第110話 ヌシ対策会議その4

 そこで、新しい提案がマイクから出された。


「俺は、魔素酒まそざけってのを見つけて、用意してるぜ、まあ奴が酒を呑むかどうかまでは分からないが」


「何ですか、それ」

 ロクシーが食いついた。

 魔法使いというものは、どうしても魔素と言う言葉にかれてしまうものらしい。


「魔素酒ってのはな、魔石を漬け込んだ強い酒だ。

 こいつはな、居酒屋業界では秘密にされている酒だから、おい、皆、ここで聞いたことは絶対口外するなよ」

 マイクは、人差し指を口の前に立て、ぐるりと皆を見渡した。


「何だ、何だ、勿体もったいつけないで早く話せよ。

 皆、秘密は守るよな」

 新しい提案に期待を込めて、デーブが先を催促してからみんなを見回す。


 マイクとデーブに目を向けられた誰もが、同じように期待感を持ったようで、すぐに返事が返って来る。

「「おう」」「「「はい」」と。


 俺たちは、一番奥のテーブルを占拠しており、周辺の人払いはとっくに済んでいるが、マイクは声を一段と小さくする。


「魔素酒は、健康には特に害がないらしいが、これを呑むと、翌日も無性に酒を飲まずにいられなくなってくる。

 ま、一過性の禁断症状が現れるってことだな」


「ほお」「ふむ」「なるほど」「へえ」


「居酒屋の一部では、客の入を良くするために、こいつを定期的に酒に混ぜるんだ。

 そうすると、そこから一、二週間は、習慣性がついて、リピーターの増加が見込まれるって寸法だ。

 味も良くなるし、酔も強くなるが、翌日はすっきりと酒が抜けるから、また飲みたくなるってのもあるらしい」


 客に黙ってそんなものを混ぜるとは、確かに露見するとまずい秘密だ。


「なるほど、それで業界の秘密になっているんですね。

 言われてみると、私も知らない内に魔素酒を盛られたことがあるかも」と、ロクシー。


「ああ、確かに酒浸さけびたりの日々があったよね、ロクシーは。

 あれは大変だったなあ。

 アル中になったのかと心配したよ」

 キャシーにはロクシーに関する、悪い思い出があるようだ。


 その反応に満足したようで、マイクは得意げに話す。

「魔素を好むヌシなら呑んでくれそうじゃないか。

 大量に飲ませれば酔いつぶせるってことよ」


「その酒をそんなに大量に用意できたんですか」

 しのぶが、ジト目で訊く。

 俺も、そんな秘酒ひしゅを大量に入手するのは、かなり困難じゃないかと疑っている。


「酒蔵へ行って、頼み込んで、どうにか4斗樽よんとだるを二つ用意した」

 マイクは良い仕事をしただろうと、自画自賛の話しっぷりだ。

(後の道中で聞いた話では、マイクはそれを酒屋に高く転売して儲けるつもりだったらしい。流石に商魂逞しいw)


「それってどのくらいの量なのよ」

 4斗樽なんて言われても、沙織には分かる筈がない。

 俺だって、鏡割りの樽を検索した時に知ったくらいだ。

 だから沙織に分かりやすい単位で答える。

「約72Lだな」と。


「一升瓶で40本だよ」

 デーブがもっと分かりやすく説明してくれた。


「しかし、森の奥まで、そんな重いもの持って行くのは大変よね」と、ロクシー。


「そうだな、バカ力のブッシュさんに運んでもらうか、コウタの4次元ポケットで運ぶかすりゃ大丈夫だろ」

 マイクは軽くそんなことを言うが、確かに4次元ポケットなら重さを気にする必要がないな。


「それって、マジックバッグとかマジックボックスとか言われる、莫大な容量を持つ魔道具かよ。

 おいおい、そんなものまで持ってるのか」

 デーブは目をまん丸くして、俺を見る。


「はい、その通り、魔道具の一種ということで」

 魔道具にそんなものがあるなら、説明が楽で助かる。


「じゃあ、魔素酒を飲ます作戦を、プランBということにしましょうよ」と、しのぶ。


「なんだね、それは」

 ブッシュが聞き慣れない言葉に、首を傾げている。

 

「作戦を幾つか用意しておいて、最初の作戦をプランA、それがダメならプランBという呼び方をするんですよ」

 俺がそう説明した。


「なるほどな」

 ブッシュはそれで納得したらしい。


「それはヤシオリ作戦と名付けましょう」


 お、しのぶはエヴァも観てるらしいな。

 当然ながら、また知らない言葉が出て来て、誰もが首を捻っている。

 沙織もその一人だった。

 まあ、エヴァは観てないかw


「なんだそりゃ」と、デーブ。


「私達の国に古く伝わる、ヤマタノオロチという怪物に強い酒を飲ませて、眠っている内にやっつける作戦です」

 俺がそう言うと、デーブもブッシュも、マイクも納得したようだ。


 先にプランBが決まってしまった。

 もちろんプランAも決めたが、詳細は省く。

 最後のプランCが、武力による対決だ。


 俺にはヤシオリ作戦は、微妙な気がしたが、あえて意見はしなかった。

 仮にヌシの体重を、ヒト70kgの400倍(28t)程度と仮定すると、144L(72Lx2)の酒を400で割ると、360CCになる。

 ウイスキー瓶とか、ワインボトルの半分位だから、お酒に弱い人なら確実に潰れるだろうが、お酒に強い人だと割りと平気かも知れないし、ヌシの体重が仮定の2、3倍あるかも知れないのだから、確実性に著しく欠ける効力だ。

 この作戦を使う時は、麻酔薬を混ぜてみるか。


 ヌシ対策会議は、そこから飲食を交え、少ししてからお開きになった。


 ロクシーはしのぶを連れて、土魔法と回復魔法の練習をしに出て行った。

 ロクシーが得意とするストーンバレット攻撃の短期習得と、鋭く硬い槍を幾つか作成することが大きな目的だ。

 また回復魔法については、簡単な治療なら、ナノマシーンより治癒魔法の方が使いやすいだろうとの判断で習得を目指すのだ。


 一方デーブは、先日ヌシに取り上げられた武具の代わりを求めて、武具店に行くらしい。

 鉄製の武器が役に立たないなら、青銅製のものでも探しに行くのか。

 あるいは、マイクのような鉄素材以外の魔道具を探すつもりなのか。


 ブッシュはポーションを求めに薬店へ向かった。

 ハイポーションはお高いと思うが。


 マイクの行き先は分からないが、Aクラスハンターは各々の判断で、戦闘準備を整えに向かったのだ。


 俺と、沙織、キャシーは大洞窟へ潜り込むための研究を三人で行うことにした。

 後で、しのぶとも情報共有しよう。


 これである程度の準備はしたつもりだが、現場では想定外のことが幾つもあるだろう。

 俺の心配は尽きなかったが、後はなるようにしかならないと開き直るしかなかった。



 ロクシーは、しのぶとの練習後、家に帰ったらしい。

 しのぶは、ロクシーと共同製作した、硬い土槍を4次元ポケットに収納して持ち帰った。

 治癒魔法もすぐに修得できたそうだ。

 飲み込みが良いと、ロクシーに褒められて嬉しかったとのこと。

 ロクシー師匠のストーンバレットの実演を見せられたらしい。

 あれはやばかったと、しのぶは感想をもらした。

 ロクシーほどにはできなかったが、それも自分でやってみたらしい。


 明日、しのぶがストーンバレッジを使うシーンも見られるのだろうか、いや、それは最期のプランCになった場合だけだろう。

 その状況はできるだけ避けたい。


 土槍を、その場で作成して、魔法で投げつけるまでの一連の技、アースランサーの練習までしたらしい。

 何だか、避けたい戦いの方に流れが傾きかけているように感じる。

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