第十八話:諍い


 その一報が街を駆け巡ってからというもののオーガスタの雰囲気は俄かに浮足立っていた。

 それだけここら辺一帯の人間にとって黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンという存在は強大だったということなのだろう。



黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンが討伐されたというのは本当なのか?」


「ああ、間違いない話らしい。ロナウド様たちは黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの部位の一部を持ち帰ってきたからな」


「かつて討伐隊が黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンと戦った際に回収したことがあったらしい。ギルドにその時の記録と照合したところ間違いねぇって話だ」


「ほー、なるほどなるほど」


「山二つ超えた……なんだったかな? 変な遺跡があるところで倒したって話だぜ? 遺骸もそこにあるって話でギルドでは回収の為の人を集めるために緊急依頼を出す予定らしい」


「そんなところにまで行って山のようにモンスターの遺骸を持って帰ろうって話か。そりゃ大変だな」


「とはいえ、討伐難度350を超えるモンスターの遺骸だぜ? 一部でも値打ちがあるんだから本体丸ごとなんてどれだけの価値になるか……ギルドが本気になるのも無理はねぇよ」


「となるとその緊急依頼というやつの報酬も期待できるか?」


「わからん。だが、狙ってみる価値はありそうだ……ご相伴にも預かれるかもしれないし」


「ロナウド様に殺されるぞ。まさかこんな偉業を為すとは……俺は何時かはやる御方だとは思っていたけどね」


「嘘をつけ、嘘を。しかし、貴族様ってのは魔導士ってのはそれだけ凄いんだな。お俺たちじゃ、逆立ちしても討伐難度350以上の怪物相手に戦えるとは思えない」


「確かにな。しかし、これからロナウド様は凄いことになるだろうな。単に強大なモンスターを倒して勇名を馳せたという話じゃない。黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンは明確に王国に仇名していたモンスターだからな、中央だってその功績を認めたんまりと報奨金だって出すだろうし、更に言えば爵位だって……」


「可能性あるのか」


「わからないが王都からお偉いさんがくるって話だぜ? そうなるとサーンシィター家の富と名誉は約束されたようなもので……」



 ギルドの受付所が騒がしいことはいつものことだが、今日のように話題が一色に染まっているのは珍しいなと思いながら足を踏み入れた。


「ふははっ、凄い騒ぎになっているなぁ? 出店まで出ていたぞ。ちょっとしたお祭り騒ぎだな」


「それだけ凄いことなんだろうね。僕にはよくわからないけど」


「所詮、俺様たちはよそ者だからな。どうしてもわからないものはある。しかし、やはり金に目が眩んで回収しようなんて思わなくてよかったな……これだけの騒ぎになるとは。いくら巨万の富と引き換えでもこれでは……」


(控えていて正解だったな。近隣の街の有力者がサンシタにお目通りを……という話だ。ここいら一帯の住民にとっては俺様が思っている以上に存在感のあるモンスターだったか)


 街の全体の騒ぎを見ればわかる。

 ディアルドは自身の判断は正しかったと内心でホッと息を吐いた。

 恐らくロナウドが手に入れるだろう富の話を聞いて、ちょっとだけ惜しくなったのは確かだったが……。


「大変な騒ぎだな。これ、今日の依頼分。達成の確認を頼む」


「ああ、ディーさん。相変わらず早いですね。はい、処理の方は行います。それと騒ぎに関しては……まあ、そうですね。これだけの大物が討伐されたってのはうちのギルドの記録でも類を見ない話ですし、それも黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンとなると――上も下も大騒ぎですよ」


「だろうな、見ればわかる。……それにしても本当に黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンが討たれたのか。その確認はどうやって? こう言っては何だがまだA級にもなっていない冒険者パーティーが、討伐難度350以上のモンスターを打倒したというのは中々に信じがたい話だとは思うのだが? まあ、天才である俺様ならあり得るが」


「はいはい。それについてはまあ……意見自体は結構出ていましたね」


「異論?」


「ええ、あそこにいる方々……わかります? 受付所の壁の方に居る方々なんですけど」


「あれは……見ない顔だな。それにあの装備、結構な逸品だ。おっ、あの刻まれ術式の文様から察するにマジックアイテムだな。只者じゃないな」


「えっ、見ただけでそういうのってわかるんですか?」


「凡人には不可能だな。だが、天才である俺様なら可能だ」


 防具や武具自体に術式を刻んで魔法の効果を付与した装備というものがこの世には存在する。

 とはいえ、そういったマジックアイテムは低階位な魔法効果でも桁が一桁上がる程度には高級品だ。

 そんなものを持っているとなると相当に位の高い冒険者であるのは簡単に推察できた。


「彼らは元々黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの討伐に集められていた冒険者たちです」


「ああ、そういえばそういう話だったな。そのお陰で一時、高ランクの冒険者が居なかったわけだし」


「その通りです。近隣のギルドから招集した冒険者たちとか、あるいは噂を聞いて遠いところから出張ってきた冒険者とか……まあ、とにかく最低でもA級以上の冒険者たちです」


「ほー、なるほどな強そうなやつらばかりだ」


「そうかな? 僕からすると大した違いはないと思うけど」


(そりゃ、お前からすればそうだろうがな……)


 ファーヴニルゥがぽつりと漏らした言葉に内心で返しつつ、ディアルドアは更に話を続けた。


「しかし、その冒険者たちが何だって残っている? 黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンが討伐された以上、依頼については未達成で終わりだろう? 無駄足を踏んだのは可哀想だが」


「そこなんですよね……一部の冒険者たちが本当にまだB級冒険者でしかないロナウド様が黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンのか、と納得が出来ないようで」


(まあ、わからなくはないな)


 黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンと一戦やるつもりで集まるも結局会えずじまいで無駄に時間を過ごしただけに終わり、自分たちの知らないところで倒したことになっているのがB級冒険者でしかないロナルドのパーティー……しかも単独パーティーでの討伐という話になれば納得できないという気持ちはディアルドにわかった。


(というか実際に倒したのはファーヴニルゥだしな!)


「確かにロナウド様は今でこそB級冒険者ではありますけど、基本的にギルドの階級昇格は飛び越すことはありませんからね。単にB級以上の実力があっただけという可能性もあるわけで……。それにロナウド様は魔導士というのもありますし」


 などと受付嬢は言っているがそれでA級以上の冒険者たちが納得するかは難しいだろう。

 確かにギルドのシステム的に見て実際はそれ以上の力を持っているのとどまっている可能性はなくはない。


 とはいえ、だ。

 A級ともなれば相応に修羅場をくぐっている者も多く、それこそ300台とは言わずとも討伐難度200台前後のモンスターと戦った経験のあるものも多数となるだろう。

 モンスターと実際に戦うわけでもないギルドの上役からすれば「そういうこともあるかもな」で済ませられる話かもしれないが、実際に日々モンスターと鎬を削っている討伐専門の冒険者からすればそんなに簡単に納得できるものではないはずだ。

 どうにも現実味が欠ける、もっと正直に言えば嘘くさい……と感じるのは天才であるディアルドじゃなくても当然だろう。


(まあ、それでも倒したとされている奴が相応の雰囲気を纏っているならそれでも納得は出来たんだろうが――)


 ディアルドがそんなことを考えていると不意に入口の扉が勢いよく開き、一人の男が入ってきた。




「ふははは! さあ、このオーガスタにおける英雄――ロナウド・サーンシィターが来てやったぞ! 進捗のほどはどうだ!」




(あれではな……)


 それこそは今一番の注目の的、ロナウドであった。


「ロナウド様、どんなご用件で……?」


「知れたことだ。この私の功績を疑う不届き者がいるそうじゃないか? 妬む気持ちもわかるがな、癪に障るのでさっさと緊急依頼の方を進めてほしいのだよ」


 明らかに金のかかった豪奢な装飾品を身にまといながら入ってきたロナウドはそういいながら意味深な視線を例の上位冒険者たちへと視線をよこした。

 あからさまに馬鹿にした態度に俄かに殺気立つ上位冒険者たち、大してロナウドは態度を崩した様子もなく、更に言えばいつの間にか彼の取り巻きの数が増えていることにディアルドは気づいた。


(気を見るに敏なやつというのはどこにでもいるものだな……それよりも緊急依頼?)


「……どういうことだ?」


 ディアルドは声を潜めつつ受付嬢へと尋ねた。


「ええ、さっきあちらの上位冒険者たちがロナウド様の討伐報告に疑義を唱えたというのは言いましたよね? 実際にギルド側としてもロナウド様が持ち込まれた黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの一部に関して、本物であることまでは確認できましたが本当に討伐できたかは――」



「ならば実際に黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの遺骸を見せつければそのような疑いはなくなる! ……そうだろう、ディー?」


「サンシタ」


「サンシタではない! サーンシィターだ! この無礼者め! ……いや、まあいい。いい機会だ貴様も緊急依頼に参加するといい。依頼の内容はこの私が下した黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの回収任務だ。あれだけの大きさだからそれなりの人数が必要となる。貴様のような男でも足しにはなるだろうさ」



 ふふんっと勝ち誇った表情をこちらに向けてくるロナウドを尻目にディアルドは受付嬢に視線をやった。

 彼女はロナウドの視線に入らないようにディアルドの存在を盾にしながら事情を話した。


「つまりはそういうことなんですよ。これはロナウド様が言い出したことで「信じないのならその目で見てみれば早い」と。実際にギルドとしても回収しないわけにもいかないですし、それにあれだけ自信満々な態度だから嘘ではないだろうって噂が広がって」


「なるほど」


(話をまとめるならまだギルドとしても認定には至っていないのか。とはいえ、物証としての黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの一部に、それに態度の自信っぷりから噂が一人歩きしている感じか。普通に考えて虚言ならあんな態度はとれないからな)


 事実として黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの遺骸はあるのだから、ロナウドとしては自信があるのは当然だ。

 そして、さっさと自身の功績という形にしたいのだろうそれで発破をかけているといった感じなのだろう。


「よくもまあ、ただ見つけただけのものをあれだけ全て自分がやったと言えるものだ」


 ぼそりっとファーヴニルゥが隣にいるディアルドにギリギリ聞こえるぐらいの音量で呟いた。

 全部知っている彼女からすればロナウドの行為はとても卑しく映るのだろう。


(でも、まあアレに関しては俺様として捨てていたようなものだからな)


 仮に自分の功績を盗まれた、というのであれば苛立ちもするだろうが黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンに関しては放棄していたので、それを見つけてうまく利用しようとすることに関しては別段ディアルドとして気にはしていないのだ。

 逆の立場なら目一杯利用するという自負がある。


 だから、その点についてロナウドに関して思うところはなかったのだが……。



「ふははっ、今回の一件認められれば私には莫大な恩賞、名誉、そして地位すらも得られるであろう。貴様とは格が違うのだ、それを思い知らせてやる。だからついてくるといい。そして、精々これからは分を弁えて生きるといい。性も名乗れぬ貴族崩れの分際としてな」


「…………」


「それからファーヴニルゥよ。どうだ? 前のことは水に流してやってもいい、私の元に来る機会を与えてやってもいいぞ? 何せ、私の将来の栄達は約束されたようなものだからな! あーはっはっはァ! そんな男は放り捨ててな!」



 一頻りディアルドたちを馬鹿にすると気が済んだのかロナウドは取り巻きと共に出て行った。




「あの……ディーさん? あまり気になさらないよう――ひィ!?」


「マスター?」


「なんだファーヴニルゥ?」


「僕、頑張ったよ?」


「暴れなくて偉い! よく我慢できたなー。さて、それじゃあ――」




 ディアルドは別に黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンのことを自分の功績にしたことについては何とも思っていない。

 それは確かだ。



「どうしてくれようか」



 まあ、それはそれとしてあそこまで調子に乗って喧嘩を売られたのであれば、やり返すのは天才としての流儀であった。

 というか無茶苦茶ムカついた。

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