―黒骸龍編―
第十七話:旧ヒルムガルド跡地
オーガスタの南東。
モンスターが多数出没する山を越えてしばらく進んだ場所にそれはあった。
ヒルムガルドと言う街だ。
いや、街だったというべきか。
旧ヒルムガルド跡地。
かつて栄えた街であったのだろうという痕跡だけが僅かに残る場所であった。
「ふむ……やはり、大したものは残ってないか」
いったいどれほど昔に建てられたのかわからないほどに朽ち果てた建物の成れの果て、その中で見つけた古びた手帳を拾い上げ中を確認しながらディアルドはぽつりと呟いた。
「マスター、終わったよ」
そんな彼に声をかけるものが一人。
振り向くとそこにはファーヴニルゥが手に何やら持ってやってきていた。
「おっと、どれどれ」
「どうかな? 今回は上手くいったと思うんだけど」
「おお、良い感じに取れてるじゃないか。これなら問題ないはずだ。成長したな、ファーヴニルゥ」
彼女から渡された銀色の尖った物体を確認してディアルドはそう答えた。
それは
状態もいいのでこれならばかなりの値が付くだろう。
「うん、でも何体も無駄にしちゃったな……」
ファーヴニルゥが気にしているのは上手くこうやって
実のところすでに七匹もの周辺に居た
(まあ、元からその気配はあったからな。殲滅のための兵器として生まれたファーヴニルゥが相手の状態を気にして殺すなんてことをするわけがない)
殺せればいいと頓着せずに殺すのがファーヴニルゥの常だった。
別にそれでも討伐した証拠さえあれば討伐報酬は出るので問題はないのだが、モンスター討伐において美味しいのは素材の回収だ。
貴重なモンスター素材だとそれなりの金額になるので損傷なく回収できるに越したことはない。
ついでと言わんばかりにギルドが発行している「よくわかるモンスター解剖手引書」という書籍も購入し、彼女にモンスターの解体も教え込もうとやってきたのが今回の遠出の目的の一つだった。
「なに気にすることはない。失敗は成功の基というやつだ、失敗して無駄になったのではなく成長のための糧になったのだ。何も問題はない」
「マスター……」
「最初は下手で解体するときに叩き割ったり、握り潰したりもしたがこうして綺麗に取ることが出来た。偉い! 流石は俺様のお宝だ」
ディアルドは無駄にした素材のことを気にしているファーヴニルゥに対して鷹揚に応えた。
近隣で出没している
「もう少し頑張って集めてみるよ、マスター。他にもモンスターを見かけたし試してみたいし」
そう言ってファーヴニルゥが取り出したのはギルド発行の書籍「解剖のすゝめ」だ。
ディアルドが彼女に買い与えたものでモンスター討伐だけでなく、解体業さえ任せてしまおうという彼の下心からのものだったのだがファーヴニルゥのやる気に繋がっているらしい。
「向上心、良し! 天才である俺様の従者に相応しい心構えだ! だが、まあ待て。そろそろ昼だからな食事でもしよう」
このまま周囲のモンスター狩りつくさんと言わんばかりの勢いのファーヴニルゥを宥めつつ、ディアルドは食事をすることにした。
天才であるディアルドはパフォーマンスを維持するためには適度な休息こそが重要であることを知っているのだ。
「んっ、マスター……これ美味しい」
「ふーはっはァ! 当然であろう、この天才である俺様の手料理だぞ? 朝早起きして作ったからな。質のいい白いパンが手に入ってな、それに野菜やら卵やらハムやら……ああ、マスタードは大丈夫だったか? 量には気を付けつもりだが」
「うん、大丈夫だよ。これ好き」
ディアルドの作ったサンドイッチをパクパクと食べるファーヴニルゥ、最初は遠慮がちに最小限食べるばかりだった彼女だが最近は良く食べるようになった。
「ごめんね、マスター。僕、手伝うことが出来なくて」
食べながらファーヴニルゥがぽつりとつぶやいた。
持ち運びしやすい携帯食料というのはどうにも味気ないからと今日の遠出の昼を作ることにしたディアルドだったが、その様子を見ていた彼女は当然のようにお手伝いを表明した。
とはいえ、気を付けたつもりでもうっかりモンスターを細切れにしたり、唐竹割で真っ二つにしたりする不器用なファーブニルゥが初めての料理を上手くできるはずもなく、散々に材料を無駄にした挙句戦力外通告を受けたのが朝の出来事だった。
彼女が
「構わん。怠惰をしているわけではないのだ、一気に覚える必要もないだろう。何れ覚えさせるつもりだ。その時頑張ればいい」
「うん」
「何事も順番というやつだ。天才である俺様とて学ぶには順序というものがあったからな。まずは一つのことを学んで、そして次に移ればいい。なに、キチンと学ばせてやる」
(そして、俺様のために毎日料理をするようになるがいい。やはり店の料理もいいが専属の料理人が出来るならそれはそれで……労力は惜しまんぞ)
慰めているように見えて自分の為にやる気を出させようとする男の姿がそこにはあった。
「それよりもマスター、今日はなんでこんなところに? 何も無いように見えるしモンスターを討伐するだけなら少し遠出過ぎるんじゃないかな?」
もぐもぐと頬を膨らませながらファーヴニルゥはディアルドは尋ねた。
彼女はここに来た理由を知らされていなかった。
討伐依頼自体は請け負ってはいたものの、それらは全て道すがらに見つけ既定の討伐数を終えている。
故に今回のディアルドの外出の目的はこの旧ヒルムガルド跡地であることは推察できるものの、ファーヴニルゥの目からすればここはただの廃墟でしかない。
だから理由の見当がつかなかったのだ。
「ふーはっはァ! まあ、別に大した目的があったわけじゃないんだがな。ほら、ファーヴニルゥは
「ああ、あの空を飛ぶしか能のない骨蜥蜴でしょ。それがどうかした?」
「いや、一応空を飛ぶだけじゃなくてブレスとかも使えたんじゃないか? 単に使う暇もなく殺されただけで……とそうではなくてだな、受付で話を聞いて俺様も思い出したから色々と調べてみたのだよ」
ファーヴニルゥのせいで印象が吹っ飛んでしまったが、本来は討伐難度350を超えるモンスターなど伝説級の大物モンスターだ。
改めて調べてみるとオーガスタ近郊では結構名をとどろかせていたモンスターであったらしい。
「かれこれ、八十年ほど前まではこの辺りも王国の一部だったらしい。まあ、ヒルムガルドという間違ったのだから当然だな。今のオーガスタを含め一帯をある大貴族が治めていたとか」
その名はベリル家。
特に当時の当主であったルドルフ・ベリル伯爵の時代に隆盛を極め、ヒルムガルドも発展の一途を辿っていたらしい。
「今では山を越える必要があるが、昔は山を貫く隧道も整備されて行き来は楽だったそうだ。人や物の往来も激しくオーガスタも今よりずっと人が多かったらしい」
だが、そんな順風満帆だったベリル家の領地もある事件が切っ掛けとなって今のあり様となった。
「それが
「そういうことだ」
およそ八十年前に突如として襲来した
「当時の人々は逃げるようにオーガスタへと移住し、以降帰ることは出来なかった。何故かと言えば
何度か討伐隊も編成され、取り返そうとはしたらしいが
「それで五十年ほど前からは奪還を目指すことを諦めてオーガスタの南東一帯……つまりはここら辺を危険区域に指定して、刺激しないようにする方針にしたとかなんとか」
ディアルドが
流し読み程度だったので大まかなことしか覚えていなかったが……。
「でも、討伐隊がどうこうって話じゃなかったっけ?」
「基本的に縄張りを守るタイプのモンスターでここら辺一帯を活動範囲にしているらしいが、周期的に縄張りの外まで出張ることはあるらしい。十年に一度という頻度らしいけど……」
その時期だったのだろう
だが、何故か
「しかし、なんでフレイズマル遺跡に……結構離れているだろうに。いや、飛べばすぐなのだろうが運がないというか……あのケダモノめ」
「……マスター、たぶんそれは僕のせいだと思う。僕の起動時の魔力に反応してやって来たんだと」
「……そうなのか」
(ということは不用意に起動した俺様のせいなのでは?)
普通に殺されそうになった事態を引き起こしたのは自分だったと気付いたディアルドだったが、悪いのは
「まあ、気にするな。悪いのはあの骨蜥蜴だ。ファーヴニルゥは悪くない」
(そして、俺様も悪くない)
「それはともかくとして、だ。そんな話を聞いたのでちょっとばかりこの旧ヒルムガルド跡地に訪れて漁ってみようと思ったのだ。何か価値のある物でもあるかもしれんと思い至ってな。話を聞く限り
「何か残されているかもしれない、と? 結果はどうだったの?」
「流石に八十年も前だとな……見つかったのは精々状態の悪い手記が数冊。それと――これだな」
「これは……それなりの価値が出るんじゃないかな」
「希少なのは間違いないが……金銭には変えられなければ意味はない。まあ、参考にはなるとは思うが……うーん、これではフレイズマル遺跡に行くべきだったか? とはいえ、あそこには
ディアルドがそんな言葉を漏らした数日後のことだった。
「あの
「……なんだって?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます