第126話 ウルデスとの対話4

 目前に横たわる巨大なオオカミは、伏せの姿勢をとっているにも関わらず、高さが1.5mほどあるようだ。

 その巨体は、呼吸の度に、肩から背中に掛けて十数センチも上下している。

 こいつが立ち上がれば、体高は優に2.5Mを超え、そのまま頭を上げれば、頂点は3Mにもなるんじゃないか。

 競走馬のサラブレッドが、肩までの体高170cmで、体重が450から500kgあるらしいから、こいつは体重2t近くあるかもしれない。

 そいつが巨大な口を開ければ、大きな牙と歯がずらりと並び、その鋭い目でにらまれれば、身動き一つできないだろう、俺はそれほどの恐れを感じた。

 足元を見れば、巨大な爪が地面に食い込んでいる。

 この爪で引き裂かれて、キャシーはよく助かったな。


 俺たちの少し斜め前に立つ、不可視ふかしの沙織は、ライトセーバーまで不可視の状態にして、構えている。

 その刃渡りは長めの1mほどに調整しており、俺みたいに気圧けおされた様子はない。

 大した胆力だ。

 やはりこいつはエリスみたいなヤツで、異世界の方が、よっぽどふさわしいのかも知れない。

 言ってなかったかも知れないが、スーツを通せば、不可視状態のスーツを着た者もはっきりと見ることができ、それは、こちらが不可視モードを解いた状態でも同じだ。


「シン、お前をシンと呼んでいいか」

 俺がそう言うと、しのぶが通訳するようにテレパシーを使って、ウルデスに俺の言葉を伝える様子を見せた。

 ウルデスが、伏せたまま頷いている。

「うむ、そう呼んでくれ。お前がコウタか、と言ってます。

 こっちが言うことは、テレパシーで伝えなくてもわかるそうです」


 俺は、先程この国の言葉で呼び掛けたが、

隣のしのぶには直接日本語で話し掛けた。

「そうなのか、ひょっとしたら日本語でも分かるかな」


 俺の言葉が終わった途端、しのぶが側頭部に手を当てた。

 シンから、テレパシーで何か話し掛けられたのかも知れない。


「今、使った言葉はどこの言葉だと言ってます。

 外国語は理解できないようです」


「そうか、それは残念だな」


 まあ実は、俺は少しも残念とは思っていない。

 テレパシーが直接理解できないことに対する、何と言うか、引け目というか劣等感というか、そんなものを、しのぶとシンに感じていたので、シンが理解できない言葉を使うことに、どこかしら優越感を持つことができて嬉しかったのだ。


「コウタさん、前に言ったかも知れませんが、

テレパス同士だと、言語が違っていても大まかなコミュニケーションはできますよ。

 難しい内容は一々説明をイメージで伝える必要がありますけど」

 どういう訳か、しのぶはそんな説明をしてくれた。


「そうなんだ、それは今初めて聞いたと思うけど」


 何となく、テレパス同士の、イメージ交換によるコミュニケーションの仕組みの一端いったんが理解できたような気がした。


「あ、シンが、目の前で自分の理解できない外国語で長々と会話されるのは不愉快だ、と言ってます」


 何となく嬉しい気分だ。

 この神獣しんじゅうみたいなヤツに、気後きおくれしなくても済むような気がした。


「しょうがない、しのぶともスーツを介して、この国の言葉を使うか」


「そうですね」

 笑いながら、しのぶはそう答えた。

 しのぶも、シンに対して優越感を覚えたのだろうか。


「シンさん、ここからは、この国の言葉を使って、コウタともやりとりします。

 信頼関係が失われた時は、そのサービスを予告なしに停止しますよ」


 ふふん、やっぱり優越感だな。

 逆に、シンが劣等感を覚えたように見える。


「分かった、好きにしろ。

 それでコウタよ、ワシの連れ合いを自由にしてもらう条件について話し合いたいのだが」


 ここからは、一々しのぶに仲介してもらう段階は面倒なので省略するが、俺とシンの間で直接の会話が成立している訳ではないことを承知しておいてくれ。

 一応、区別するために二重カギカッコを使っておく。


『そうだな、最終決定は仲間全員と話し合わなければできないが、条件が折り合えば、俺から仲間を説得しよう』


 あくまで主導権がこちらにあることを、シンに示しておくw


『そうか、頼む』

 シンは思惑通り、下手したでに出ている。


『シン、そちらには人質交換の提案があるのか』

 さっきしのぶから聞いたことを、明確にしておきたい。


『そうだな、お前たちの知り合いかどうかは分からんが、他の魔物に襲われて危ない所を救ってやったヒトが二人おる』


『その人たちはハンターだとか』

 確か、二人のハンターとか言っていたようだが。


『そうだな、この森に入ってくるのは、ハンター以外にはおらんだろうし、彼らが持っていた武器もハンターがよく使うものだ』


 なるほど、言われてみればその通りか。


『何故、そいつらの命を助けたんだ』


 魔物は、ヒトを見るとすぐ襲ってくる。

 俺は少ない経験だが、そう理解していた。

 俺たちが逆に魔物を助けたことが、一度だけあったな。

 あれは、コボルトの王だったっけ。


『ワシらは、元々もともと人は殺さん。

 だが戦いは好きなのだ』


 うん? シンの言ってることが、俺にはすぐ理解できなかった。

 何か、今、武芸者みたいなことをほざきやがったか、こいつ。

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