第125話 ウルデスとの対話3

(うまいぞ、しのぶ)


『そうか、コウタは、かなりきついことを言う。

 話せば分かる奴なら良いのだが』


(スーツの翻訳だが、何となく、シンが落ち着きのある理知的なヤツだということが伝わってくるな)


『コウタも同じようなことを言ってました。

 話の分かる奴なら交渉すると。

 交渉の為に、シンとコウタの距離が縮まっても、決して攻撃するなと。

 攻撃すれば、ナミの命は保証しないとね』


(うまいぞ)


『なるほど、知的対話のできそうな相手で助かったわい。

 交渉の際は、見えない状態を解除してくれないか』


『それは大丈夫』

 しのぶの判断で、そう応じてくれた。

 俺もそのつもりだ。


『それは助かるな。

 では、ワシは堂々と姿を見せ、敵意が無い証拠に完全に伏せの姿勢を取ろう。

 望むなら、横向きで伏せをしてもいいぞ。

 それから、ゆっくりとワシのそばまで来てくれ』


『分かったわ、コウタと私の二人でそちらへ行くけど、用心のため、もう一人は姿が見えない状態で私達をガードするから。

 その人は剣の達人ジェダイよ』


(うまい、うますぎるな、しのぶの交渉術)


『ジェダイが何者か知らんか、Sクラスハンターのように強いという理解で良いか』


(理知的な奴だ、賢者か、賢者なのかシンは)


『それで良いわ』


『今から、前に出て伏せのポーズを取るが、霧を晴らしてもらわんと、お前たちの顔を見れないのだが』


『そうね、霧は晴らすわ。

 ちょっと待ってね、今コウタに話し合いの結果を通信するから』


 俺としのぶの考えは波長がぴたりと合っている。

 このコンビネーションなら、交渉もきっとうまくいくだろう。

 俺はそう思った。


「コウタさん、シンは木陰から身体を現し、攻撃の意思がないことを示すために、伏せのポーズを取るそうです。

 霧をすぐ晴らせて欲しいとも言ってます」


 どうやら、二人の会話を通信で理解できたと、さっき俺が言ったことは、しのぶには伝わってなかったらしい。

 それとも、何もかも分かっていて、俺に考えるための時間稼ぎをしてくれているのか。

 ともあれ、このまま話を進めようじゃないか。

 あくまでも慎重にな。


「話の分かるヤツで良かった。

 霧はすぐ晴らす」

 俺はしのぶにそう答えた。


「シンも、私達が話しの分かるやつで良かったと言ってました」


(そうだな、かなり利口な奴だ)


「お互いに同じ考えで、思考能力も同程度ありそうだな。

 ヤツの方が利口な可能性すらありそうだ」


「そうですね、頭脳対決楽しみにしてますよ」


「いや、そんなこと、俺に期待されても困るけどな」


「負けたら恥ずかしいですよ」


 どういうつもりか、しのぶが俺をあおってくる。

 沙織みたいに、シンとの対決を楽しみにしてるのか。

 俺は楽しんでなんかいられないけどな。

 ただ、血を流さずに停戦できるなら、それが一番だと思っているだけだ。


「ううむ、別に勝負するつもりじゃないけど、まあそこそこ頑張ってみる」


「じゃあ、霧については、よろしく」

 しのぶが、くすくす笑いをしながら、キャシーの元まで戻って来たロクシーにそう言った。

 バトンタッチするように、しのぶが俺に向かおうとしてすぐに歩みを止めた。


「霧を晴らして良いのね」

 そう答えたロクシーの声が、通信を通して小さく聞こえた。


 どうやらしのぶは、ここまでの経過をロクシーに、簡単な説明をしておこうと、その場に止まったようだ。

「ロクシーさん、あいつの名前はシン、拘束中のウルデスは、シンの配偶者でナミという名前を持っているそうです。

 シンは話の通じる相手だと、コウタさんも判断してます。

 これからコウタさんと私の二人で、顔を合わせて交渉するつもりです。

 だから、その前にこの霧を晴らしてほしいとのことです」


「霧を晴らすのは良いけど、そんなにあいつを信用して大丈夫なの」

 ロクシーの言い分も通信マイクが拾っているので、俺にも聞こえている。

 その疑い深さ、嫌いじゃないぜ。

 俺も同じタイプだからな。


「コウタさんと私は姿を見えるようにするけど、沙織姉さんには不可視のままガードについてもらうつもりです」


 しのぶがロクシーにそう答えると、沙織から通信が入った。


「聞こえていたわ。

 さっきの、しのぶとシンの会話もね。

 コウタとしのぶ、二人のガードは私に任せて」


 力強い響きだ。沙織になら、俺たちの背中を任せられる。

 背中ばかりじゃなく、前も横も任せられる。

 それでもここは、俺も格好をつけたい所だ。


「沙織は頼もしいな。

 でも、守るのはしのぶ優先で頼む。

 俺は危険を感じたら、すぐ不可視モードになって、ブラックウィドウで、ヤツを糸だるまにしてやるさ」


 俺の言葉にピンときたらしい。

 俺はさっき、沙織には確か、前方に居たヤツは動きを完封した、としか言わなかった筈だ。


「あっちのは、糸だるま状態にしたのね。 ああ、その無様な姿を早く見てみたいわ」

 沙織の声が弾んでいる。


「それは後でな。

 シンと話してみないと、どうなるかまだわからないからな」

 俺はそう答えた。


 ロクシーが杖を空に向かって突き上げた。続いて地面に杖を向ける。


 すると、空気が徐々に乾いてきて、地面が冷たくなって来た。

 そして、逆に気温は上がって来た。


 どういう仕組なのか考えてみる。

 先ず空気中の湿り気を取ることで、霧の元になった水分を減らしたのだろう。

 地面を冷やしたのは、湿った地表から蒸気が上がるのを防ぐためか。

 気温を上げたのは、単位体積当たりの水蒸気の許容量を増やすためだろうか。

 空気体積中の水分量が同じなら、気温が高い方が湿度が下がることになり、空気中の水の結晶が水蒸気に戻り、白い霧も減っていくことになるだろう。

 この原理を全て理解して操作しているなら、ロクシーはこの世界の科学者並の頭脳の持ち主かも知れない。

 ともあれ、あれほど濃かった霧が徐々に薄れ、既にもや程度になり、10M先のものがうっすらと見えだした。


 しのぶは既に俺と合流しており、横並びになって、伏せをしているシンに向かって歩き始めた。

 ロクシーは、霧が晴れるのを確認した後、キャシーに水を与えている。

 そして、親友二人は、俺たちの行方を後方から、不安そうに見ていた。


 不可視の沙織も、俺たちの移動に合わせ、1mほど先を、俺たちに対して斜め前方の位置をキープしながら、ゆっくりと進んでいた。


 そして、シンとの距離が5mに縮まった所で、俺としのぶは立ち止まった。

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