第117話 マイクへの誘い

 ミスリルの剣を、そばに寄って来て物珍ものめずらに触っているロクシーを見て、思い出したように、デーブは俺に注文する。

「ロクシーたちが作ったという、土製の槍を出してくれ。

 ヌシと戦う前に、どのくらいの威力になるか見ておきたい」


「とりあえず2本で良いですか」

 槍を使ってみたいのは、デーブとマイクだろうと見越して、俺はそう返した。


「そうだな、ブッシュは盾を両手に持つつもりらしいから、槍は持てないだろうしな」


 デーブとマイクはそれぞれ、手渡した槍を両手で持って、重心の位置を確認している。


「こいつは、、土魔法で作り出したとは思えねえ出来だな。

 硬そうだし、意外と軽い。

 叩きつけても大丈夫そうだが」

 両手で槍を曲げてみながら、マイクがそんなことを言った。


 デーブは、すぐ側の大きな木の、太い枝に槍を思い切り叩きつけた。

 バキ、と高い音がした。


「おう、すげえな、これ。

 この太い枝を叩き折ってもびくともしてないぜ」


 側で見ていたロクシーがあきれたように言う。

「ヌシには叩き攻撃は使わないで下さいね。

 多分折れるし、軽いから効かないですよ。

 まあ防御に使うならありですけどね。

 それによく見て下さい」


 折れた太い枝まで歩んで、ロクシーが指し示す所を見ると、何と半分腐り掛けていた。

 それを確認したデーブは、あからさまにがっかりしている。


 その一方で、マイクは前方の大木に土槍つちやりを投げつけた。

 ちょっと信じ難いスピードで槍が飛んで行って、太い幹の真ん中に突き刺さった。

 やはりこの世界のAクラスハンターってのは、オリンピックに出て来るアスリートに匹敵ひってきする身体能力を持っているようだ。


「おう、あの大木の裏側まで先端が突き抜けたんじゃねえか。

 あれ うまく抜けるかな」

 ロクシーも、キャシーも、マイクの投擲とうてきに唖然としている。

 相手が人なら、二人か三人重ねても串刺しの即死だろう。


「まっすぐ抜けば、どうにか抜けそうだな」


 もう少し高い所だったら、抜くのは無理だったかも知れないが、マイクが狙った高さは、1.8m付近だ。

 さっきキャシーたちが倒したオーガの心臓が、ほぼその位の高さだろう。

 マイクがロクシーの土槍を投擲すれば、オーガは一発で絶命したかも知れない。

 マイクはひらりと土槍に飛びついて、そのまま幹に両足を踏ん張って、背中を反らせた。

 ミシミシと音を立てながら、槍が抜け始め、手の位置を修正して、同じ体勢で再度繰り返すと、見事に槍は抜け、マイクは槍と共にバク転して地上に降り立った。

 やり投げの選手が、体操競技までこなして見せたかのようだ。

 俺は思わず拍手した。


 マイクは抜いた槍を、打突箇所と中央部をさすりながら、状態を確認している。


「おう、どうにか抜けたぜ。

 問題ねえ、こいつはまだまだ使えそうだ。

 こいつはすげえ代物だ。

 軍部相手でも高く売れるかもな」


 マイクは抜いた土槍を愛しそうに、上に掲げながら、そんなことを言った。

 ロクシーの目がきらりんと輝いた気がした。


「え、そう?

 じゃあ、帰ったらその商売も考えてみようかな」


「でも、そこまで硬く作るのは、ロクシーだけだとかなり大変じゃないの」

 キャシーが牽制けんせいした。

 ロクシーが新商売に手を出すことには、絶対に反対だろう。

 キャシーは、ロクシーと冒険者をやりたいのだから。


「作り続ければ、だんだん楽にできるようになると思うわ」

 ロクシーは、キャシーを見ながら、からかう口調で答えた。


「戻ったら、武器屋ロクシー商会を、一緒に立ち上げるか」

 そう言ったマイクを、キャシーはきつくにらみつけた。


「何怒ってんだよ、キャシー」


「ロクシーは私とパーティを組むんです。

 できればマイクさんも」


「俺をパーティに誘ってるのか。

 ロクシーは承知してるのか」


 マイクはロクシーに目をやった。

 ロクシーは、黙って小さく2回頷いた。


「その場合、リーダーは誰がやるんだ」


 マイクはロクシーに近付いて、その目を覗き込む。

 ロクシーは一旦目を合わせたが、すぐ恥ずかしそうに目を逸らした。



 何だ? この二人、双方で気があるんじゃないのか。

 俺は二人の様子から、そんな感じを受けた。

 いつの間にか俺のかたわらに立っていた沙織が、俺に目配せをする。

「ほらね、私の見立て通りでしょ」

 沙織が、小さな声でそう言った。



「それはもちろん、マイクでしょ」

 下を見ながら、ロクシーがそう答えた。


「ほお、俺で良いのか」

 まるで告白を受けた男みたいに、マイクがロクシーに余裕たっぷりに返した。


 キャシーも二人の様子に何か勘付いたらしいが、その成り行きを見守っている。

 ロクシーは、キャシーに一旦目をやってから、マイクに向き直る。


「リーダーに対して、意見は言わせてもらうわよ。

 計画を立てる時は、三人の合議制になるけど、それでもいいかしら」


 そう言いながら、ロクシーはマイクの手から、自分が作った土槍を取り上げようとする。

 マイクはすぐには返さず、数秒らしてから槍を渡した。


「ああ、良いとも。

 だがよ、パーティの他に、武器屋も経営しようぜ。

 ロクシー商会の代表はもちろん、ロクシーで、ハンターパーティのリーダーは俺。

 キャシーとロクシーは、パーティのサブリーダー、キャシーと俺が、商会の副代表ってことでどうだい」


 おお、さすが、商人としての才覚も持ち合わせているマイクは抜け目がない。


「武器屋とパーティを兼業するのって、決まりなの。

 それに、武器屋でもパーティでも、私が実質一番下ってことだよね」

 文句はつけているが、キャシーは念願のパーティを、Aクラスハンターを組み込んで、3人でできることに満足しているようだ。


「年も経験も一番下だぜ、キャシーが」

 マイクがキャシーの肩を軽く叩く。


 ロクシーはキャシーに土槍を押し付けながら、似たようなことを言う。

「そうよね、キャシーが」


「はい、はい、分かりました」

 キャシーがおどけてそう答えた。


「あんたもこの槍投げてみなよ」

 ロクシーが言った。


「私にもうまくできるかな」と、キャシー


「キャシーの身体能力だって、マイクに負けてないよ」


「そうかな」


 その気になったキャシーは、槍を数回右手で持ち替えながら、10m先の木に投げつけた。

 槍はかなりの速度で飛んで行く。

 目標は、マイクの木よりは僅かに細かったが、同じ高さにきれいに突き刺さった。

 抜くのには少し手間取ったが、槍に損傷なく回収できた。

 獣人族の女性はやはり桁違けたちがいだ。

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