第149話 しのぶの変身
午後6時ころ、沙織としのぶが一緒に家にやってきた。
玄関前からスマホで呼び出してもらったので、俺がドアを開けて二人を中に入れた。
帰ったばかりでお着替え中の母に、おじゃましますの声だけで挨拶をしてもらって、さっさと俺の部屋に案内した。
今日の目的は、ラシアパーチン問題の現在の状況を確認することだ。
俺は早速フライを呼び出した。
PCに光が指して、画面一杯に複眼の大きなハエが現れた。
もちろん本体はディスプレイ上枠で、画面と同期して動いている。
もとい、画面が本体に同期しているのだった。
普通なら、フライの挨拶が先で、それにいやいや答える俺、というのがパターンだったが、待っている時間ももどかしく俺から挨拶をした。
「フライ、こんばんわ」
「「こんばんわ」」
沙織としのぶも声を合わせて挨拶する。
二人も早く本題に入りたいのだろう。
「おや、昨日まで三人一緒だったのに、帰って来てからも、まだ同一行動してるのか。
みんな仲良くなったもんだな」
足をすりすりさせながら、どこを見てるのか分からない複眼をやや光らせながら、男児声で、親父みたいなことを言ってくるフライ。
「まあな」
ハエになめられるか、とは今は思ってないが、俺はぞんざいに答えた。
しのぶは、最初の内、エターナルの目的とか、地球に対する友好とかについて
フライに対する信頼からか、こんなプライベート情報を垂れ流した。
パーチンのことを訊きに来たんじゃないのかよ。
「姉さんは、コウタさんとお付き合いを始めたんですよ」
「本当か、それはびっくりだな。
しのぶはどう思ってるんだ」
その口調からは、びっくりしているとはとてもじゃないが思えなかった。
「歓迎してますよ。
この先ずっと、お二人には仲良くしてもらいたいです」
「ほお」
「私は、留守番ロボのおかげで、クラスでお友達が新たに4人もできました」
しのぶが意外なことを口にした。
友だち少なそうだもんな。
「あら、それ、聞いてなかった」
沙織がびっくりしている。
やはり、しのぶには友だちがほとんど居なかったようだ。
大人過ぎるしのぶには、同級生たちは子供っぽ過ぎて、相手にして来なかったのだろうしな。
「だって、今日のことだもの」
しのぶは、わりと子供っぽく答えた。
「クラスで隣の子としか話さないみたいなこと、前に言ってたよね」
沙織が確認するように訊いた。
しのぶの少ない交友関係を、姉として心配していたのだろうか。
「うん」
「それが今日だけで四人も、新しい友だちができたの?」
「そうなの、多分明日からも良い友だちになれそう。
今日は自然に心が開けたの」
え、こんなにも子供っぽく、嬉しそうに微笑むしのぶは初めて見た。
「へえ」と、沙織。
「良かったな、しのぶちゃん」
俺もその表情を見たら、そう言っていた。
「あれ、ちゃん付けですか」
しのぶがそう指摘した。
確かに、最近はずっと呼び捨てして来たのに、どうして俺はいきなりちゃん付けしてしまったんだ?
「あ、呼び捨ての方が良かったか」
俺は慌ててそう言った。
「まあ姉さんと付き合うんだったら、私のことは、ちゃん付けでも良いかな。
明日からは、今までできなかった、女子同士の交流に
そう明るく振る舞うしのぶからは、あのジト目を自在に操る本来の姿が遠くなった。
でも14歳の年齢なら、こっちの方が
「そんなに人は、急に変われるものなのか」
俺はすっかり変わったように見えたしのぶに対して、質問なのか自問なのか分からないことを言った。
「コウタさんだって、急に頼もしくなったでしょ」と、しのぶ。
「そ、そうかな」
「姉さんだって、ちゃんと思いを伝えられたみたいだし」
今度は、沙織に話が向いた。
沙織の頬が赤く染まりだした。
フライの複眼が七色に光った。
イライラしているのか。
「ちょっと待った。
こんな話をするために私を呼んだのかね」
しのぶがしゅんとなった。
フライにも共感してもらえるものと思っていたらしいが、ちがったみたいでがっかりしたようだ。
「あ、ごめん、しのぶ。
それについては、二人だけの時に話をしよう」と、フライは慌てて謝罪した。
「うん」
フライのフォローがあって、しのぶの表情が少し明るくなった。
その内、フライはしのぶにジト目で見られるようになるだろうw
無神経なやつは嫌われるってことだ。
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