第十六話:ある貴族の嫡男の苛立ち
バシンッ、と乾いた音が響いた。
「きゃっ!? っ……なにを!」
イラつくときは何かを殴るのがいいとロナウドは父上には教わった。
だからこそそれを実行する。
買い出しから帰ってきたルベリを叱責と共に殴打する。
確かに少しスッとした。
「何を、ではない! 一体どれだけ道草を食っていた!?」
「それは確かに少し遅れましたけど、量も多くてそれに渡されたお金が……」
ルベリは慌てて弁明をするがそれに対してロナウドはただ笑う。
いや、嗤う。
「足りただろう? ちょうど報酬を受け取ったばかりなのだから……なぁ?」
「ははっ、そうだぜロナウド様」
「ええ、キチンと銀貨一枚あれば足りる分渡しましたよ」
ロナウドの言葉にオルレウスとエレオロールという冒険者らしい服装を着た男女が追従した。
ニヤニヤとした顔しながら二人はルベリを眺めている。
「ふはっ! であるならば問題はないな? きちんと買える分は渡していたわけだ。つまりは私には何の問題もない」
「でも、これじゃ……私の手元に残るのは――っ!」
「なにか文句でもあるのか? このオーガスタの名家であるサーンシィター家、その長男であるこの私に?」
「…………」
顔をうつ向かせた紅髪の少女の姿を見てロナウドは多少は良くなった気がした。
きっと彼女は必死に「パーティーのための積立金として受け取る報酬の三割を徴収しておいておかしい」などという言葉を抑え込んでいるのだろうと思うだけでたまらない。
(エレオロールの発案だったがこういう手法も面白いな……)
元より足りない分の金しか預けずにロナウドたちはルベリを買い出しにはいかせたのだ。
金が足りずに全部買えずに帰ってくればそれを理由に折檻、身を切って全部買って帰ってくれば当然その分を返すなどするわけもない。
「――睨まれて生きていけると思うなよ。身の程を知らずに紛い物の力を使う卑しき分際で……貴様の奇跡が役に立つから使ってやってるんだ。わかっているのか?」
こうして「返せ」などと口が裂けても言えない相手を眺めるのは楽しい。
ロナウドが、それを許される
「卑しき者、盗人……貴族にのみ許された力、魔法を我が物顔で使う貴様らはそういわれ、毛嫌いされる」
「私は……盗んでなんか」
「盗んでるんだよ! 卑しき身分の分際で力を使っている時点で! それは許されざる罪だよ!」
「がっ!」
放った蹴りがルベリの腹部に命中し床へと倒れこむ。
ロナウドは気にせずそのまま頭の上に固い革靴を叩きつけ、そしてグリグリと踏みにじる。
「……お前のような存在が嫌いな貴族は大勢いる。だが、有用ならそれでも生かしてもらえるというわけだ。我が家のように。だが、役に立たないのであれば保護してやる義理もない。適当に放り出すことになるだろう。それで……貴様はやっていけるのか? あ?」
「うっ……ぐっ、ぅ……」
「身寄りもねえ、学もねぇ、それに貴族様にもれなく疎まれているような疫病神。そんなやつを誰が雇ってくれる? 付き合ってくれる? 一緒にいるだけでとばっちりで目を付けられる可能性だってあるだろう。そんな危険性を考慮したうえでも、「お前が欲しい」なんて言ってくれる奴がいるとでも?」
胎児のように身体を丸め、ただロナウドの攻撃を耐え忍ぼうとしている無様な姿にオルレウスは吹き出した。
「ははっ、現実を見ろっての!」
「仮にそんなやつが現れたとしても奇跡の力目当てに決まってる。使うだけ使ったらそのままポイってのが目に見える。頭が悪いってのは本当に可哀想ね」
「はっ、身の程を弁えて生かしてやっているんだ。そのことに感謝の言葉と念を忘れずに私の為に生きればいい。一先ずは今日の仕事だ。私の無聊を慰めるありがたい仕事だ」
そういってロナウドは足を上げた。
踏みつけたのやめた――というわけでは当然の如くない。
ルベリは経験から次に起こる出来事を理解し身を固めた。
それと同時に襲い掛かってくるロナウドの足。
踏みつけ、踏みにじり、蹴りを入れる。
それらはロナウドの気分がスッキリするまで続けられた。
「はー、スッキリした」
「ええ、本当に。いい奇跡を持っているわね、ルベリ。私たちの役に立っているわよ」
途中から混ざっていたオルレウスとエレオロールもご満悦のような声を上げた。
「さて、では討伐に出るぞ。さっさとその傷を治せ、屑が……っ!」
「――はい」
そう言ってルベリから発せられる暖かな白い光。
それによって痣や割れた額の傷などが治っていく。
「……っち!」
その光景を見て嫌なものを見たと言わんばかりにロナウドは視線を逸らした。
(――どいつもこいつも!)
ロナウドにとって魔法とは自らの地位の証明である。
貴族であるという特別な人間である証明。
だからこそ、若い頃から魔法の勉強を欠かさず魔導士としての階級も≪
成長は感じるし、上の階級もまだ狙えるだろう。
全てが順調だった。
地方都市であるオーガスタには碌に魔導士の冒険者などいない、だからこそ魔導士として冒険者になったロナウドはいつも注目を集めた。
他の冒険者が苦労する討伐依頼も魔法の力であっさりと解決し称賛を浴びた。
地元貴族であるサーンシィター家の権威もあり、扱いはまるで王のようだった。
注目を集め、褒めそやされ、そして誰もロナウドを咎めることはない。
それが当然であったはずなのに。
「くそっ、ディーのやつめ! 調子に乗って……っ!」
「奴は何か隠し事があるに違いねぇ。あの討伐速度はどう考えたっておかしい」
「卑怯な手を使っているに違いないわ」
「だとしてもその手段が分からない」
三人は語り合った。
話題はふらっと現れて無茶苦茶にしてきた憎むべき男のことだ。
「いっそのこと御父上に掛け合ってみては? たかが姓も明かせぬ貴族被れ、ギルドに圧力をかけて貰って」
「いや、今父上は忙しくてな。中央の方で何か……ともかく、頼りにすることは出来ないということだ」
「ならばいっそ夜襲は? ごろつき共を集めて」
「それもダメだ。ギルドの方から警告が来ている。やんわりとだが騒ぎを起こさないでくれ……と」
「誰よ、ロナウド様にそんな……っ!」
「確かプルーノとかいう陰気な職員だ」
「無視しちゃえばいいじゃない」
「厄介なのはプルーノってのは最近外から来た職員だ。どうにも中央にも伝手があるって話もある。嘘かもしれんが外部の人間なのは確かだ」
「というわけで直接的な危害は最後の手段だ。面倒ごとは避けたい」
「なるほど、それにしてもギルドが……」
「プルーノという男の後押しが強かったって話もあるけど、やはり……」
エレオロールは少し口ごもったがロナウドにはその言葉の続きが分かった。
「わかっている。比べられているんだ……私たちは」
ロナウドはただ一人の魔導士という肩書だったが、あの男が来てからはそうではなくなった。
これがロナウドよりも下の魔導士であれば問題はなかったが、経歴不明のディーという男は相応の腕を時々に見せていた。
そこにあの憎たらしい少女、ファーブニルが従者としてつき、彼女が魔導士であったことまで発覚して二人はギルドの注目の的になっていた。
そして二人は注目に応えるように連続で討伐依頼をこなすようになり実力まで見せるようになってきた。
今までは自堕落に気が向いてきたときだけやっていたロナウドも、負けじと依頼を受けまくっていたが全くと言っていいほど相手の依頼達成速度に届いていない。
つまりはディーたちより劣っている――そう認識したからこそ、ギルドの態度が変化をしたのだ。
いや、あるいはもっと……。
「何か功績をたてるしかない。ディーたちが霞むような、何か……大きな功績。どんな手段を使っても……サーンシィター家の名が低く見られるなどあってはならない!」
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