本編
プロローグ:出会い
まるで暴風のような気流が一帯を襲った。
砂塵は巻き上がり、小さな石や瓦礫が宙を舞う。
成人した大人の人間でさえ、咄嗟に身を固めなければ立っていられなくなってしまいそうな規模の風――
それがただ一匹のモンスターの翼の羽ばたきによるものだと言って信じてくれる者がどれだけ居るだろうか。
「ああ、くそっ……なんてこった。なんでこんなところに」
だが、残念ながら目の前にあるのはどうしようもない現実で、放たれる威圧感は現実逃避すら許してくれない。
人など一飲みにしてしまいそうな巨大な体躯、それを一対の強靭な翼の羽ばたきでもって支え、空から獲物を見下ろす姿は正しく強者の風格。
「最近一帯を荒らしまわっているモンスターが居るとかでギルドの方が騒がしかったが……なるほど、お前だったか」
ファンタジーの世界において定番と言ってもいい存在。
「
即ち、
突如として現れた存在に男は蛇に睨まれた蛙の気分を味わうことになっていた。
完全に予想外での接触……こちらは何の用意もしておらず、相手はこの世界において国レベルで対処しなくてはならない規模のモンスターだ。
対してこちらは単身――有体に言って男にとって絶体絶命のピンチというやつだった。
(くっそー、なんでこんなことに……ああ、だから冒険者なんて野蛮な職業なんて成りたくなかったんだ!)
そんなことを思っても後の祭り。
闇色の瞳は真っ直ぐとこちらを捉えており、逃げられるとは思えない。
(いや、手段を選ばなければ可能性はないこともないが……)
焦りはしつつも冷静に頭の中で男はそろばんを弾いた。
色々と捨てて逃げることだけに集中すれば――出来ないことはないだろう。
一介の人間ならこんなエンカウントした時点で生存を諦める事態だが幸いにも男は魔導士……魔法の力がある。
だからこそ、腕の中にあるモノを餌にして気を取られている間に……という手段なら可能性はゼロではない。
とはいえ――
「ええい、冗談ではない! これは俺様が手に入れたお宝だ! 何が悲しくて空飛ぶ蜥蜴程度に渡してやらなきゃいけない!?」
それは出来ない。
わかりきっていること。
なら、取れる手段はただの一つ。
「ふーはっはァっ!!
手はある。
習得している上級魔法、これならば十分に
ただ問題が一つ。
その魔法を使う使い手が有効に運用できるのか……という点。
熊を殺しきれる猟銃を持っていたとしても、使いこなして本当に殺せるかは別の話だ。
確かに男は強力な上級魔法を習得はしているものの、モンスターとの戦いに関しては素人同然――とまでは言わないが、それでも玄人と呼べるほど経験があるわけがなかった。
(まあ、それでも殺せるだけの手札があるだけマシか。使う機会はないだろうけど、カッコいいから覚えておこうと思って習得していた俺様……流石! ふっ、まあ天才だからな。実戦では初めて使うがやれんことはないだろう! だって俺様だし!)
特に根拠はないがいつも通りのノリと勢いで男は上級魔法の術式の用意をしようとし――
《――マスターに対する
もぞり、と抱えていた存在が腕の中で動き出した。
何時から目覚めていたのか、瞼を開けて翡翠色の瞳を露わにしていた少女……彼女の発した言葉、それは遠い異国――それもとても古き言葉であることを男は知っていた。
「なんだぁ、起きたのか? 今はちょっとばかり忙しいからしばらくは大人しく……て、っておい!?」
男の言葉に応えることもなく、少女はふわりと当然のように浮かんだ。
彼女の周りに無数に浮かび上がった光の帯、それが途方もないほどに高度に圧縮された術式であることを――男の持つ
《最優先事項――マスターへの危険の排除。魔法術式を解凍、「バルムンク=レイ」を起動。対象を殲滅を遂行》
抑揚がなく機械的な声で謳うように呪文を唱えるといつの間に彼女の両腕には二振りの剣があった。
蒼穹のように透ける美しい幻想的な蒼い刃、それを以って少女は――空を翔けた。
恐らく、
たぶん、
きっと……。
(ぜーんぜん、見えなかった……)
灰色の髪を持った男……ディアルド・ローズクォーツにわかったのは結果だけ。
舞い上がった少女が消えたと思ったら、
ただ、それだけ。
結果から逆算して彼女が高速移動してあの魔刀によって断ち切ったのだろう――と推察するのやっとだった。
「……えーっ、そんなのあり? 相手は討伐難度350を超えるモンスターだっていうのに……いや、俺様も出来るけど? 余裕でやれるけど? 天才だし――いやー、それでもなー」
一つの国さえ落としかねない怪物がまるで雑草を払うかのように殺された。
正直に言ってしまえば現実感がない。
「……たかが空を飛ぶ蜥蜴如きがマスターに危害を加えようなどと――まあ、いい。大丈夫だったかい?」
「えっ、あっ……おっ、おう」
天からふわりと降りてきた少女は今見せた圧倒的な力を何でもなかったかのように親し気に話しかけてきた。
それに対してディアルドは困惑の声を上げることしか出来ない。
(えっ、なんでこんな親し気に話しかけてくるの? 初めて会話するよね? 俺様がカッコいいから? まあ、なんていうかこっちの世界の俺様は母方の血が良かったのか我ながら異国情緒あふれる美男子になったとは思ってはいるけど……くっ、向こうも結構に顔がいいな。眠っている時もそうだったが実際に動いていると――ってそうではなくて!)
状況の変化について行かずに頭が混乱しているのをディアルドは自覚していた。
絶体絶命の危機になったかと思ったらいきなり動き出してワンパンで殺すし、そもそも彼女とは初対面――というか会話したのも初めてなのに何故か親し気な様子で話しかけてくるしで頭の整理が追いついていない。
「えっと、その……なんだ。まずは互いに自己紹介が必要だと天才である俺様は提案をしたいのだがどうだ?」
「ああ、申し遅れましたマスター。僕としたことが最初の挨拶は肝心だというのに」
「……マスター?」
「ええ、そうですとも我が
そう言って彼女は可憐に微笑み礼をして言葉を放った。
「僕の名前はファーヴニルゥ。またの名を対終末決戦用人造人型殲滅兵装。今よりマスターの剣として全ての敵対者に等しく滅びを与えることを誓おう。……なに、僕は最強だからね! 期待してくれていいんだよ? さあ、敵は何処だい? 手始めに近くの国の一つや二つ滅ぼしてごらんに入れよう!」
「……………」
全ての始まりは数日前に遡る。
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