第88話 コウタを襲った悲劇

 ボスコボルトが隣で見守る中、しのぶは、スティックをキングコボルトの傷口にかざした。

 魔物の森であの小オークの治療をした時と同じように、スティックから白いもやもやが降りて来る。

 キングコボルトの刀傷に、粉のようなものが覆って行く。

 それは、エターナル星の高度技術が生み出した、治療用ナノマシーンの一団だった。


 俺も、ボスコボルトも、沙織も、キャシーも、その幻想的な光景に目を奪われていた。


「ギョエーー!」

 凄まじい声をあげて、一匹のコボルトが槍を抱えて、しのぶ目掛けて突進してきた。

 全てのコボルト達に、5mは距離を空けさせて、待機させていた筈なのに、しのぶの施術に目を奪われて、眼の前までの接近を許してしまった。

 しのぶは曲者に対し、背を向けている。

 もう間に合わない!

 俺は反射的に、しのぶの背中を守るように、間に入った。



「ぐわっ!」


 鋭い痛みが腹部から全身を貫き、俺は気を失った。



'''''''''''''''''''''''''''' 沙織視点 ''''''''''''''''''''''''''''''


 私は、しのぶの治療にばかり目を奪われて、一瞬何が起こったのか分からなかった。

 獣じみた叫び声に振り向くと、コウタがしのぶの後ろで倒れていた。

 しのぶがコウタに覆いかぶさる。

 キャシーが鉄の爪を伸ばして、コウタの側へと動いた。

 私も考えるより早く、コウタの元に跳んだ。

 コウタの腹に短い槍が突き刺さっていた。

 が、しかし、その槍はみるみる内に押し戻されて、地面に落ちた。

 出血らしきものは無い。


 槍を突き刺したのは、眼の前にいるコボルトだ。

 私はライトセーバーを腰から引き抜き、そのコボルトを袈裟斬りに斬った、、、筈だったが、それを受け止めきった奴がいた。

 コウタがボスコボルトと呼んで、キングコボルトとかいう奴に、治療中もただ一匹だけ許されて寄り添っていた奴だ。


「待たれよ、しばし待たれよ、この者は、我らとお主等ぬしらの、一時いっときの信頼とはいえ、それを裏切った。

 この裏切り者は、是非、ワシの手で処刑させて下され。

 そうせねば、面目めんぼくが立たぬ」


 クソザルめが、おおよそ、そんなことを言った。


「ふざけんじゃないわよ、どけどけ、貴様も一緒に斬るぞ」


 私は、ボスコボルトに向けて、ライトセーバーで三度斬り掛かり、両手の腕輪みたいなもので、全て受け切られた。

 ふん、魔道具か、、、


「今一度、お頼み申し上げる、この裏切り者は我が息子ですが、決して許すことなどできませぬ、この我が手で処刑させて下され」


 その猿顔の勢いに、私の毒気は抜かれてしまった。

 既に、犯人猿はキャシーが後ろ手に取って、床に抑え込んでいた。

 キャシーも、横で私等の話を聞いていて、いつでも殺せるのに、殺しを保留しているのだ。


 他の大勢の猿どもは、、、と、見廻してみると、ことの成り行きを深刻そうな様子で見守っている。

 とすれば、この犯行は、キャシーが抑え込んでいる単独犯による、突発的行動だったということなのかしら。


「自分の子を、自らの手で殺せるの」

 私は押し殺した声で、問いかけた。


「もちろんだ、但し、我が子に弁明の機会だけは与えて欲しい」と、ボスコボ。


「どんな、理由があったとしても、絶対に許しませんよ」

 横から口を出したのは、コウタに寄り添う妹だ。

 しのぶが、今までに見たことのない怒りを見せている。

 妹ながら、その目つきは怖い。


「それはもちろんでござる」


 ボスコボルトの返事に、間髪を入れず、瀕死ひんしの老猿も声を絞り出す。


「ワレからも、お頼み申す。

 何のつもりで、こんなことをしたのか、動機を明らかにせねば、死んでも死にきれぬ」


 キャシーが、下手人コボルトを、後ろ手に捻り上げたまま、立ち上がらせる。


「この者たちは、ハイポーションを持たぬとウソを言っております」


 意外にも、こいつも人語を操る。

 人語を使うということは、私等にも理由を理解させようという意図があるのね、小癪こしゃくな猿め!


 しのぶは、コウタを診続けている。


「姉さん、コウタさんは無事よ。

 生きてる。

 と言うか、気絶してるだけで無傷です。

 すぐに正気を取り戻すわ」


 しのぶの目から鬼が消え、菩薩ぼさつが現れていた。

 妹もコウタが大好きなんだね。。。


「おお、無事であられたか、良かった。

 だがしかし、それとこれとは話は別です。

 この者の弁明が終わり次第、私の手で処刑いたします」


「父上殿、聞いてくださいまし。

 私を捻り上げてる者の、腰の袋を確認すれば分かります。

 ハイポーションが、袋越しに緑色の光を放っていることに私は気づきました。

 そんな怪しげな術で、王に危険が及ぶ前に、この者からハイポーションを取り上げ、それを王に飲ませてくださいまし」


「何、腰の袋って、これのこと」


 キャシーが腰に下げている袋を外し、ボスコボルトに手渡した。


 ボスコボルトは、キャシーからうやうやしくそれを受け取ると、確かに袋の中からポォっと緑色の光が透けている。

 ボスコボルトは、巾着きんちゃく袋を開いて中を覗き、首を一つ横に振ってから、中身を取り出した。

 たくさんの緑の輝石きせきだった。


「スライムを大勢倒したのですな。

 息子よ、緑の光を放っていたのは、ハイポーションではなく、スライムが残したただの輝石だよ。

 他に申し開きがなければ、ただちに処刑を執行する。

 そこに直れ」


 うなだれたまま、犯人猿はいさぎよい言葉を発して、首を前に差し出した。

「申し訳ありませんでした、父上殿、この頭を今すぐ叩き潰されよ」


「あ、コウタさんが、今目を覚ましました」

 しのぶが明るい声を出した。


 私は、この場でどうすべきか迷うだけで、何一つとして決断できなかった。


 部下猿の一人が、メイン通路の隅にまとめた武器の山から、一振りの硬そうな棍棒を取って、頭を下げたままボスコボルトに献上した。

 受け取ったボスコボルトは、棍棒がきちんと役に立つか、確かめるように、通路の壁に叩きつけた。

 ぽろぽろと、壁から石の欠片かけらが落ちたが、棍棒は無事だった。

(そんな固いもので殴られたくないわね)

 正直、自分の頭が割られる所を想像して、一瞬、気分が悪くなった。


''''''''''''''''''''''''''''''' 沙織視点 終了 ''''''''''''''''''''''''''''''''''''


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