第145話 自室への帰還
昨夜というか日付が変わった直後というか、とにかく家に帰った時、俺はクモミンに頼んで、回収直前の身代わりアンドロイドを見せてもらった。
身代わり君は、今機能を停止しているが、まるで眠っているようだ。
自分自身を見ているようで、少し不気味だ。
死んだ直後には、霊魂だけが抜け出して、自分の死体を見下ろすとか聞いたことがあるが、こんな感じなのだろうか。
「ふうん、めちゃくちゃよく出来てるな」
クモミンは
「そうでしょ、そうでしょ、エターナルのテクを
「こいつと話すことはできるのか」
「話したいんですか」
「いや、混乱するからやめておくか」
「そうですね、軽い後遺症が残る症例報告も出てますから、自分と話すのはあまりお勧めできません」
「あのさ」
言いにくいことでも、相手がクモミンだと、何でも聞いてもらえる気がして、つい言ってみたくなる。
「なにさ」
クモミンは蜘蛛だから、その表情は読めない。
ただ軽いノリの返事が聞けると、気分が楽になる。
「沙織としのぶの身代わりアンドロイドを見せてもらうことはできるのか」
「見たいんですか」
「うん、見たいな」
「見てどうするんですか」
「本物とどう違うのか確かめてみたい」
「本人の許可があればできますよ」
事もなげに、クモミンはそう答えた。
「それって、沙織としのぶの許可っていうことか」
「その通りです」
「そりゃ、ダメだな、やめておこう」
「本物との違いを、どうやって確かめようと思ったんですか」
「いや、話してみてだろ、やっぱ」
「見た目は
「へえ、おもしろそうだな」
「話すだけなんですか」
あれ、話すだけならOKなんだろうか、つい俺はそう思い込んでしまった。
「そ、そりゃそうだろ」
「触ってみたいとか思わないんですか」
あれ、触ってみても良いんだろうか。
「別に思わないよ、、、でも、
身代わりアンドロイドの方から、俺を触ってくるのなら問題ないかな」
俺は責任の少ない方向へ転換してみた。
「どこを触ってもらいたいんですか」
どこって、どこよ、え?
「いや、握手とか?」
「それだけですか」
「当たり前だろ」
「だったら」
「だったら?」
俺の期待が膨らんだ。
「さっき言った通り、本人の許可が必要です」
クモミンは事務的な調子でそう答えた。
何だったんだ、今の会話の流れは。
「なんだよ、俺を誘導してからかっただけかよ」
「ふふん」
クモミンが鼻で笑った。クモだって鼻くらいあるよな。
「何がふふんだよ」
少しだけ腹が立ったが、まあ許せるかw
「良かったです」
「何が」
「異世界から帰ってきても、行く前と変わってなくてほっとしました」
「そりゃあな、5,6日で、人がそんなに変わる訳無いじゃん」
「フライさんが、コウタは向こうへ行って変わった、と言うから心配してたんですよ」
「この通り、前と変わらず、俺はスケベで変態で、臆病な男だよ」
俺は以前の
クモミンには、あのビニル封筒に入れて隠してあったティッシュも見られたしな。
あれは、中学時代気になってた子が鼻をかんだティッシュだ。
教室のゴミ箱に捨てたものを掃除当番の俺が回収したものだ。
もちろん、ほかにもティッシュはあったが、花柄がプリントされたティッシュはそれしかなかった。
あれは俺の黒歴史だから、後で捨てておこう。
それにあれから一度も開けてみたことがないから、中はカビだらけの可能性すらあるし、その子の名前すら忘れてしまった。
いや、思い出すだけで、自分の変態加減に嫌気が差してくる。
「そんなことは言ってませんよ」
「そうかぁ、さっきそういうことをテストされたみたいだけど」
「そんなつもりはありませんよ。
ただ、楽しい会話をしたかっただけですよ」
甘えたような女児声でそう言われると、何かくすぐったい気分になる。
「楽しかったか」
俺はクールにそう訊いた。
「ええ、もちろん」
「俺は、、楽しくなかったけど」
まあ、楽しくなかったこともないが。
「そうなんですか、でも自分の本質と向き合って、それを受け入れることができれば、何でも楽しめると思いますよ」
「そうなのか」
「偉い人がそう言ってました」
「誰、その偉い人って」
「ちょっと今は思い出せません」
「適当言いやがって」
「ここ数日、真剣に頑張って来たんですから、しばらくは適当にやってれば良いんですよ。
息抜きは大切です」
ちゃんとこうしてフォローしてくれるから、クモミンは憎めない。
「まあ、確かに、あ、もうこんな時間か、もう寝なきゃ」
「お休みなさい」
「クモミンもお休み」
まあ、途中からかわれて、悔しいところもあったが、こんなお気楽会話も楽しいと思った。
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