何事も塩梅というものだな! 天才は学んだな! ふーはっはァ!」


 ちょっと嫌なことを思い出し気持ちを切り替えるために高笑いをするディアルド。

 高笑いには気分を切り替える効果があるので使ってみると言い、と天才はお勧めする。



「まっ、それはともかくだ。とりあえず、集まった情報を整理してみるか」


「僕には鼠さんや猫さんの言葉はわからなかったんだけど……」


「そこのところは説明してやるさ、この天才である俺様がな! ……それにしても猫さんか」



 ディアルドが主に調べたのはロナウドに関することというより、サーンシィター家に関することだ。

 この世界において貴族の権力、権威というのは無視できるものではない、実際ロナウドがあれだけ諍いを起こすような態度を取っていてもギルドが強く言えないのも貴族であるという立場のため、つまりは背景にある家の力こそが大きいのだ。


(あれがただの平民の冒険者なら受付所でしてたような態度を取ってたら速攻で袋にされてるだろうからな……)


 実際受付所で煽られていた上級冒険者が手を出さなかったのは彼らが理性的だったからではなく、ロナウドが貴族で手を出すと後で厄介になると思ったから睨むだけにとどめていたわけだ。

 つまりはそれだけ重要だということ。

 だから、ロナウドに手を出すならサーンシィター家についてちゃんと調べる必要があった。


「まっ、ロナウド云々の前にサーンシィター家に関してはオーガスタに来てから調べてはいたけどな」


「そうなのかい?」


「ほら、これを見てみろ。集めた情報をまとめてある」


「わっ、凄い紙の束……って読めないよ。これ何語? いや、もしかして複数の文字を交ぜて文章にしているの?」


「おおっ、それに気づくか! 確かに俺様の「翻訳」について教えていたとはいえ中々鋭いな! まあ、そういうことだ。俺様以外に読めないように、な。仮に珍しい古代文字を使ったとしても知識のある者の手に渡ってしまえば読まれる可能性はあるが、こうして複数の言語を交ぜてしまえば……って、すまんすまん。揶揄ったのは悪かった」


「僕に読めないじゃん」


「機嫌を直せって。じゃあ、話を続けるぞ?」


 ディアルドが元よりサーンシィター家について調べていたのはなんてことはない、それはこのオーガスタの権力者だからだ。

 オーガスタにどれだけ留まるかは知らないが、その一帯に影響力を持つ存在のことは調べておいて損はない。

 弱みでも握ることが出来れば、そんな下心を持ちながらディアルドは街に交渉して情報を集める密偵を放ったのだ。


「それで得た情報から……ふーはっはァ、賭場荒らしへと繋がったんだ」


「そういえばそんな話を聞いたような……確か来たばかりのマスターがオーガスタの賭場を一日で荒らしまわったって。イカサマがどうとか、インチキがどうとか、そんなことを言い合っているのを聞いた記憶が」


「まあ、大体そんな感じだ。傍目から見るとな。実際はその表向き賭場をやってるところの違法取引の金をかっぱらっただけだ」


「違法取引……賭場という建前で裏ではってこと?」


「連中ご禁制のものまで扱っていてな、中々にため込んでいたから美味しく頂いてやった!」


「悪党からお金を奪い取ったってこと? でも、話の始まりはサーンシィター家のことを調べていて……ってことだったよね? それってつまり」


「いいぞ、ファーヴニルゥ。俺様の従者であるなら、やはり頭の回転も速くないとな。まっ、真実は単純だ。オーガスタ一帯を領主とするサーンシィター家はアンダーグラウンドな人間と非常に密接な関係にあるってことだ」


「いつの世も変わらないね。そういうの……それで? マスターがサーンシィター家のことを調べていくうちに違法取引の賭場について知って、マスターはそこから金を奪った。当然、その賭場の関係者とかサーンシィター家はマスターを許すはずもないと思うのだけど」


「それに関しても手は打った」


「手? どんな?」


「ちょっとした手紙をな。どうにも中央の動きには地方だからか気づくのが遅れているようだったからなぁ?」


 今、ちょっとばかしドルアーガ王国の中央では事件が起きていた。

 どう転ぶかもわからない、火が燻っている状態の弾薬庫のようなものだ。


「それに一地方の貴族でしかないサーンシィター家にどんな関係が?」


「少なくとも顔色を変えて妙なことを起こさないようにと厳命をして、当主であるジオルグ・サーンシィターが方々を飛び回ってぐらいには……大変な事態らしいさ」


「つまりはマスターは放っておかれたということ?」


「そう、と讃えてほしいなぁ。まあ、情勢が落ち着いたら改めて……ということは十分あるだろうが難しいだろうな」


「何となくわかってきたよ。要するにサーンシィター家は裏社会の人と深い繋がりがある。ここを上手く使って没落させちゃえば?」


「うむ、それも考えた。上手く立ち回れば今の貴族としての立場をひっくり返させることぐらいできるだろう。貴族としての爵位を失って、貴族ではなくなってショックを受けたサンシタの姿を見たくないかと言われれば……とても見たい」


「なら……」


「だが、それだけ終わるのは――なんというか、つまらん。小さい。俺様の器にあっていない報復だと思うのだ」


 ディアルドは天才である。

 そして欲深き男である。


 そのはずなのに最近はどこか小さく纏まっている気がしてならない。


 ……いや、もっと前からだ。

 王都での安泰な生活……確かにあれは素晴らしいものであり、価値のある時間だった。

 だが、どこか違うようにも思えていたのだ。


(最近……いや、この世界に来てからか。俺様はどうにも目標が小さくなっている気がするな。確かに不労所得は素晴らしいが素晴らしいからとそこで満足する男は俺様ではない。夢は常に大きくあるべきなのだ)


 放った密偵が帰って持ち込んできた情報を、「翻訳」を使った解析不能な文章へと戻し紙束に書き込みながらディアルドは考える。




(俺様に、天才である俺様に相応しい欲望というのは何だ? 俺が欲しいもの。前は手に入らなかったが――)


 ディアルドは紙束に機械的に書き込んでいた手がストップした。




「そうだな……天才である俺様には一つの国ぐらい手に入れるのは妥当というものではないか?」




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