第91話 その正体は?

 太くて恐ろしく長い、黒と黄色の縞模様の、節くれだったたくさんの脚。

 その前側4本の脚で、沙織をがっちりと抑え込み、上顎うわあごから長い牙だか、歯みたいなものを首に突き立てた。

 沙織が首を僅かに振りながら、目をキョロキョロとさせて、ただでさえ大きな目を、これでもかというほどいっぱいに開けた。

 恐怖の表情、血の気が引いたか、顔面蒼白になって、ころりと首を床に転がす。


(あ、気絶したな、、、どう助ける?)


 これはタランチュラ、とてつもなくでかいやつだな、と俺は何故か冷静になっていた。


 そのでかぶつは、沙織を抑え込んでいた脚を広げた。

 相手が無抵抗と知り、次は食事という訳か、確かオオツチグモ科の蜘蛛だ。


 その食事方法は、上顎うわあごの長い牙を獲物に食い込ませ自由を奪い、別の器官から直接消化液を掛け、消化されてドロドロになったものを口から吸い上げて、数時間掛けてまるごと食い尽くす、体外消化。

 最後には消化できなかった骨と毛だけが残る、そんなユーチューブ動画を観たことがある。

 確かそいつは、獲物としてカブトムシを抱え込んだ時は、その外皮の硬さに牙が通らず、諦めて離したっけ。


 キャシーはスリングショットで、怪物の一番弱そうな目を狙った。

 それは確かに一発命中した。


「やばい、やばい、やばいよ、マウントモンスタータランチャラよ。

 こんなのが、第一階層にいるなんて、、、」


 しのぶがファイアボールを形成している。


「沙織ごと燃えてしまわないか」


 俺がそう言うと、悠長なことを言わないでという感じで、言葉をかぶせてきた。


「特殊スーツは、耐熱だと聞いてます」


 今にも火球を投げつけそうにしているので、俺もかぶせ気味に指示する。


「沙織に当たらないように、蜘蛛本体の上部を狙ってくれ、熱は上げ過ぎるなよ。

そしたら一旦いったん沙織を離すかもしれない」


「は、はい」


 キャシーが第2弾を放つと、狙った目には当たらず、その下に当たった。

 すると怪物は、毛むくじゃらの脚を別の脚でいて、何やら細かい綿毛わたげみたいなものをキャシーの方へ飛ばした。


 キャシーがもだえだした。


「きゃ、きゃ、きゃー、か、痒い、全身が痒い、ご、ごめん、みんな、私、戦線離脱、、、」


 キャシーは、少し離れた所で、身体にまとわりついた綿毛を落とそうと、右に左にと転げ回っている。


 これも動画で観た、オオツチグモ科タランチュラの防御的攻撃方法だ。


 この様子に、ファイボールを手の平に浮かべたまま、しのぶがやや固まっている。


「沙織のことは俺に任せてくれ。

 しのぶ、ファイアボールを中止して、洗濯の要領で、キャシーに強風乾燥だ。

 それでだめなら、水で洗い流してくれ」


 しのぶにそう言った俺は、続けざまに遠いキャシーに叫ぶ。


「キャシー、我慢して立ち上がれ、今、強風で綿毛を取り除く」


 その後は、二人に任せ、俺は眼の前の事態に対処する。


 防刃耐性のあるスーツに、あの牙は通ってない筈だ。

 ただ押さえつけているだけで、今あいつがやってるのは、唾液を掛けるドロドロ消化作業だろう。

 耐酸性とか耐腐食性があれば、消化液も効かないだろうし、助けるのにまだ時間はある。


 俺はブラックウィドウを手にして、麻酔ニードル弾を5発ほど連続で、怪物の腹辺りに撃ち込んだ。

 明らかに嫌がっている。

 そんな動きを見せるが、あの巨体だけに、麻酔の効き目が出るのには、少し時間が掛かりそうだった。

 俺は、ブラックウィドウ本来の粘着糸ねんちゃくし弾を、怪物の8個の目を標的にして連続発射、糸が弾着箇所で弾けて頭部の半分を覆った。


 キャシーが1個奪った後の、残り7つの目を塞ぐことに成功。


 巨大怪物蜘蛛は、しぶしぶと沙織をその場に残し、壁際へと後退した。


 キャシーが、すかさず沙織を横へと引き出す。

 どうやら、しのぶの風の渦巻きで綿毛を飛ばし切ったようだが、キャシーは時折まだ身体の一部を掻いている。


 怪物は中脚を挙げて、頭部の糸を両側から掻きむしり、視力回復を図っている。

 糸は伸びるだけで切れないが、俺はさらに粘着糸弾を連射した。

 ブラックウィドウの糸は強靭きょうじんで、粘着力も凄まじい。

 糸を取ろうともがく内に、高さ3m、脚を広げると幅も長さも5mはあろうかという、まさに小山のような、マウントモンスタータランチュラが、でっかい糸玉いとだまとなった。


 麻酔がすっかり効いたらしく、もうぴくりとも動かない。

 俺はブラックウィドウの弾切れを心配して、銃身の上部ボタンを押して、巻き付いた糸を全て回収した。

 意識を取り戻した沙織は、全身を震わせながらその様子を見ていた。


 しのぶがまた、直径1mもある火球を生成した。


「こいつを火葬にしちゃって良いですか」


「ああ、お好きなように燃やし尽くしてやってくれ」


 しのぶの、鬼の形相を見たら、止めることなどできないと理解した。

 止める必要もないしな。


 しのぶの大火球はゆっくりと、脚を畳んだ巨大な蜘蛛に近づき、全体を覆い包むようにして、赤、紫、青、白と炎の燃焼温度を上げて行く。

 怪物の表面が燃え上がり、あっと言う間に中まで火が通ったらしく、蜘蛛の中心部が赤く透けて光りだした。

 個体全体が、赤から、青、白と変わり、徐々に小さくなり、残った個体部分も凄まじい高熱で気化し蒸発した。


 かなり大きな魔石だけがその場に残った。


 俺が火葬現場に手を合わせていると、冷たい目つきの沙織に引き下ろされた。


「首は大丈夫か、痛いだろ」


「少し鈍痛どんつうがあるけど、平気。

 首は急所だから、特殊スーツも急所周りは、より強くできてるんじゃないかしら」


 今回も特殊スーツに救われたな。。。

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