第五話:遺跡探索・Ⅱ



「うおっ……これは!?」



 ――ることは出来なかった。


 呑み込まれた。

 台座の上に浮かんでいたクリスタルは物体ではなく、立体映像に近い何かだったのだろう、咄嗟に引き抜ことするよりも早く、クリスタルは発光したこと思うと無数の画面が目の前に現れた。


 そこにはそれぞれ大量の古代アスラ文字で書かれた文章が流れ、ディアルドは『翻訳』で訳して読んでみた。


「えっと……《魔力波動の検知》《未登録の魔力波動のため研究所IDの新規登録のご案内》? ――ふむ、なるほど施設のID発行システムに近いのかコレは」


 情報量が多いので読み飛ばして必要な所だけまとめると、どうにもこのクリスタルは施設全般の案内システムのようだった。

 IDの発行についてその一つらしい。


「……しておくか、ID発行」


 ディアルドは少し考えて《未登録の場合》という項目を選び、そのまま所定の手続きを案内に従って行うことにした。

 ID登録を行う部署とはオフラインになっているので一日だけの仮発行IDとなるらしい。


(無視して進んでもいいが……天才たる俺様の勘が囁いている。まあ、大した手間ではないだろう)


 と思いつつ名前や年齢を入力。

 身長や体重などはクリスタルからレーザーみたいなものが放たれて勝手に記録された。


 更に他の項目事項も入力し、手続きに悪戦苦闘すること十数分ほどかかりディアルドはこの遺跡の仮ID入手することに成功した。


「思った以上に項目が多くて面倒だったな……というかうっかり本名で登録してしまった。いや、俺様の場合どっちが本名になるのか――という疑問もあるが、まあそこら辺は置いておくとして。さて、登録できたのなら何かそれ用のアイテムとか……ああ、なるほど魔力の波長パターンで個人の識別をしているのか、そして俺様の分は今登録された……っと」


 仮IDが発行されたお陰でディアルドは案内システムの機能を更に使うことが出来た。


 とりあえず、遺跡内の地図を表示させそれを紙に書き写しつつ他にも調べていくと、どうにも遺跡内は慢性的なエネルギー不足に陥っていることを知った。

 施設の一部、重要な区域の維持を優先的にエネルギーを回し、それ以外の施設はエネルギーが足りずに部分的にしか機能していないとか。


「なるほど、それであの扉は……」


 履歴を探してもディアルド以前の新規ID発行者のデータはここ数ヶ月どころではないレベルの期間で存在していない。

 つまり、当然先に来ていたであろう彼らもIDを発行していないということになる。


「まあ、全部古代アスラ文字だったから俺様でもない限りあの面倒な手続きをクリアできたとは思えないが……」


 そうなるとA級冒険者パーティはIDを習得せずにその先に向かったことになる。

 本来であればIDが無ければ区画に入るための扉は魔法による防護で守られ、通れない仕様になっていたのだ――エネルギーの不足のせいでその機能は喪失していたらしい。



 つまりはIDが無くとも扉を通ることは可能だったのだ。

 とはいえ、区画内の全て機能が停止していたわけでもないわけで――



「ふむ、嫌な予感がするな……」



 抜き出せる情報を抜き出し、さて先に進もうと研究区画に足を踏み入れ少し進むと――そこには複数の人間の死体が転がっていた。



                   ■



「なるほど」


 少し調べて見た結果、ここで何があったのかおおよその見当はついた。


 死体があったのは長細い通路のような場所。

 そこは前と後ろで扉を閉めることが出来る構造で壁や床、天井には小さな穴が開いていた。


 これらは一度稼働すると通路の前後は扉で密閉され、そして穴からは特殊な薬剤が噴霧される仕掛けとなっている。

 これだけ聞くとまるで侵入者用のトラップに思えるが実際にはそうではなく――


「異物を持ち込まないための除染機構……か」


 そう、これはただの除染作業の仕掛けだったのだ。

 研究区画に入る際に余計なものが入って来ないように一度密閉して区切り空間ごと除染してそれから入ることが許される……というもの。

 本来であればここを通る際には専用の防護スーツを被り、通るのが正式な通過方法となる。

 現にこの通路の入り口に壁の中にはその防具スーツが収納されていた、これを着て通ろうとすれば薬品を直接浴びることもなく通ることが出来ただろう。


(あるいは仮IDがあれば登録されていた人間の急激な変化を察知し停止したかもしれない)


 だが、犠牲になった冒険者たちの運が悪かったのは中途半端に機能が動いていたことだろう。

 除染通路のシステムは彼らが入って来たことによって自動的に稼働してしまったが、仮IDを発行していない彼らの存在をフレイズマル遺跡は認識できなかったのだとディアルドは推測する。


 結果として人体に有害な薬品が充満した密室に閉じ込められた冒険者たちは咄嗟に脱出しようと奮闘するも努力虚しく……。


「……まあ、なんだ。どんまい」


 罠に嵌められたわけでもなく、半ば事故死に近い死因に少しの憐れみを感じつつディアルドはしゃがみ込んだ。


(この遺跡の壁や床……見たことのない金属だがミスリルよりは硬そうだ。A級冒険者では破壊は難しかっただろうし)


 考察を進めながら遺体を探る。


(いや、これは盗みではないから。冒険者仲間の死体を見つけたらプレートを回収して持って帰ってやるのが仁義というもので……おっ、金貨見っけ。それにこの短剣も中々――)


 ただ何事にも手間賃というものは存在する。

 ディアルドは近くに墓でも作って埋めてやろうと思いつつ、あらかた漁り終えると立ち上がって先に進むことにした。


 除染通路さえ抜ければ防護スーツはいいのか、ディアルドはスーツを脱ぎ捨てると目の前の光景に驚いた。


「これは……凄いな」


 一応、ここはファンタジー色の強い世界だったはずだがどちらかというと前世の世界で見たテレビに出て来る未来の研究所に近い光景だった。


「さて、何処から向かうべきか」


 『翻訳』の力のお陰で古代アスラ文明についてはそれなりに詳しい自負はある。


(古代アスラ文明は千年以上前にあった文明で、今のドルアーガ王国はその流れを汲んで建国された王国であるとされており、今の魔法の祖でもある魔導文明を持っていた。事実として現代の常識では考えられないマジックアイテムが遺跡で見つかった実例もある)



 それらはとんでもない値打ちが付けられたことをディアルドは知っている。



(正しくお宝……それを見つけられれば一発逆転! あの除染通路がいいトラップ代わりになっていたせいで全然荒らされていない。老朽化はしてるが……期待できるかも。流石は天才である俺様、天才たるもの運も味方につけるってものよ)


 あの通路にあった死体は四人だけのものではなかった。

 もっと昔の白骨化したものも多数あったが誰も突破することは出来なかったのだろう、思った以上に遺跡の深部の状態が良くディアルドは期待に胸が膨らんだ。


(とびっきりレアなマジックアイテム……最悪、古代アスラ文明関係の書物とかでもやり方次第で金にすることはできる。さーて、金目になりそうなものは……っと)


 前職が前職なためか、ただの一般人よりも高く買ってくれる伝手には覚えはある。

 研究者やマニア、単なる金持ちの道楽として集めている好事家……等々。

 上手くやれる自信がディアルドにはあった。



 だからこそ、何かないかとディアルドは丹念に研究区画を調べ周り――そして、




「なんだ……これ?」




 研究区画の地下。

 その奥深くで――見つけた。




 幻想のように美しい白銀色の髪の少女。

 彼女は透明なシリンダー内の蒼く輝く液体の中で眠るように浮かんでいた。




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