第151話 エターナルの要請

「では、フライさん、ラシア問題から私たちは手を引くということで良いですね」

 しのぶが締めくくる形でそう問い掛けた。


「良いとも」


 続いてしのぶは、俺に向き直り、こんなことを言う。

「コウタさん、どうしますか、私たち、友好推進委員をやめますか、それとも続けますか」


「ううん、どうしよう」

 以前は勝手に友好推進委員に任命されて、やめたくてしょうが無かったのだが、最近は危険なこともあったが刺激的な毎日で充実していた。

 以前の平凡な日々に戻ることには躊躇ためらいがある。


 すると、フライから提案が出された。

「それなんだが、君たちには別のプロジェクトに参加してもらいたいと考えているので、できれば委員を継続してもらいたいのだ」


「別のプロジェクトだって?

 あまり危険なのはいやだぜ。

 それは話を聞いてから、俺達三人で決めるから」

 俺は沙織としのぶの表情変化を探りながら、そう答えた。


「まあ、プロジェクトは話を聞いてもらってから断っても良いし、幾つか提示した中から、これならやってもいいというのを選んでもらっても良い。

 次からは相当の報酬も出す。

 君たちの就職先として検討してもらえば良いとも思っている」


 意外な申し出に興味が湧いて来た。


「へえ、報酬と就職か、おもしろいね。

 だったら、その前に要求があるんだが。

 この先、やめたい時に辞めることができるという選択肢を保留した上で、沙織を委員見習いから、上級委員に格上げして欲しい。

 しのぶも平の委員から上級委員にして欲しい」


 俺がそう言うと、沙織は大きく頷いてくれた。

 しのぶは少し考える様子を見せている。


 フライは俺の言葉を受けて、複眼を少し光らせた。

「それは、こちらから提案しようと思っていたことと合致する。

 沙織としのぶに異存いぞんがないなら、正式に上級委員として要請したい」


「その要請を受けるわ」

 ここは沙織が決めポースを見せるところだろうと思ったが、ポーズ無しの二つ返事だった。

 やめたのかアレ、たまには見たいんだが。

 何しろ、あの長く伸びた脚と、くびれた腰、すっと伸ばす腕と指先、そしてあの目力めぢから、そのままフィギュアにしたいくらいだから、時折は見せてほしいものだ。


 一方でしのぶは、ジト目でフライを見据えた後、抑えた声で答えた。

「分かりました」


「あともう一つ、あのつまらない儀式はパスしてくれ」

 俺はそう付け加えた。


「了解した」


「沙織としのぶにも、クモミンと同じくらい優秀な助手を付けて欲しい」

 俺がそう主張すると、沙織もしのぶもうんうんと頷いた。


「では、沙織にはボンドくんを付けよう」と、フライ。

「それって、スパイ3号って呼ばれてたヤツか」

「そうだ、コウタが命名した筈だが」

「優秀なのか」

「そこそこ優秀だ」


 優秀という言葉に反応して、沙織は言った。

「じゃあ、そいつでいいわ」


「しのぶには、当初スパイ1号を助手にと考えていたのだが、暫くはピーターのガード指揮役の職務を継続させることになってしまったのだ」と、フライ。


「そちらの任務は重大ですからね」

 しのぶがそう答えた。


「別のもので、クモミンに優秀なヤツを推薦させよう」


「よろしくお願いします」と、しのぶ。


「助手同士で連携も取れるのか」と、俺。


「もちろんだ。

 私が助手の行動については責任を持とう」


「なら、安心だね。

 くれぐれもエターナルのおえらいさんに、勝手に裏の任務を押し付けられない体制を敷いてくれ」

 これは譲れない線だ。


「もちろんだ。

 で、どうする?

 新しいプロジェクトの説明はいつ頃聞いてもらえるかね」


「1週間後で」と、俺。


「そうね、1週間位はだらだらしたいわね」

 沙織も賛成してくれた。


「私も1週間くらいは友達作りに専念したいです」

 しのぶも、新しい活動にチャレンジするつもりらしい。


「では、そういうことで」と、フライが言った。



 そこで、フライへの質問と協議は終了し、沙織としのぶは帰ることになった。

 バリアのお陰で、まだ6時半だ。

 この時期、6時半はすっかり暗くなっている。


 俺は母さんに二人を駅まで送ってくると言って、家を出た。



 俺達は駅への道すがら、さっきの話の続きをしていた。


「俺の勝手で、委員継続みたいにしちゃったけど、しのぶはそれで良かったのか」


「そうですね、テレパシーを使わなくても良いのであれば、継続に異議はありません」


 なるほど、しのぶに引っ掛かりがあるのは、そこだけなのか、じゃああれで良かったのかな。

 後は提示されたプロジェクトから、良さげなものを選べば良いんだし。


「相変わらず、しのぶはしっかりしてるな」


「そうでもないですよ、さっきはせっかくピーターとパーチンのことを訊きに来たのに、自分の気持が先走って、フライさんを呆れさせてしまいました」


「まあ、それくらい奔放ほんぽうな方が、クラスの友だちも付き合いやすいと思うぞ。

 普段は大人過ぎるんだよ」


「それは、今日学校で自覚しました。

 今までは、自分でバリアを作っていたんだなって」


 確かに最初のLINE申請からのくだりでは、しのぶのバリアを感じたことがある。

 あれじゃあ、クラスメイトもうかつに話し掛けられないだろう。


「ああ、だからなのね。

『近寄らないでバリア』を取り払ったから、友だちができたんだね」

 沙織としのぶの間にバリアは無い筈だが、妹の張るバリアに、沙織は前から気付いていたんだな。


「そんなつもりのバリアじゃなかったけど、姉さんの言う通りかも知れないね」


 ああ、タッチが柔らかい。

 柔軟剤を使ったタオルのように。


「これからは、年齢なりの妹モードのしのぶが見れるのかな」

 そう沙織がつぶやくと、しのぶはすぐ言い返した。

「そんなに変えるつもりはないよ」


「良いから、私に思い切って甘えて見せてね」


「しません」


 二人のやりとりにやされながら来た道だが、もうゴールに辿り着いた。


「おい、もう駅だよ」


「あ、そうですね、コウタさん、送ってくれてありがとう」

 しのぶが明るい笑顔で、挨拶してくれた。


「じゃあまた明日」

 沙織は、そう挨拶してウインクをした。


「おう、また明日」

 俺は急に恥ずかしくなって、口ごもりながら、同じ挨拶を返した。

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