第一章

―遺跡編―

第一話:異世界




 ディアルドがディアルドである前のことを思い出したのは五歳になる頃だった。



「……なるほど、つまりはこれは異世界転生というやつだな。知っているぞ、凡俗の娯楽も一時期嗜んだからな。それらに関しては一定の知識と理解がある。天才たるもの選り好みせずに色々なものに手を出すべきだからな」


 ある日、突然喉に小骨が刺さっていたような感覚だった前世の記憶を取り戻し、ディアルドは異世界に転生したことをその日のうちに素直に受け入れた。


 何故ならディアルドは天才であるからである。


「異世界転生となるとやはりチートの一つぐらいはあるだろう。いや、無い作品も多かったが俺様にはあるはずだ。別に神とかに会った記憶は無いが俺様は天才だからな」


 そして次の日には自らに眠るであろうチート能力を目覚めさせる努力をし始めた。


 何故ならディアルドは天才だからである。


「天才な俺様がチートの一つや二つ持っていないとおかしい。無くてもそこはそれ、俺様なら成り上がり放題なのは目に見えているが……それはそれこれはこれだ!」


 天才。

 前世を一言で言い表すならばディアルドはそんな男だった。

 傲慢や自意識過剰というわけではなく、ただ純然たる事実としてディアルドは才ある人間として思うが儘を生きた。


 才を思うままに使い、富と名声を集め、欲のままに生き――その結果、若い身空で死んだ。


「ちょっとばかりやり過ぎたかな……っていうか俺様誰に殺されたんだ? 借金漬けにした奴らの報復? それともマフィア……いや政府関係か? それとも焼き討ちしてやった奴らか――うーん、候補者が多すぎてわからない。天才も若かったなー」


 それについて思うことはない。

 いや、嘘だけど。

 報復できるチャンスが来たら思い切りやるけども……一先ず、前世の終わりについて思うことはない。


 新たな人生、ディアルド・ローズクォーツとしての人生を生きるために異世界もの特有のチート能力を目指すこと二年。


 ただの修練や勉学だけだとちょっと能力が目覚めるにはイベントが足りないのではないかと思いつき、通算三回ほど心肺停止するほどの命の危機に身を置くことで遂にディアルドはチート能力に目覚めることに成功した。



 ディアルドはそのチートに『翻訳』という名を付けた。



「ふむ……やはりこの力は魔法の力の亜種と呼ぶには外れている。となればやはりこれが俺様のチートということになる。……それにしても翻訳、か。思っていた派手なのと比べて……いやいや、天才たる俺様に相応しい知的な能力ではないか。何事も使い方だ」


 色々と調べて見た結果、名付けた能力名だ。


 翻訳、という単語で思い浮かべるものといえば所謂通訳とかそんな感じのイメージだろう。

 単語の意味としては「ある言語で表現されている文を,他の言語になおして表現すること」であり、ディアルドの名付けもそういった意味合いの通りに付けられている。


 つまり、異国の言葉や文などをディアルドは知識を全く持っていなくても理解することが出来る――そんな能力だった。


 それは一見地味ではあったものの、天才であるディアルドはそれが発覚した時に何十通りの悪さ……もとい有効活用法を思いつき、将来のために実行に移した。

 結果から言えばそれらはとても成功し、第二の人生は順風満帆の船出のはず――だった。


 だというのに――



「ぐぬぬ……」



「また依頼書を見てため息ついてるわよ、のやつ……」「見たことない人ね。オーガスタの人間じゃない? あんな美形見ていたら覚えていそうなものだけど」「貴方知らないの一月前からこっちに来た――ああ、そう言えば離れていたっけ?」「身なりを考えるとただの平民ではなさそう。もしかしてお貴族様?」「今もそうかはわからないけどは間違いないわね。彼って魔導士だし……」「たしかアルバジオンから来たって話よ」「アルバジオンっての? 都落ちってやつ? ……やだ、都からやってきた元貴族だなんてロマンス。ちょっと粉をかけてみようかしら、顔もいいし」



「「「やめなさい、あいつはクズよ」」」



 ひそひそ、ひそひそ。

 そんな声が内緒話が……いや、最後の方は内緒話の音量ではなかった気がするがディアルドは当然のように聞き流した。

 天才たるもの自身に向けられる嫉妬や悪罵にいちいち反応していてはキリがない。


 それに……実際のところ事実ではあるのだ。

 ディアルドはこの異世界において大国であるドルアーガ王国の首都、王都アルバジオンで公職についてたのだが、ちょっとした事情があって続けるわけにはいかず仕事を辞める羽目になった。

 コツコツと副業で貯め上げてきた財産の大部分も放置して離れることになりその後は各地を転々とし、オーガスタにまで流れ着いたのがかれこれ一月前の話だった。


「うーむ、またやり過ぎてしまった。あれは俺様が悪いのか? いや、天才である俺様が悪いわけがない。ちょいとばかし荒稼ぎしたからといって器の小さい男だ。まあ、立つ鳥跡を濁さずでどうせならと派手にやって出て来たが……ここから再出発か。流石に堪えるな」


 順風満帆に進んでいたと思っていた人生の大きな挫折に流石に精神的なダメージは深い。



 そう、ディアルドは天才にあるまじきことに無職になってしまったのである。




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