第89話 コボルトたちに貸しを作る

「おい、何してるんだ、やめさせろ!」


 ボスコボルトが、ひざまずいて頭を突き出す一匹のコボルトに対し、棍棒を振り上げようとしている。

 腹の痛みも小さくなって、俺はどうにか立ち上がった。


 俺は、2匹の間に割って入った。

 小さいコボルトの手を引き、立ち上がらせる。


「おまえ、見事な突きだったな。

 俺のが、魔道具の防御服でなければ死んでいたかもな。

 大したものだ」


 ここで俺は、ボスコボルトを振り返る。


「しのぶから聞いたが、おまえ、自分の子を殺すつもりだったのか。

 そんなことはするなよ、寝覚めが悪くなるからさ」


「いや、それでは、こちらの面目めんぼくが立ち申さぬ。

 処刑後には、お許しをいただき、我らの王の治療を継続していただけぬだろうか」


 ボスコボルトが、自分の子に目をやると、そいつは、胆力を込めた声を出した。


「一生の不覚でござる。

 勘違いで疑ってしまい、バカなことをしもうした。

 この命を差し出しますので、どうか我らの王をお助け願いたい」


「どうする、しのぶ」

 俺は、治療役のしのぶに振った。


「どうするって言われても、もうナノマシーンの仕事は終わって、スティックに回収しましたよ」


 しのぶは俺の無事を確認してからは、沈着冷静の平常モードだ。

 危機に当たり、最善を尽くし、雨ニモマケズ、風ニモマケズ、沈着冷静を保つ、そういう者に俺はなりたい。

 しのぶは年下だが、俺にとっては人生の鑑だ。我が弟子よなんてほざいたこともあったが、あれは取り消したい。


 俺は、しのぶから、ボスコボに向き直り、声を掛ける。


「治療は終わったそうだ。

 あんた、王様をみてやれよ」


 ボスコボルトは驚いた顔をしてから、みるみる内に目を輝かせる。


「おお、治療が済みましたか、そ、そうでござったか、、、あ、ありがとうございます。

 王よ、お身体の具合はいかがでございましょうか」


 ボスコボルトは、りんとして、王の横にひざまずく。


「ふむ、痛みはない、少し動いても傷は開かぬようだ。

 ただ、身体はだるいがな」


 王が、俺に視線を向けるので、しのぶの代わりに俺が答える。


「失った血が多かったせいだろうぜ。

 数日は栄養のあるものを食べて、休養すれば元通りになるんじゃないか。

 良かったな」


 俺を話が分かる奴と認めたのか、王は言葉を絞り出す。

「あの者の蛮行ばんこうをお許しいただけるのか」


「良いってことよ。

 但し、報酬の金貨は15枚から、20枚に増やしてもらうぜ」


 そこまでお人好しじゃないぜ、俺は取引条件を引き上げてやった。


 すると、王の横にはべるボスコボルトがすがるような顔を向けて来た。


「そ、それでは、我軍の財政が立ち行きませぬ」


「じゃあ、当初の話通り15枚だけをもらっておいて、残り5枚は次に会う時まで貸しにしておくぜ」


「おう、それは助かり申す。

 ヒト属の者にも、話の分かる御仁ごじんがいる。

 我ら、この御恩は決して忘れ申さぬ。

 王よ、これでよろしいか」


「チュウギィよ、よくやってくれた。

 皆のもの、聞いた通りだ。

 このダンジョンの内外を問わず、このヒト族の四名が何か困っていたら、必ず手を貸すのだ、良いな」


「ウォオオー!」


 コボルトの小隊は、勝鬨かちどきをあげた。

 負けたくせになw


「あたしは、獣人属なんですけどね」

 キャシーがそう呟いたが、この際、些末さまつなことはどうでもいいw


 俺たちは、報酬の金貨15枚を受け取り、そこを出立しゅったつした。



 そこから10分ほど歩くと、Tを左に倒した形の、丁字路に達した。


「ここは、右よ。

 以前に突き当りで左右に分岐してた、左に曲がる方の道は、ここで繋がるの」

 キャシーがそう言った。


「ここを曲がらないで真っ直ぐ行くと、前の分岐路まで後戻りになってしまうんですね」と、しのぶ。


「あとどのくらいなのよ」

 こう乱暴な言い方をしたのは沙織だ。


「右に曲がったら15分も掛からないよ」


「そ、そうか、そいつはありがてえ。

 痛みは引いたとは言え、まだたまにみぞおちに響くんだ」


「下に来ている服、本当にすごいよね。

 あのとがった槍を防いで無傷とはね」

 また、キャシーが物欲しそうな目で俺の腹に触れる。い、痛いから触らんといて、、、


防刃ぼうじん性能は高いけど、局所に受けた打突だとつを拡散緩和してくれるだけで、痛みはそれなりにあったんだぜ」


「死んでしまったのかと、あの時本当に心配だったんだからね」


 そう言った沙織は、急に嗚咽おえつし始めた。


「ほら、コウタさん、ここは肩を抱いてなぐさめに行くところですよ」


 しのぶに促されて、うつむく沙織の背中をさすった。


「ばか、もう心配掛けないでよね」


 そう言った沙織は、俺の腕に両手でしがみついた。

 こんなしおらしい沙織は反則だって、、、俺は、うん、としか返せなかった。


 自分で言いだしたくせに、しのぶが不満そうに口を突き出している。


「私をかばったせいで、あんなことになって、私も死ぬほど心配しました」


 そう言って、しのぶもうつむいている。

 空いている方の手がどうにか届いたので、しのぶの手を引き、その震える肩を抱いた。


「ごめんな」

 何を言えば良いか分からず、短いフレーズだけを口にした。


「あぁあ、あんたらの仲に、あたしがつけいる隙なんてないみたいね」


 キャシーが頭の後ろに手を組みながら、そう言った。


 数十秒ほど、甘いムードを楽しんだが、そろそろ、今日の目的地は近い。



 ゴールの部屋に、ガーディアンがいないことを祈りながら、俺は、道中固まらないようにと、仲間に指示を出して歩みを再開した。

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