第139話 転移魔法陣に関する逸話
古いものは錆ついていて、使い物にならないだろうと思っていたのだが、不思議なことに手入れは行き届いていた。
何でもメタルスライムが触れたものは、表面が何かでコーティングされていて、錆止めの効果を発揮しているらしい。
そのメタルスライムは、俺達が敵でないと知らされているせいか、ゆっくり鉄製の盾を体内に取り込んでいる最中だった。
こいつ、あの北のダンジョンで会ったヤツだろうか。
俺は出発前に頼まれて、リヤカー一台を4次元ポケットに収納してきた。
それをここで取り出した。
今回持ち帰ることができるのは、そのリヤカーに積載できる量ということになるが、おそらく、ここにあるものの十分の一にも足らないかも知れない
一方、金貨については、思ったほどの量は無かった。
全部で二十枚ちょっとだった。
何でも、金貨も銅や錫と同じく、メタルスライムの身体の維持と分裂に必要らしく、三十枚ほどを、メタルスライムが昨日消化してしまったらしいのだ。
その残りが二〇枚ちょっとだが、残っていて良かった。
俺達が献上して、タヌルが舌を使って新たに運び込んだ青銅の大盾を、メタルスライムの方に押しやってみると、嬉しさのあまりぴくぴくと震え出した。
これを取り込めば、こいつは分裂を始めるのかと思うと、その様子を見てみたい気持ちが湧いてきたが、今はその時ではない。
デーブとブッシュは、この戦果に満足したらしい。
金貨だけでも20枚なら400万円だ。
リヤカー一台分の武具がいくらになるかは分からないが、金貨と合わせて、一千万円近くになるかも知れない。
名工が作ったと思われる、武具の逸品がいくつか混ざっていたらしいのだ。
デーブとブッシュは代わる代わるリヤカーを引いて、魔物の森を降りることにしたらしいが、下まで送ってやろうというシンの好意に甘えることにしたそうだ。
これで、安全に持ち帰ることができると、デーブとブッシュは大喜びしていた。
俺達3人は、デーブとブッシュにお別れの挨拶をした。
帰り道は、テレパシーが通じない二人と、シンはどういうコミュニケーションを取るつもりなのだろう。
なんか気まずい旅路になりそうだと思ったら、おかしさがこみ上げてきた。
俺達と言えば、洞窟内を奥まで行ってから、タヌルが塞いでいる反対側を通って、入口まで戻ってみた。
これで最初のレーザー測定は終了だ。
特殊スーツの3D再現映像で、大洞窟内に分岐を見つけた。
その分岐点を探し、中に進んでみる。
遂に! その奥にうっすらと光る転移の魔法陣らしきものを見つけた。
これで目的達成だろう。
後は、三人で地球に帰るだけ。
俺達は、タヌルとシンにお礼をしに戻った。
『俺達は、元居た世界に戻れそうな、転移の魔法陣を見つけました』
『おお、それは良かったの』
シンが親身な感じで喜んでくれた。
『おお、見つけたか、やはりあるのだな』
そう言ったのは、タヌルだった。
最初から知っていたような、その言い草が気になった。
『ご存知だったんですか、タヌル様』
俺は、思わずそう訊いた。
『うむ、長らく忘れておったがの。
かなり昔にな、双子の冒険者がわしの前に現れおったのだ。
ワシを見てひどく
ワシの呼び掛けに答えられる人間を初めて見つけたのがあの時だ』
どうやら、シンやナミもそうだが、誰からも恐れられる神獣様は、寂しがり屋らしいw
ともあれ、双子の冒険者というワードに俺はピンときた。
それはしのぶも沙織も同じだったようで、俺に目で合図を送って、早く確認してという感じだった。
『それは55年前のことでしょうか』
俺はそう訊いてみた。
ワームの形態なので少し分かりにくいが、タヌルは少し考え込んでいる様子だった。
『それくらい前だったかの。
二人の内一人だけがワシのテレパシーを理解できたようだ。
うん、確かピーターとか言ってたな』
沙織が親指を立てている。
ビンゴだな。
『もう一人の、テレパシーが理解できなかった方の名前を覚えてらっしゃいますか』
もう確認の必要もないことだとは思ったが、確定情報を得たいと思って、そう質問してみた。
また分かりにくい感じで、タヌルは何かを思い出そうとしてる。
『プーチンだか、パーチンだか妙な名前だったな』
『パーチンですよ、きっと』
俺はそう言ってしまった。
『ふむ、それがどうかしたか』
それを聞かれると、話が長くなってしまうので、俺は返事を濁した。
『ああ、いえ』
『そうか、その一人がワシと会話できたので、特別に洞窟での暮らしを許してやったのだ』
驚いた!
まるで、シンたちに救われた、ジャック兄弟みたいじゃないか。
しのぶも、そんな表情を見せている。
『ここで暮らしていたことがあるんですか』
『まあ五日か六日くらいのことだったが。
それが突然二人して消えてしまったのだ』
ほほお、見つけたのか、あれをw
『なるほど不思議なことがありましたね』
『そいつらは、数日後、銅貨を大量に抱えてここに戻って来た。
ワシが銅と錫が欲しいと言っていたことを覚えていて、持ってきたのだ。
確かに銅貨には錫も含まれおるが、メタルスライムを増やすには、銅貨二百枚くらいでは足りぬでのう。
まあ折角の好意だから喜んで受け取っておいたが』
なかなかの社交家だw
やはり、タヌルも賢者なのだろう。
『一度帰ってきたんですか』
『うむ、その時にな、消えてしまった理由を訊ねたら、この洞窟の中に分岐穴があって、その奥に魔法陣があったので二人して乗ってみたら、異世界に転移してしまったそうだ』
沙織としのぶが顔を見合わせて、笑っている。
おもしろいパーチンのエピソードだが、人に話しても全く信じてもらえない所が残念だ。
『へえ、それはまた興味深いお話ですね』とだけ、俺は言った。
シンが意外と、この話に興味を持って、じっと聞き入っている。
後で、ナミに土産話にするつもりなのかも知れないな。
『何故すぐ戻ってこなかったと問い詰めたところ、一方通行になっていて、ここに戻る転移口を見つけるのに時間が掛かったと言う。
見慣れぬ銅貨は異世界で調達したそうだ』
シンが大きく頷いていた。
大きな尻尾が、意思とは関係なしにぶるんぶるんと揺れている。
神獣様でも、転移の話は珍しくておもしろいらしい。
北のダンジョンの転移魔法陣のことは、賢者の耳に入っているだろうが、この大洞窟にもそんなものがあろうとは。
それも異世界への転移とは、と。
それに、分岐口の大きさによっては、タヌルには無理でも、自分ならどうにか入って行けるのでないか、と考えているのかも知れない。
まあもう少し痩せないと無理だと思うがw
それにしてもだ、当時15歳の若者が言葉の通じない異世界に投げ出され、銅貨を調達して、一方通行のもう一つの転移口を見つけて帰ってくるとは、パーチン兄弟のバイタリティあふれる行動力と幸運は、やはり一国の大統領になるだけの資質を持っていたということだろうか。
悪運の強すぎる奴だ。
『ほお、そんなことがありましたか』
俺はシンの様子をおもしろがって、パーチンのことなどを考えていたが、タヌルの話に対しては単純な相槌を打った。
とは言え、タヌルも俺の反応よりも、シンの反応を見ながら、楽しんで話を詳しく語っているのかも知れない。
『その後、何度かここを行き来していたが、ある日を境に戻らなくなった。
恐らく無断で金貨を持ち出したことをワシに
『なるほど』
『五日ほど前にな、老人がたった一人で、この大洞窟を恐る恐るといった感じで入って来た。
もしやテレパシーが理解できるかと期待して呼び掛けたのだが、一切聞こえなかったようだ。
不思議なことに、そいつは外に戻った様子もないのに、この洞窟内で気配を消しよった。
ワシは現物は見たことがないが、あのピーターが言っていた、魔法陣のことを思い出したのだ』
シンも聞き入っていたが、沙織としのぶがそれ以上に、このエピソードに食いついているのが分かった。
何しろ、パーチンを追って、見失って、大洞窟の近くの小洞窟から飛び出したら、いきなりマイクと小翼竜に襲われてしまったのだ。
パーチンは、ほんの少し前に、同じ小洞窟から這い出て、すぐさま大洞窟へと入りこみ、分岐口の先にある魔法陣を使って、するりと地球に帰還していたということになる。
『なるほど、なるほど』
俺はさっきまでの相づちよりも、ずっと力の入った相槌を打っていた。
『こんな話が、それほどおもしろいか』
そうタヌルが言ったが、実におもしろいし、シンもまだまだ聞き入っている。
聴衆の反応にタヌルは気をよくしているようだ。
少しばかり分かりにくいが、タヌルも間違いなくこの場を楽しんでいる。
話が長くなるので、これまで避けていたが、抑え切れず、俺は興味を持った理由を話してしまった。
『実は、その双子の内の一人、パーチンというヤツが、私達の元居た世界で、残虐な侵略戦争を始めたんです』
今度はシンが目を見開いた。
その尻尾はもう、大掃除のはたきのように、振りまくられている。
ちぎれないだろうなw
『異世界で権力を得たのか、あいつらが』
タヌルはそう感想を漏らした。
『そうなんです、恐らく同一人物です』
『面白そうな話だが、それを聞いてる時間が惜しそうだな。
そちらの
まあ、またここへ戻ることがあったなら、奴らの話を聞かせてもらいたいが、近々戻って来る予定はあるか』
タヌルの問いに俺はこう答えるしかなかった。
『残念ですが、今の所はありません』
あからさまに、シンが落胆している。
最後まで聞けない
『そうか、では達者でな。
いつ戻って来ても、おぬしら三人は歓迎しよう』
タヌルが、別れの言葉を贈ってくれた。
『ワシも歓迎するから、きっと戻っておいで』
シンも同じく、名残惜しそうに別れの挨拶をくれたが、本当に名残惜しいのは話の続きかも知れないw
『ありがとうございます』と、俺。
『ありがとうございました』と、しのぶ。
『ありがとうね、シン、タヌル』
沙織はぞんざいな言い方だったが、一番心が籠もっていたかも知れない。
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