第113話 ブッシュの打ち明け話

 いつの間にか、しのぶも俺のすぐ後ろまで来ていた。

 何となく、話の重要性に勘付いたのかも知れない。


「ブッシュさんのお父さん、双子兄弟に恨みがあったんですって」

 沙織が俺に要点を教えてくれた。

 しのぶも聞き耳を立てている。

 

「どうしてですか」

 それに関して、俺はブッシュに尋ねた。


「俺の母親は10年前に死んだんだが、」


 沙織はこの前、年齢の齟齬そごにすぐ気付いたらしいが、俺はその辺を疑いもせずすっと受け入れてしまったのだ。

 ともあれ、今度ばかりは集中して聞くつもりだ。

 だから、確認しておく。

「それは親父さんじゃなくて」


「親父はまだ生きてるが、10年前に母さんが死んだのは本当だ」


「双子に対する恨みと、亡くなった母親には何か関係があるんですか」

 後ろを歩くしのぶにも明瞭になるように、何かを省くことなく質問も分かりやすくした。


「あの事件の少し前に、親父は母さんと付き合いだしたらしい。

 母さんはあの二人にレイプされたことがあると、母さんが死んでから、親父がそんなことをポツリと漏らした」


 身近な人のことだったら、かなり衝撃的な事実だ。

 あのパーチンは、十五になるかならない頃から、もう女性にまで暴力を振るう、救いようのない性悪しょうわるだったということだ。


「ということは、双子を川へ連れ出した人は、親父さんの指示だったということですか」

 齟齬そごの無いように質問は明瞭にした。


「そういうことだ。

 モンスターをあの場に追い込んだのも親父たちの作戦だった。

 パーティのメンバーは、親父以外も、双子に対する私怨しえんを持つ者ばかりで編成されていたらしい。

 仲間を一人死なせてしまったのは計算外だったらしいが」


 なるほど、この異世界にも、「オリエント急行殺人事件」に近いことが起こるんだなと、俺は場違いな感想を持った。

 父さんの本棚にあった、古い文庫本のタイトルが気になって、中学生の頃読んだ記憶がある。

 確か犯人は乗客全員だったのだ。

 俺は、当たりさわりのない言葉を返す。

「へえ、そんなことがあったんですか、、、」


 暫く口を開かなかった沙織が、ブッシュに問い掛けた。

「それで、どうしてそんなことを私に話してくれたんですか」


「お前さんが、親父の死んだ時期に関するウソで、信頼関係のことを持ち出しただろ」


 沙織は、ウソを言う人を信頼できないという意味で、自分がブッシュを追求したことを思い出したらしい。

「そ、そうね」


「おまえは俺の話にまだ納得してなかった。

 俺にはそう見えたが、ちがったか」


 確かに、あの時の沙織は、まだ納得していないようなことを口走っていた。


「そうね、リーダーの責任が果たせなかったから、あの説教話をする時は死んだことにしてくれ、という理由だけじゃ納得はできなかったわね」

 沙織も、俺と、後ろにいるしのぶを意識して、かなり明瞭な言い方をしているようだ。


「だから、本当のことを話してやったのさ」


 ここまで事実を語れば、さすがに沙織も納得しただろうが、俺はそこまでするブッシュの気持ちが分からなかった。

 俺たちの世界だったら、これは殺人計画の未遂みすい事件だ。

 事実上死んだことになってるから、未遂ではなく計画殺人が成立しているな。

 実の父に関する、重大な刑法犯罪まで、他人の俺たちに話す必要があるだろうか。


「そんなことを話したら、親父さんの立場が悪くなったりしないんですか」


「まあ古いことだし、あいつらは嫌われ者だったから、特に問題は無いんじゃないか。

 母さんはとうに死んだし、親父も寿命に近い年齢になって、俺に秘密を明かしたくなったのかもな」


 墓場まで持っていく秘密という言葉もあるが、その逆もあるのか、当事者ではない俺には、その辺の気持ちがよく分からなかった。

「そんなもんでしょうか」


 ここらで終わりにしても良い話のようだが、ブッシュにはまだ付け加えたい話があるようだ。


「所がよ、ついこの前、昔親父とパーティを組んでたっていう老人と、酒の席で話す機会があってな」


「はい」


「親父が母さんと結婚した時、既に俺が腹の中にいたと言うんだ」


 いや、ブッシュさんは確か50歳と言っていたが、あの事件は55年前じゃなかったっけ。

 だから計算には合わない筈だが。


「どういうことですか」


「え、それって、もしかしたら」

 沙織は、単純に疑いを持ったようだ。


「そうだな、母さんは双子にレイプされ、妊娠した。

 それを不憫ふびんに思って、親父がベタれしていた母さんと結婚して、自分の子として俺を育てたってことになるな」


「ちょっと待って下さい。

 ブッシュさんは確か50歳と言ってませんでしたか」


「ああ、ハンターとして若いつもりでいたいから、俺は5年前から50歳と言っている。

 それは、マイクもデーブも知ってることだぜ」


 年齢まで符号してしまった・・・とすると・・・やはりそうなのか。


「あなたは、パーチンかピーターの、どちらかの子ということですか」


「まあ、そういうことになるな。

 でも、親父はそのことは隠し通してくれたから、俺たちは実の親子ってことで良いのさ。

 俺も今更、そんなことは気にしてねえ」


 それが事実だとしたら、パーチンはとんでもない置き土産を異世界に残したってことになる。


「そうなのね、つらいわね」

 沙織がしんみりした口調で、ブッシュに言葉をかける。

 大人に対する社交性では、俺は沙織に遠くおよばないだろう。


「だから、そうでもねえって」

 そう返したブッシュだが、父の憎んだ悪人の子という重い真実は、老獪ろうかいな男にも受け止めきれない所がありそうに思えた。


 俺はそんな真実を打ち明けてくれたブッシュに、尊敬の念を込めて礼を言った。

「あ、ありがとうございました。

 真実を教えてくれて」


「ブッシュさん、あんた、良い人ね」

 沙織がそう言った。


 頭を掻き掻き、ブッシュは返す。

「何だよ、俺は最初から良い人だぜ」


「人の性格は血筋じゃなくて、環境で育つんだっていう話ですよ。

 ブッシュさんをそう育てたお父さんも良い人だったってことですよ」


 こんなことが気休めになるかどうかは分からないが、俺はブッシュの人柄をめたつもりでそう言ったのだ。


 その気持だけは伝わったようだ。

「ああ、双子は凶暴だったが、俺は温厚だからな」


「ブッシュさんが良い人で良かった」

 沙織がそう言った。


「だから、何だよ、それは、気持ち悪いな」

 沙織の変わりように、ブッシュは相当にてれているようだ。


「だから、良い人なのよ、ブッシュさんは」

 沙織のダメ押しだ。

 結構な大人たらしだなw


 俺はそれにのった。

「そうだな、ブッシュさんは良い人だ」


「二人して気持ち悪いぜ。

 もうこの話はしまいにしようぜ」

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