第104話 出発を告げる

 日本をったのが、10月26日水曜日の午後6時半近くだった。

 今日は地球時間換算で、日本の10月30日の日曜日だ。


 明日10月31日の月曜日に異世界を去ることになれば、この世界の滞在時間はたった5日間だが、これまでにないほど濃密な時間を過ごしたと思う。

 様々な新しい経験を、俺も、沙織も、しのぶも、たくさん積んで、俺たちは精神的にかなり成長したと思う。

 精神的には、もうおそらく大人だと言っても言い過ぎではないだろう。

 そう言えば、ラシアへ向かう前に、フライが俺やしのぶに対してそんなことを言っていたような気がする。



 Bクラス昇格手続きが終わって、そのことをロクシーに報告して、将来のパーティ再結成を約束して、上気したキャシーがポパイ亭に戻って来た。


 明日早朝の出発を告げ、宿屋の精算は先に済ませておいた。

 キャシーとも、先程の作戦の共有を行った。

 夕方、俺たち4人は冒険者ギルドへ向かった。



 ギルドの奥に併設された軽食兼居酒屋スペースの、奥の方のテーブルにブッシュとデーブの姿があった。

 俺たちはまっすぐそこへ向かって歩いて行く。


「おう、お前ら全員揃って、いよいよ明日出発するのか」


 挨拶もそこそこに、いきなりデーブにそう言われた。

 隣のブッシュにも

「そうみたいだな」と言われた。


 俺たちには、そんな気配が漂っているらしい。


「え、分かるんですか」

 俺は、デーブとブッシュに視線をやりながら、そう訊いた。


「引き締まった良い顔つきだ。

 これから決戦に向かう戦士の顔だ」


 言われて悪い気がしない言葉だ。

 俺たちは成長したしな。


「ブッシュさん、私もそう見えますか」

 キャシーはBクラス昇格推薦人のブッシュにそう訊いてみた。


「キャシーよ、お前とはさっき会ったばかりじゃねえか。

 そんなに短時間で顔つきが変わる筈もねえが、、、

 いや、よく見るとさっきのニヤケ顔とは全く違うな。

 うむ、確かにいっぱしの戦士の顔になってるぜ。

 ということは、お前さんも明日パーティを組むつもりかよ。

 折角Bクラスに上がったばかりなのに、命知らずだな」


 むさい力持ちだが、今や好々爺こうこうや風のブッシュは、キャシーを二度見して、そんなことを言ってから、どうする、という感じでデーブに目をやる。


 横にも縦にも大きなデーブが、キャシーを値踏みするように、顔つき、筋肉、装備などを観察している。


「デーブさん、私、B級になったんです。

 明日の冒険には私も加えて下さい。

 帰りは二人パーティでよろしくお願いします」

 キャシーは、デーブに目を合わせ、隙のない所を見せながら、そう言った。


 デーブの目に叶ったらしい。

 デーブが、良いんだよなという感じで俺を見るので、大きく頷いた。


「ふん、大穴で無事に仕事が終わったら、帰りは臨時パーティを二人で組むか。

 よろしくな」


「よろしくお願いします」

 キャシーはブッシュ以外のA級冒険者からも、自分が認められた気がしたのか、目を逸らすことなく頭を下げた。


 その様子をじっと見ていたブッシュが、腰を上げ俺を見る。


「俺も参加して良いか」


 Aクラスハンターなのに、BかCの案件しか引き受けない、半分引退したようなベテランハンターが、何故いまさら、危険なミッションに参加しようというのか。

 俺は真意が分からず、肯定も否定もできないでいた。

 驚いたのは俺だけじゃなかった。

 デーブが目を丸くしている。


「おいおい、ブッシュさんよ、そら本気かよ」


「おう、デーブに宝物を独り占めさせる訳にはいかないからな、俺もお宝の分前に預かって、帰って来たら引退だ」


「おいおい、そんな死亡フラグ立てんなよ、ベテランの癖に何言ってるんだ」


 デーブがブッシュの肩を叩くと、ブッシュがデーブの腹をポンポンとやってから、言い直す。


「おう、そうだな、帰っても引退はせん」


「わかりやすいな。

 で、どうする、リーダー」

 デーブが俺に話しかける。


「リーダーって俺のことですか」


「そうだろ、俺はサポートだしな。

 で、どうするんだ、ブッシュさんをパーティに入れるのか」


「Aクラスのハンターがもう一人加わってくれれば、心強いです」


 俺がそう答えた途端、それまで大人しくしていた沙織の一声が響いた。


「その前に、ブッシュさんに訊いておきたいことがあるわ」


 何だろう、わりと厳しい目つきだ。

 沙織とブッシュの間に因縁など無い筈だが・・・


「何だね」

 今や好々爺と化した老獪ろうかいなブッシュは穏やかに応じた。

 しのぶとキャシーがヒヤヒヤした感じでことの成り行きを見守っている。


「ブッシュさんは、一昨日ここで私達にいわゆる説教話を聞かせてくれたわ。

 その時、お父さんが10年前に死んだと言ったわね」


「ああ、言ったな」


「3日前に、マイクさんとここに来た時は、親父は今も元気そのものよって言ってたわ。

 パーティを組む以上、お互いの信頼関係が大事なの。

 ウソをついた理由を説明してもらえる」


 沙織のいう通りだ、俺はその齟齬そごに気づかなかった。


 デーブが笑って、ブッシュの肩をポンポンと叩く。

 どうやら、デーブは理由を知っているらしい。

 ブッシュは頭を掻いている。


「あれはだな、ふむ、親父の指示に従ってるのさ。

 親父は確かに元気で生きてるが、あの説教話をする時は、もう死んだってことにしてくれって言われててな」


 知り合いが聞いている中で、説明をするのは照れ臭いらしい。

 ブッシュはしきりに頭を掻く。

 そんなことを気にする様子もなく、沙織は追求する。


「どうしてそんなことになってるの」


「親父にとっては新人を連れて、初の実地訓練に出た日に、行方不明にさせてしまったことが冒険者人生における汚点おてんなんだ。

 説教話を聞いた者の中に、親父の所へ事の真偽しんぎを確認に来たヤツがいてな、そんなことにならないようにしてくれってことなんだよ」


「そうなの、すっきりしないけど、まあいいわ」


 沙織が引き下がったので、改めて、俺からブッシュさんに参加を依頼した。


「じゃあ、これで本決まりだな」と、デーブ。


「よろしく、頼む、コウタ君」


 俺は差し出されたブッシュの手を握った。

 なんて分厚くて大きな手だ。

 肩も背中も盛り上がっている。

 今更ながら、バカ力のブッシュという、ニックネームは伊達では無さそうだと思った。


 これで、明日のパーティは6人になった。

 大所帯おおじょたいだw、顔を洗って待ってろヌシよ。


 そこに、ハンターファッションを身にまとったロクシーが、俺たちの方へスタスタと近づいて来た。


「ロクシー、どうしたの」

 キャシーが遠間から声を掛ける。


「ロクシー」「ロクシーさん」と、沙織としのぶから同時に声が上がった。


「ロクシーさん、その格好は、これから冒険にでも行くんですか」

 俺は少し遅れ気味にそう声を掛けた。

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