第87話 コボルトとの取引

 俺は、殺気立っている沙織と、ファイアボール第2弾の生成が完了していたしのぶに、宥め宥なだめなだめて待ったを掛けた。

 眼の前のコボルト達から目を離さずに、隣のキャシーに問う。


「キャシー、コボルトは人語じんごを話すのか」


「いえ、そんなことは聞いたことが無いけど」


 俺たちが何も答えずとも、攻撃を一旦中止した様子を確認したらしく、コボルトの一団から、やや大きめの個体が前に出て来る。

 手に武器は見えない、丸腰だ。

 そのコボルトはゆっくりと口を開いた。

 しゃがれた声は聞き取りにくいが、それは人語で間違いない。


「取引したい」


 コボルトの小隊長らしき、幾分か知性を感じさせる個体は、両手を挙げて数歩ゆっくりと歩み寄ってきた。


 俺も、仲間三人に待ての合図をして、ゆくりと近付いた。


「気をつけてよ、コウタ」

「コウタさん、無茶しないでくださいよ」

「何かあったら、私がそいつの額を撃ち抜くからね」


 そんな激励げきれいの声が後ろから響く。


「取引とはなんだ」


 俺は、抑揚よくようのない声音こわねで問うた。

 ボスコボルトは、その場にひざまずく。


「もしか、あんたらの中に、ハイポーションを持ってる者がいないだろうか。

 ハイポーションと、わしらが集めた金貨10枚と交換してほしいのだ」


「誰か、大事な仲間に、病人か大怪我をしてる者がいるのか」

 俺は尚も、抑えた口調で問いかけた。


「我らの王が、昨日やって来た冒険者に斬られて、瀕死ひんしの状態だ。

 頼む、ハイポーションを譲ってくれ」


 ふむ、このボスコボルトの上に王がいるのか、ならばそいつはキングコボルトだな。


「ハイポーションは、残念ながら、誰も持ってないし、深い傷はエクスポーションでなければ治せないと聞いているが」


 ボスコボルトは少しがっかりしたようだが、ハイポーションを俺たちが出し惜しみしてるのだろうと、期待を含めてまだ疑っているようだ。


「ヒト種にはそうかも知れぬが、我らの身体には、ハイポーションがずっと良く効くのだ。

 どうだろうか、金貨15枚では」


 そんなものなのかね。

 ま、どちらにしろハイポも普通のポーションも俺たちは持参してないが、、、


「ハイポーションは無いが、傷の具合によっては、もしかしたら治療することができるかも知れない」


 そう言ってやると、ボスコボルトは、浅黒い顔の中の目を見開いた。


「そうなのか、では、案内するから、ワシに付いて来てもらえないだろうか」


 ひざまずいていたボスコボルトは、希望を持って立ち上がった。


 俺は、そんなボスコボルトをにらんでから、後方の一団にぷいと目をやった。


「ダメだ。

 お前たちをそこまで信用できない。

 王様とやらを、こちらに連れてきたなら、この場で傷を診てやってもいいが」


 苦汁を飲んだような顔を見せてから、暫くうつむいていたボスコボルトは、再び顔を起こした。


「では、奥で相談してくるから、ここで少し、待っていてもらえないか」


「残った兵士たちの武器を、一纏ひとまとめにそこに置いて、休戦の意思を示すなら、ここで暫く待ってやってもいい」と、俺は答えた。


 小隊の奴らに、唸るような声と身振り手振りで、ボスコボルトは何やら説明しているようだ。

 ウオッホ、ウギーなどと、腕を突き上げる者が数名あったが、尚もボスコボが説明を続けると、そいつらも次第しだいに大人しくなった。


 コボルトたちは、思い思いに装備を解除して、通路の左側に棍棒と槍と盾を一纏めにしたが、全ての者がこちらをにらみ続けている。


 俺たちは武器を手放しはしなかったが、戦闘態勢は解いた。


 17,8匹のコボルトの死体は、その場に中くらいの魔石を残して、丁度魔素の霧となって消えて行く所だ。


 コボルトの集団が、両手を合わせて見送っている。

 仲間の死をいたむ気持ちは、俺たちと変わらないのかも知れない。

 そう感じた俺は、自然に両手を合わせた。

 やや遅れて、沙織もしのぶも手を合わせた。

 キャシーだけが、少し複雑な顔をして突っ立っていたが、戦果としての魔石集めは遠慮したようだ。


 俺たちの様子に、感ずることがあったらしく、コボルトたちの視線が柔らかになっていた。

 多くの仲間を殺された、その憎しみが消える筈もないが、戦うもの同士でも通ずる部分はあるのだろう。



 15分ほどすると、木組きぐみの担架みたいなものに載せられた、少し大きなコボルトが運ばれて来た。

 その魔物は、他の奴らとは段違いに、知的な顔つきをした老体だったが、覆われた布切れが赤く染まっている。

 今まで戦ったどの魔物も、血の色は同じように赤かったなと、俺は今更ながら思った。

 まあスライムには血がなかったようだが。


「こちらの方が我らの王である。俺だけでも王の側で見守っていても良いか」


「良いよ。他の奴らは距離を十分に取って待機してくれ」


 王様は、弱々しいがしっかりと人語を口にする。


「情け深き人がいると聞いたが、お主等ぬしらか、ワレはこの傷でもう助からぬと覚悟していた。

 少しでも希望があるなら、お主等にワレの命を預けよう。

 傷を診てもらえぬだろうか」


 礼儀を感じた俺は、今までの冷淡な口ぶりをやめて、自然な口調でキングコボルトに答えた。


「治せるとは断言できませんが、診てみましょう。

 しのぶ、頼む」


 俺は、しのぶの治療ナノマシーンにキングコボルトの命運を賭けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る