第三話:出立


 この世界には多くの遺跡ダンジョンが残っている。

 そこを探索しその中にある遺物と呼ばれるアイテムを回収すること、それもまた冒険者の仕事の一つであった。

 遺跡やダンジョン内で得たものは基本的には発見したものに所有権が与えられるため、高価な魔道具や財宝などを手に入れ一獲千金を手にした冒険者の逸話というのも実際に残っている。


 一発逆転、遺跡ダンジョンの探索依頼には夢があるのだ。


「――とは一般的には言われますけどね、実際のところあまりお勧めしませんよ?」


 ディアルドが依頼を受けるための受注書を書いていると受付嬢はそう話しかけてきた。


「わかっているさ、天才だぞ?」


「本当ですか? 確かにギルドの管轄している遺跡ダンジョンの解明。これはギルドに課せられた使命なので窓口は広く集めています。それこそ、C級でも可能なぐらいに。それに発見したものの所有権が発見者になるようになっているのも事実です。なので、それこそお宝を見つけられることが出来れば一獲千金――ってことはあり得ます」


「だろう?」


「ただ! 当然ながらそんなに簡単にお宝なんて見つかるわけもありません! それに上手くなにかを発見できても当時の日記とか本とか絵とか、そういう金銭に変えられないものぐらいで……」


「うん? それはおかしいだろう。確かギルドは遺跡内やダンジョン内で発見したものを買い取る制度があったはずだ? 日記や本にしたって冒険者にとっては必要なくとも学術的な価値はある。それこそ古代文明の研究に欠かせないもので相応の値段が付くものだ。だというのに……となると――ってどうした?」


「……いえ、もしかしてディアルドさんってなのかなって?」


「わかる……ああ、そういうことか? まあ、こっちに来る前に色々とな。そっち方面、それなりに詳しい自負はある。天才だし」


「……なら、ディアルドさんが受注しようとしている遺跡。フレズマル遺跡についてなんですが――」


「この遺跡自体については詳しくは知らん。だが、この辺り――オーガスタの近くの遺跡と言えば、高度な魔道文明を築いたとされるアスラ文明が有名だ。それを考えると所縁の物ではないかと推測はつく。依頼書には簡略化した遺跡ダンジョンの外部から見た様子が描かれているが……例えばこの像だな。これはアスラ文明の遺跡ダンジョンでよくみられる――「ああ、はい。わかりました。もう大丈夫です」むっ? もういいのか?」


「ええ、どうやら専門的知識をお持ちで」


「天才だからな」


「そう言っておけば何とかなると思うなよ」


 実のところ、ディアルドが最後に就いていたのはそう言った職だった。

 『翻訳』という力、普通の今使われて居る言葉のみならず、今は解読法すら喪失してしまった古代文字までディアルドは訳することが出来た。

 それをちょっとした手違いで知られてしまい、どうにも「古代文字の解読について中々見どころのある少年だ」ということが広まってしまい、ディアルドは王立遺物管理室――という部署に飛ばされた。


(あれは確か十四歳の頃だったか……)


 王立遺物管理室。

 その名の通り、王家に連なる公的機関の一部署だ。

 目的は遺跡ダンジョンから回収された遺物の精査をすることで古代文明のことを解明する……まあ、歴史研究の部署だ。

 一応、王家の益になるような古代文明の遺産を手に入れ、国家の繁栄に寄与する……という建前はあるものの実態はどんなものかもわからないオーパーツやら解読風な書物を集めて解読しようとするだけの趣味染みたことやっている部署だった。


 口の悪いものなら「倉庫番」という呼んでいる程度には……窓際の部署ではあった。


(ただ……あそこは最高だった)


 最初こそ無理矢理所属させられてしまったが、過ごしてみると存外に悪くはなかった。

 ディアルドは『翻訳』の力は隠していた方が色々と都合がいいと思い、能力に関しては「古代文字の解読に独特の才能がある男」という程度に抑えてはいたが、それはそれとして称賛されるのも目立つのも大好きなので何冊もの古代の書籍の解読するという功績を立てたものだ。


 本来なら『翻訳』で一発でわかった書物の文章も時間をかけて調べてるふりをし、その間は別にまとめてあった古代文明についての考証の書類やら何やらを読んで暇を潰したり、に専念したりと好き放題をして頃合いを見計らってレポート提出をする。

 それだけで「もう出来たのか」と驚かれ、内容の正確さに称賛され、毎月金貨十枚というかたい収入が約束されるという。


(ほぼ常時さぼってるだけで高収入。功績も積み上がって出世も順調、天才たる俺に相応しい怠惰な生活だったというのに……)


 凄いざっくりと金貨の価値を日本円に換算すれば一枚十万円ほど……それが十枚となると月に百万ぐらいの価値となる。

 仕事に関係ない資料を娯楽目的で読んだり、副業しているだけでそんな収入が貰えるなどし天国と言わずに何というべきか。


 まあ、天国過ぎたせいで欲をかいて色々とやっちゃって今に至るわけだが……


(――うんっ、まあ過去のことを悔やんでも仕方ない。重用するべきは今、俺様が生きている今この時こそが大事なのだ。なーに、よくよく考えてみれば天才である俺様がいつまでもあんなしみったれた職場に居るのがおかしかったんだ。幸い暇つぶしに色々と学んだからな、それを活かして遺跡探索に成功すれば全ては帳消しってもんよ)


 ディアルドが狩猟でも採取でもなく、遺跡ダンジョン探索の依頼を選んだのはそういった理由が大きい。

 何だかんだと国の機関でもある部署に所属していたのだ、ただの人よりは専門性の高い知識を触れられる機会が多く、またディアルドはそれなりに勤勉でもあった。

 あくまで自分が興味を持った分野においては、という但し書きが付くが労力を割いて学ぶことを苦としない性格だった。


 それ故に知識はある。

 それを有効に活用できれば……という計算。


 あとは単にせこせこ真面目に依頼をこなして貯めるより、ドカンと一発大きいのを当てる方に賭けるのがディアルドの性には有っていた。


「……わかりました。確かにディーさんなら上手く攻略できるかもしれません。魔導士ですからね、魔導階級不明で怪しいですけど魔導士は魔導士ですし」


「ちょっと歯に物が挟まったいい方じゃない?」


「実際、フレズマル遺跡の探索は全くと言っていいほど進んでなくて……これで上手く進めることが出来ればこちらとしても」


「無視かい。というか全く進んでいない……? 聞こうじゃないか」


「ええ、実は先月もフレズマル遺跡に挑戦したパーティは居たんですけど帰って来ることはなく……」


「まあ、遺跡ダンジョン探索は相応に危険があるからな。モンスターや魔物が巣を作っていたり、侵入者用のトラップがあったり……」


 遺跡ダンジョン探索は発見したものが所有権を手にすることが出来るという特権が与えれているが、その代わり遺跡ダンジョン内で起きたことにギルドは一切の責任を負うことはない。

 全ては冒険者当人たちのものとなる不文律がある。


「それでその冒険者のパーティの階級は?」


「それがA級の冒険者のパーティだったものですから結構な騒ぎに」


「A級……」


 冒険者には階級がある。

 最下級がD級から始まり全部で七階級、A級は十分に一流の冒険者とされる階級だ。

 それがパーティ丸ごと帰ってこないとなると確かにギルド的には問題だろう。

 更に彼女の口ぶりから言えばそれ以前からあまりうまく攻略が進んでいるようには見られなかった。


(つまりはそれぐらい難物ということか。そして、それ即ち奥の探索も進んでいないということであり――お宝がある可能性も高くなる、ということだ)


 運が向いてきたかもしれない。

 ディアルドはそう思った。


「騒ぎの影響でめっきりとフレズマル遺跡の探索依頼を受ける冒険者が現れなくなってしまって」


「まあ、命あっての物種だ。凡俗が命を大事にするのはしょうがないだろう」


「ええ、特に近くの地方で大型のモンスターが現れたとかの噂で腕利きの冒険者もそっちの依頼に行ってしまって……だから、正直久しぶりに依頼を受けてくれる人が現れるのは助かるんです。けど、それでもあまり無理はしないでくださいね? ディーさんでも顔見知りが死なれるのは堪えるものがあります」


「うん、ディーさん「でも」という部分がちょっと気になったが気がしなくもないが……まあ、危険なことはせんさ天才だからな。天才の命は凡俗よりも価値が高いので「命大事に」は常だ」


「「天才だから死ぬことはない」じゃなくて「天才だからさっさと逃げる」なんですね……いや、まあ、冒険者としてはそれでいいと思いますけど。それじゃあ、遺跡探索依頼ということで所定の手続きをですね――」


 ディアルドはこうしてフレイズマル遺跡に向かうことを決めたのだった。


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