第150話 ラシアパーチン問題その後

 俺は空気を変えるように、フライに呼び掛けた。

「あ、そうだ、フライに訊きたいことがあるんだよ」


「何だね」


「俺達がみつけたピーターは救出したのか」


「もちろんだ」


「あの、軍隊撤退を演説したのは、もしかしたらピーターなの」

 沙織がそう訊いた。


「うむ、そうだな」


「やっぱり」と、沙織。


「パーチンはどうなったんですか」

 しのぶは、救ったピーターの方が気になっていただろうが、より重要度の高い方の質問をした。


「パーチンは、ピーターと入れ替わりに、裏切った影武者として捕らえられている」


 ほお! 絵に描いたような理想的な展開だな。


「どうやったら、そんなうまくやれるんだ」


「ああ、本人を判定するコンピューターシステムのデータを入れ替えただけだがな」


 厳重なシステムへの侵入も、データの書き換えも、エターナルの技術を持ってすれば、簡単なことなのだろう。


「なるほど、ピーターは本物と判定され、パーチンは影武者と判定されたということか。

 核報復システム、『死の手』は、ピーターを本物と判定したという事でいいのか」


 あの恐ろしい仕組みを書き換えることができれば、核戦争危機はひとまず遠退とおのく筈だ。


「そうだな」

 事もなげに、フライは即答した。


 とは言え、パーチンとピーターを入れ替えただけでは、ピーターの暗殺でシステムが発動する恐れがある。

「大統領演説に反発した、極右きょくう勢力から、ピーターが暗殺されたらどうなるんだ」


「死の手は既にピーターの命令で解除したから、大丈夫だ」


 ほお! 自動核報復システムを解除したのか、それなら安心だよな?

 それにしても、『死の手』は、パーチン大統領の暗殺と自然死をどうやって判別し、ラシアはどの国へ向けて核ミサイルを発射するつもりだったんだろう。

 そもそもそんなシステムの構築が可能なのだろうか、などの疑問は残るが、解除したのなら、もうその辺を考える必要もないだろう。


「あら、それはお手柄ね」

 沙織が決めポーズしそうになって、自分で気付いてやめた。

 あのポーズが子供っぽいとの自覚が、ようやく芽生めばえたらしいなw


「世界の危機は、少しだけ減りましたね」

 しのぶが冷静に言った。


「まあ少しだけは減らせたのかな」と、フライ。


「核ミサイルや、核爆弾を放棄させるために、エターナルが乗り出す訳には行かないのか」

 ここまでできるエターナルならと、俺は無自覚むじかくに、エターナルに期待して平和の希望を述べてしまった。


「そこまではやらない。

 その辺は、あくまで人類がコントロールすべきことだ。

 コウタだって、エターナルの手先になって国を裏切ることはないと、最初に主張していただろ。

 あくまでエターナルは、平和的な娯楽を求めているだけなのだよ」


 フライの指摘どおりだった。

 逆にそう指摘されたことで、エターナルへの信頼が一層増してくる。


「そうだったな。

 まあ死の手の解除だけでも、幾らか平和に近付いたということで納得するしかないか」


「私たちがせっかく救出したのに、ピーターは今危険な状態じゃないんですか」

 しのぶが、一番気になっているのは、やはりその点か。


「危険がないとは言えないが、安全は確保できるように、光学迷彩機能を備える戦闘アンドロイドを2機、彼のガード役に付けている。

 それにスパイ1号を指揮役に配置しているから、今までパーチンが敷いた安全体制と同程度には安全だ」


「この後は、ピーターに何をさせるつもりなんだ」

 俺は興味半分でそう訊いた。


 実のところ、俺はピーターの心配なんかしていない。

 あいつも、パーチンと同じ穴のムジナだと思っている。

 何かの拍子で、二人の役割は入れ替わっていたかも知れないのだ。

 悪の大統領ピーターと、その影武者たるパーチンに。


「公平な大統領選挙を実行させる」

 俺の質問にフライはそう答えた。


「ピーターは立候補させないんだろ」


「そうだな、有力な大統領候補が、パーチン並に危険人物だった時は、対抗馬になってもらうかもしれないが、まともなヤツを選別して、その候補をバックアップする方が順当なやり方だろう」


「そううまく行くのか」


「違法手段を使えばできるだろう」

 フライは事もなげにそう答えた。


 違法手段でも、露見ろけんしなければ問題ないと言うことか。

 それに法が常に正しいとは限らないのだ。

 大体ラシアは法治国家ほうちこっかとしての体をなしていない。

 権力者が都合よく法律を作り変える。

 法治国家の振りをして、民主国家とは対極にある全体主義の国家、独裁主義の国家はまだまだたくさんある。

 日本のお隣りにある、中つ国なかつこくもその一つだ。

 そうした国は、強大な軍事力を背景に、自分勝手な理論を構築して近隣国家に侵略の手を伸ばしている。

 本当の平和は永遠に遠い。


「危険人物が後釜あとがまになるくらいだったら、違法手段を取っても良いでしょ」

 沙織がそう主張した。


「そうだな、パーチンも散々違法手段を取ってきて、ラシア国民は黙認して来たのだから、次も違法手段を黙認するだろう。

 あの国の国民は、歴史的に屈服と従順が染み付いていると言えるだろう」

 フライはそう答えた。


「それはエターナルに任せる。

 俺達の口出すことじゃないから」

 俺は自分の立場をわきまえて、そう言った。


「そうしてくれ」

 フライは簡単に答えた。

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