第十五話:冒険者としての日々・Ⅳ
ルベリ・カーネリアンは燃えるような赤毛が特徴の少女だった。
ディアルドよりも頭低い身長で恐らくは十五、六の年頃だろうか彼女は食べ物を入れた紙袋を抱えていた。
「カーネリアンと言ったか? あの様子だとすぐに討伐に出たのだと思っていたが……」
「ああ、いえ、その用意が出来ていなかったのでまずは買い出しにってことで」
「なに? では、近くにサンシタもいるのか?」
「サンシタじゃなくて、サーンシィターです。勘弁してくださいよ、ロナウド様の機嫌が悪くなるんですから……私一人です」
「ふーん……まっ、向こうが敵意むき出しで来なければ考えてはやるがな」
「それは……そうなんですけど」
「マスター、彼女は? 知り合いなのかな?」
「知り合いというほどでもない。顔見知りという程度だ、主にサンシタが絡んできたときとか。あまり深く知っているわけではないが」
ファーヴニルゥの問いにディアルドは答えた。
彼の認識としては突っかかってくるロナウドの付き人の一人、パーティを組んでいることぐらいしか知らない程度の関係だ。
ただ、他の二人の付き人とは違いこっそりと頭を下げたり、すまなそうな顔をしているので多少印象に残っているぐらいだ。
後はそうだな、
「ああ、そうだ。確か奇跡持ちだという噂なら聞いたことはある、かな」
「奇跡? そういえばギルドでもそんな話は聞いたけど、それってどういう意味なのかな?」
問いかけてきたファーヴニルゥに対し、ディアルドはいい機会だと口を開いた。
「そうだな、ここで少しお勉強と行こうか。天才である俺様が説明してやるのだから、ありがたく聞くように――」
魔法とは何か、という問いがある。
答えとしては魔法とは魔素、あるいは魔力と呼ばれるエネルギーを利用して現実に超常的な現象を起こす秘術のことだというのが正しい。
では、その魔法を使うに必要なのは何か。
源となる魔素、あるいは魔力というエネルギー。
そして、それに指向性を与える術式の存在。
つまりは魔法を使う際に必ず発生する無数の文字と数字で構成された魔法陣の存在。
この二つがあってこそ魔法という現象は発生する。
わかりやすく言うなら魔素や魔力というエネルギーは電力であり、術式というのは機械のようなものといえばわかりやすいのか。
電力というエネルギーは万能で、それを使って動く機械の種類や目的によって千差万別な事象を起こすことが出来る――というわけだ。
「現在の魔法と呼ばれる存在の基礎を作ったのは三百年ほど前、ドルアーガ王国初代国王であるアルセロ王に仕えた宮廷魔導士、セレスタイトという魔導士が生み出したという」
「セレスタイト……生み出した?」
「ああ、そうだ。要するになんでもいいんだ、この世の摂理を読み取り数字や記号、あるいは文字に表せば術式は術式足りえる。後は魔素や魔力さえあれば魔法は発動することが出来る。だからこそ、古代の世界においては多様な方式の魔法術式が生まれた。その隆盛を極めたのが古代アスラ文明の時代だ。その時代には数千の魔法術式の体系があったという」
「……なるほど、道理でこの時代の術式は変な感じがしたと思ったけど」
「古代における魔法というのは一子相伝が基本で、非常に難解かつ融通の利くものでもなかった。強力ではあれど応用が利かない……というべきか、専門分野ではそれこそ無類な力を発揮するも汎用性という意味ではかけていた感じだ。それが数千もあったのだから色々とぐちゃぐちゃでな、時代を経ることに知識や技術の失伝やらが起きたらしい。それをどうにかしたのが大魔導士セレスタイトだ。彼女はセレスタイト式魔法文字という文字を開発した」
「魔法文字?」
「魔法文字というのは魔法を放つ際に発生する魔法陣に描かれている文字というか絵というか……そういう感じのものだ。あれは数字、記号、あるいは言葉を圧縮して一つの文字にしたものだ。それを繋げることによって効率的に魔法術式を作ることが出来る。大魔導士セレスタイトの功績というのは過去に数多くあった体系を取り込み、使いやすいように独自の魔法文字を開発して世に広げたことだ。現代魔法の祖と言ってもいい」
ディアルドは暇を持て余し、色々と調べた魔法の歴史についてファーヴニルゥへと教えこんだ。
「へー、そうだったんだ」
ちなみによくわかっていそうになく、感心したかのような顔で聞いているルベリに対しても、だ。
「だから、今ただ単に魔法と呼ばれているのは言わばセレスタイト式魔法……と称するのが正しい。まあ、もはや魔法と言えばセレスタイト式というのが常識なほど浸透しているから敢えて言う必要もないだろうが……まあ、それはともかくとしてだ」
重要なのは一口に魔法といっても術式構成の仕方で魔法というのは性質が全く違う。
最大派閥と言ってもいいセレスタイト式魔法が席巻してはいるが、一子相伝やあるいは地方、宗教的意味合いとして独自の魔法術式を作り継承している場合もないわけではない。
「要するに一口に魔法とはいってもメジャーなセレスタイト式魔法とそれ以外のマイナーな独自発展した体系の魔法の二種類があるというわけだ。……ここまでいいか?」
「うん、わかったよ。マスター」
「そして、この二つのカテゴリに分類されないのが奇跡を使う存在だ」
セレスタイト式魔法でもなく、マイナーでも伝えられているような魔法でもない独自の魔法――それを使える存在を奇跡持ち、と俗称する。
「そ、そうだったんだ……」
「いや、なんでファーヴニルゥのために説明したのに、貴様の口からそんな言葉出るのかと……天才である俺様とて困惑」
「いやー、その学が無いもので。何なら魔法の歴史とかも聞いての初めてで……それに奇跡について詳しく聞いたのも」
「そうなのか?」
「……ああ、気づいた時には使えるようになって変な目で見られるようになって気づいたら孤児院から――」
「ふむ、追い出されて貴族の家に売られたといったところか」
「っ、拾われたんだよ!」
「そう思いたければそう思えばいいがな……というか素が出てるぞ」
「あっ! ……私はサーンシィター家に拾われたのです」
「いや、もう無理だから。それに変に丁寧口調にせずともいいだろう、俺様はほらサンシタに疎まれているわけだしな! ふははっ!」
「それは……そうかもだけどよ」
ディアルドの言葉に少しルベリの肩から力が抜けた気がした。
無理に口調を作っているのをやめたのだろう。
「……それにしてもマスター、なぜ奇跡持ちというだけで疎まれるんだい? どの体系にも属さない魔法を生み出したのであればとても貴重な人材だと思えるけど」
「そんなものは簡単だ、平民でありながら魔法が使えるからだ。魔法とは貴族が使うものだからな、この時代は。要するに存在自体が貴族の
「……ディーさんって直球で言いますよね」
がくりっと肩を落とすルベリの姿がディアルドの言葉の正しさを証明していた。
恐らく、それで居場所がなくなったのだろう。
奇跡は血統に関係なく発現する、だからこその奇跡だが目に見える特別な力というのは羨望と嫉妬を呼び、魔法という力をアイデンティティの一つにしている貴族にとっては疎ましい存在……というわけだ。
(カーネリアンにうまく立ち回れるだけの知恵と知識があれば別だったろうが、奇跡自体が何なのかさえろくに把握していないのでは無理だったろうな。天才じゃないというのは大変だ……)
「そうなのか。でも、それっておかしいよね」
「ああ、全くだ。下らない自尊心で希少な奇跡持ちを……よし、何だったらうちに再雇用されないか? 天才である俺様は貴様の価値を正しく認めて雇用してやろう! 環境整備は任せろ、部下が気持ちよく働ける環境を作るのは上司の役目。その為の投資をケチる俺様ではない。その代わりにバリバリ働いて、俺様に服従して褒めたたえて崇める仕事をだな――」
「仕事内容が変わらない……」
「働きに応じては褒賞も出すぞ! 俺様は貴様の奇跡が! 欲しい! だって奇跡持ちの部下がいるという肩書が欲しいし!!」
「正直過ぎるだろ。ただ、まあ……嬉しかったけどさ」
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