第142話 地球への帰還3

「いつよ」

 沙織は俺とは違って、フライを信頼してないのかも知れない。


 何しろ、フライは沙織には冷たくて、エターナルの友好推進委員になることを反対していたという経緯いきさつがあるからな。

 でも異世界での活躍と、精神的成長をかんがみると、「委員見習い」ではなく、平の委員、いや、しのぶと一緒に上級委員に格上げしても、問題ないと思うのだが。


「お前たちが、転移口に入って行ってから、ほぼ4時間後に広場に迎えに行った」


 その時間だと、俺達はマイクと臨時パーティを組んで、森を降りて行ってる頃だ。


「じゃあ、あのまま待っていれば良かったのね」

 沙織はそんなことを言った。


 確かに、あの場に残っていれば、すぐ地球に戻れた可能性が高い。

 俺達はどうして、あそこで救援を待たなかったのだろう。


「そういうことになるな」

 フライは事もなげにそう答えた。


 沙織とフライの会話をじっと聞いていたしのぶが、ここで口をはさんだ。

「でも、あの時は、あの大洞窟からどんな恐ろしい怪物が現れるか心配だったから、一刻も早くと森を出たんだし。

 姉さん、それは結果論けっかろんだよ」


 俺もそう思うが、今は疲れている。

「まあまあ、そういうのは、日本に帰ってからゆっくり話そうよ」


「そうだな、今から各自の部屋に直送するから、今晩は自分のベッドでゆっくり休め」

 フライは、スリスリをやめて、そう宣言した。


「もう皆寝てる時間かな」

 しのぶが呟いた。


「ご両親はそろそろ寝る準備してる頃だろう。

 もう少しだけ待った方が良かろう」

 フライは先程の自分の言葉を修正した。


 クモミンは、実におとなしい。

 自分の立ち位置をきちっと守っていて、無駄なことは言わない主義らしい。

 まあ俺の部屋で暇な時は、結構なおしゃべり好きになるんだがw


「私、早くお風呂に入りたいんだけど」


 沙織は自分の気持に正直だ。

 俺だって風呂にはすぐにでも入りたかったが、空気を読んでそんな我儘わがままは言えなかったのだ。


「あ、私も」


 空気の読めるしのぶがそう言ってくれたので、俺も追随することにした。

「俺も」


 すると、フライはまた足をスリスリしながら、何とも素敵な提案を示した。

「じゃあ、そうだな、一旦いったん、月の裏側の我々の前進基地に招待しようか」


「ええ、そりゃすっげえ」

 ご褒美ほうびだ!

 人類で誰一人も経験したことのない、ムーンライフだ。


「月から青い地球を見てみたいわね」

 沙織も感激した様子で、夢を語った。


「姉さん、月の裏側だから、地球は見えませんよ」

 あくまで、しのぶは冷静だった。

 もっと年相応にはしゃいで見せても良いのにな。


「なあんだ、つまらない。

 でも宇宙は見れるのよね」

 沙織はまだワクワクしているようだ。


「綺麗な天の川を見てみたい」

 しのぶも乙女のように同調した。

 あ、いや間違いなく乙女だった。


「悪いが、この時間の基地は日没前で、屋根を閉じているかも知れんな。

 何しろ日中は熱いからな。

 仮に屋根を少し開けたとしても、月面の照り返しがまぶしくて、星は見づらいと思うぞ。

 天文台まで行けばよく見える筈だが、そこへ行くには手続きが必要だ」

 フライがそう水を差した。


 ちなみに10月31日の月齢げつれい半月はんげつだそうだ。

 とすれば、月の裏側も半月だから、基地の位置によっては、昼と夜の両方の可能性があるだろう。

 月には大気が無いから、日没直前でも、日が当たってる所はかなりの高音になってるはずだ。


「なあんだ、つまらない。

 でもお風呂には入れるのよね」

 沙織の気分の切り替えは早い。


「ああ、日本のスーパー銭湯を模倣もほうした施設があるからな、せいぜい楽しんでくれ」

 フライの言い方で、基地自慢の設備らしいことが伺える。

 ジェットバスも、打たせ湯も、露天風呂や低温サウナもあるかも知れない。


「それ良いね、もしかして混浴」

 俺は調子に乗って、妄想と欲望を口に出してしまった。


「それは、お前たちで決めろ」

 フライは冷たく俺を突き放した。


「じゃあ混浴で!」

 なんで、こんなことを口走ってしまうのだろう。

 俺は沙織としのぶに軽蔑の目を向けられた。


「「ダメに決まってるでしょ!」」


「そうだよね」

 俺はうなだれた。



 ともあれ俺達は、モスクワ近郊の森から、空間転移装置で、エターナルの月の基地へと一瞬で転移した。

 ああ、こんな装置が地球にあれば、宇宙旅行が身近になるんだが。


 エターナルの人たちの面会申込みが幾つかあったらしいが、フライが気を利かして全て断ってくれた。

 基地の屋根は太陽光を遮るために閉じられていたが、俺達は月のスーパー銭湯で、約1時間ほど羽を伸ばしたのだった。



 フライの話によると、俺達の身代わりアンドロイドは、どうにかこうにか、留守番役を果たしてくれているようだ。

 それぞれの両親から、様子が少し変だと、多少の疑いは持たれているらしいが、思春期の少年少女には、そんなことはままあることだし、明日から本物の俺達がカバーすれば良いだけの話だ。

 また学校でも、やはり妙な疑いを持たれているらしいが、入れ替わりはバレてはいないとのこと。

 明日の学校が少し怖いが、今は帰ってこれた喜びの方が勝っている。


 その晩、真夜中12時きっかりに、俺達は自分の部屋に直送され、身代わりアンドロイドと入れ替わったのである。

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