第141話 地球への帰還2

 間髪かんぱつを入れずに、懐かしい女児声じょじごえが返って来た。

『ああ、コウタさん、お帰りなさい。

 今すぐそちらへ、空間転移装置を持ってお迎えに上がります』


『ああ、頼む』

 俺は、疲れを感じてきて、素っ気ない言葉を発した。


『三人、全員ご無事のようで、お疲れ様でした』

 無駄口を叩かない。

 クモミンは空気の読めるできた奴だ。

 これで通信終了。


「すぐ迎えに来るってさ。

 空間転移装置持ってくるらしいから、すぐ日本に帰れると思う」


 俺の言葉に、沙織もしのぶもほっとした表情を見せた。


「安心したら、どっと疲れてきたわ。

 今ね、スーツに聞いてみたら、日本時間で10月31日の月曜日、午後10時1分だって」

 沙織の言葉に俺は愕然がくぜんとした。


 俺がさっき必死に過去の事を思い出しながら、計算したのに、スーツの時計機能を呼び出せば良かったのか。

 こういうのは、「灯台下暗とうだいもとくらし」と言うんだっけか、それとも「下手へたの考え休むに似たり」か、あるいは「骨折り損のくたびれ儲け」の方が近いか、とにかく俺もどっと疲れた。


「ほんと、疲れましたね」と、しのぶ。

「ほんと、疲れました」俺は、しのぶの言ったことをそのまま復唱した。


 俺達は、スーツを椅子型に固定してもらい、その場で休むことにした。

 初めて椅子型に固定した姿をお互いに見合った時は、あれほどおかしかったのに、今は何一つおかしいと感じなかった。

 それほど疲れているということかも知れない。


 五分もしない内に、目の前の空間に白っぽい縦長楕円形たてながだえんけいの穴が広がった。

 その穴が閉じると、大型iPad二つと、それをセットするスタンドが現れた。


 俺は、スタンドにiPadを立てた。


 もう一つは、沙織かしのぶがやってくれるものだと思っていたが、二人とも、椅子型のままぐったりしてる。

 しょうがないから、もう一つも俺がセットして、四次元ポケットからユンケルを3本取り出した。


「ほら、沙織、これ飲んでおけ。

 元気になるから」


「うん」

 沙織はさもだるそうに、短い返事をした。


「しのぶも、これ飲んで」

 ユンケルをしのぶの目の前に突き出した。


「ええ、これじゃなくて、チオビタの方が良いんですけど」

 しのぶが駄々をこねる。


「もう蓋を開けちゃったし、こっちの方が良く効くんだよ」

 俺は押し付けがましくそう言った。

 ただ、チオビタを取り出すのが面倒だっただけだが。


「わかりました〰」

 あのしっかりもののしのぶが、安心し切ってダルダル、ダレダレの状態だ。

 まあ、こんなしのぶも悪くないか。


 二人とも、何も無い中空に腰掛けた状態で、小さな瓶を口元にやる。

 沙織は美味しそうに、しのぶはまずそうにユンケルを飲み干した。

 俺は、この甘ったるい薬臭さは、好きでも嫌いでもない。

 ぶっちゃけチオビタの方が飲みやすいが。


 二つのiPadの一方が白く光りだして、ハエのアップ画像を映し出した。

 足をスリスリしている、懐かしいポーズだ。

 初めて見た時は、恐怖に震えたものだが、今はその姿を見るだけでほっと安心する。

 ディスプレイの上には、ちょこんと本体のハエが止まっている。


「コウタ、お帰り。

 異世界は楽しかったか」

 懐かしい男児の声だ。

 このこども声に油断してると、すぐ無茶振りしてくる相棒だから、気を抜くと大変なのだ。


「結構大変だったけど、地球に無事帰ってこれたからこそ、あそこも楽しかったと言えるかな」


「そうか、僅かの間にどこか頼もしくなったな」

 フライにめられた。


「色々大変な目にあったからね」

 俺は素直にそう返した。


 続いて隣のiPadも白く光った。

 ディスプレイに表示されたのは、ハエトリグモ。

 その上枠に本体が鎮座ちんざしている。


「ご主人、お疲れ様でした」

 こっちも懐かしい女児の声、とは言っても、さっき通信で話したばかりかw

 こいつは常に俺に優しいから、油断しても大丈夫だ。


「クモミン、お前のくれたブラックウィドウは、向こうですっげえ役に立ったぜ、ありがとうな」

 俺がそうお礼を言うと、クモミンはiPadの上でぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。

 ほんとに可愛いな。ずっとうちで飼ってやってもいいくらいだ。


「お役に立てて良かったでぇす」

 クモミンの返事に、俺はサムアップして見せた。


 いつの間にか、椅子型のモードを解除して、沙織としのぶが、俺の両側に立っていた。


「フライ、何で早く迎えに来てくれないのよ」

 沙織が早速、フライに文句を言う。


「すぐ来たじゃないか」と、フライ。


「ここじゃなくて、異世界によ」

 あれほど、異世界ライフを楽しんでいたのに、沙織はやはり心細かったのかな。


「ああ、迎えには行ったのだが、既に洞窟近辺では見つからなくてな」


 足をスリスリしてるし、男児声だし、なんとも誠意ある答えとは感じられなかったが、フライが好い加減な行動を取ったとは俺は思ってない。

 信用、信頼というものは、行動の積み重ねで生まれるものだ。

 フライは一度だって、信頼を裏切る行為はして来なかった、と俺は思っている。

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