第82話 一体何をしてるんだ

 最初の角を曲がった所で、キングラットらをやっつけてから、15分ほど歩いただろうか。

 メイン通路のあちこちに分岐があり、いつ魔物が飛び出してきてもおかしくない状況だが、慣れとは恐ろしい。

 俺たちは、馬鹿話や、食いものの話をしながら、左右の分岐を気にもせず進んでいた。


『バサバサバサ』『バサ、バサ、バッサバサ、バサバサ』


 眼の前の右分岐道から、黒っぽい飛翔体ひしょうたいが天井を覆い尽くす勢いで、ぶわぁっと飛び出して来た。


「きゃあ!」


 先頭を進む沙織が、腰砕けになって後ろに飛び退いたものだから、直後のしのぶを巻き込んで、二人共あられもなく転がってしまった。


 固まって歩き過ぎだぜ。

 さすがにキャシーは、横に退いたので、俺にはぶつからなかった。

 というより、俺は寸前で、何か出てきそうな危険を感じたので、その場に立ち止まっていた。


 飛翔体の一つをコウモリと確認。

 コウモリたちは超低空の黒雲となって、俺たちのすぐ頭上を超えて、後方の左分岐道に消えて行った。

 安全確認の為、即座に視点を下にやる。

 床に転がった、沙織としのぶの肢体の形がどこかしら色っぽい。

 スカートなら、ショーツが見えてしまう所だが、みんなパンツスタイルなので、その辺は残念ながら大丈夫だった。

 どうやら頭も打っていないらしい。

 安全確認終了。


「コウモリだな、結構でかい。

 キャシー、あいつら、また戻って来て俺たちを襲ってきたりしないのか」


 俺たちをめっちゃ驚かせた一団のコウモリは、それぞれ翼長が30cmほどもあったし、その顔はひどくみにくく、押し付けられた豚鼻の下に、モンスターラットみたいな齧歯げっしをのぞかせていた。


「あれは、バンパイアバットよ。

 自分たちよりずっと大きな相手は、普通襲わないらしくて、外で鳥とかに取り付いて吸血するんだよ」


「だったら、分岐の中に巣があって、外と繋がってる穴があるのかも知れないな」


「うん、そうかも」


 そう答えながら、キャシーはしのぶに手を貸してやる。

 沙織は既に立ち上がって、腰の辺りをぱんぱんと叩いて埃を払っている。


「ひどいですぅ、コウタさん、私たちを心配もせずに、話しながら見ているだけなんて」


 漸く立ち上がれたしのぶは、ジト目を下から上へと、めつける形で俺を見た。


「わるい、わるい、新手あらての魔物が出てきたら、まずはキャシーに、その危険度について訊いておかないといけないからな」


 立ちくらみのように、ふらついたしのぶに、思わず手を差し出すと、ぱんと手を手で払われた。

 こんな反応は、最初の電話とラインの時以来だ。

 俺は少し凹んだ。

 俺の様子に満足したらしく、しのぶはやや口角を上げた。


「しのぶ、ごめんね、びっくりしちゃってさ。どこも痛くない?」「うん、大丈夫」


 沙織は、しのぶについた背中の埃を丁寧に払ってやっていた。

 それから、俺に向けて、腰に手を付け、指差すポーズを久々に見せた


「コウタ、年下の少女にはやさしくしないともてないよ」


「そうだな。しのぶ、どこか痒いところとかないか」


 俺は恐る恐るそう言ったが、「痛いところ」と言うべきを、つい言い間違えてしまった。


「そんなのありませんよぉだ」


 しのぶは、あかんべえをしようとして、直後に痛そうな顔をした。


「まあまあ、ごめんて。

 ちょっと、右肘を打ったんじゃないか。

 キャシー、しのぶにヒーリングしてやってくれないか」


 キャシーに手を合わせて頼む。


「お、大げさですよ、このくらい」と、しのぶ。


 キャシーがヒーリングをかけ終わってから、俺は、しのぶの右肘を下からぽんぽんとした。


「あ、もう痛くありません。

 キャシー、ありがとう」


「良いって、今度ヒーリングを教えてあげる。

 しのぶならすぐ覚えられるよね」


 俺はお礼を言われなかったが、まあそうだろうなw


「で、キャシーさんよ、さっきのにも、でかい親分みたいのがいるのか」


 多少、しのぶの機嫌も直ったようなので、俺は情報収集活動に戻る。


「2mもあるキングバットという、バンパイアバットがいるらしいと聞いたことがある。

 そいつは、人からも吸血するらしいから、危ないかも」


 横で聞いていた、沙織の顔が引きつっている。


「きゃ、それ、私無理かも」


「何だよ、もっと大きな翼竜を真っ二つに斬ってただろ」と、俺。


 沙織は手をばたばたとやっている。

 その顔は心なしか青白い。


「2mって小翼竜と同じ位の大きさだよ、そんな大きさの吸血コウモリなんて、むり、むり、むり」


「そうかな、あいつは3mはあったぞ。それに翼竜タイタンの方が獰猛どうもうだと思うけどな。あいつはクチバシも、足の爪もすごかったし、首の動きが素早くて地上に降りてもマイクが苦戦していただろ」


 俺は納得できなかったが、女子にとっては、敵の攻撃力よりも、見た目とか、吸血というおぞましい行為がダメなのだろう。



 そこからは、それぞれあまりくっついて固まらないように、お話はしながらも、誰もが油断なく分岐道に注意して進んでいる。

 これが冒険者の本来のあり方だろう。


 油断なく、常に危険に備え、雨ニモマケズ、風ニモマケズ、いつでも機敏に行動し、対処できる。

 そんな冒険者に俺はなりたい。



 暫く進むと、次は突き当りで右に曲がるようだと、思ったら、左にも曲がれるT字路だった。


「あれ、メイン通路が分岐してるけど、どっちへ行けば」と、キャシーに水を向ける。


「ここはどっち行っても、先でまた同じ道になるんだよ」


 即座にキャシーの返答があった。


「へえ、という事は、右に曲がる道は、先の方で左に曲がってるのかな。

 そして左に曲がる道は、途中で右方向に曲がってる感じか」と、俺。


「そうそう、そんな感じ」と、キャシー。


「コウタさん、どっちが良さそうですか」


 もうすっかり元通りの感じで、しのぶが俺に判断を求めてきた。


「え、何でそんなことをコウタに訊くの、しのぶ」と、キャシー。


 そんなことだったら、テレパスのしのぶの方が分かりそうな気がしたらしい。


「コウタさんは、少しだけ危険予知ができるんです」


 自慢するように、しのぶが言った。


「そ、そうなの!

 すごい能力持ってるんだね」


 お世辞、、ではなさそうだな。


「いや、まだたまに当たる程度だから」


 俺は、頭を掻きながら言った。

 キャシーは何かピンと来たらしい。


「ああ、だからさっき、バンパイアバットが急に出て来た時も慌てなかったんだ」


「いや、あれは、、」俺は口ごもる。


「あ、それはひどいじゃないの、あたしすっごい怖かったんだから、あんなのが出て来るのが分かるんだったら、ちゃんと事前に教えてよね」


 再び、あんた分かってるのって感じの、指差しポーズだ。

 いつ見ても、すんなり伸びたおみ足が美しい、、、と思ったら、なんだ、ゆったりめのズボンか、、、


「だ、だから、俺のは、そんなに明確に予知できないように、わざわざ訓練したんじゃないか、沙織だって見てただろ」


 予知のように可観測量が大きいと、観測の過程で対象に大きな影響を与え、最初の予知と結果が変わってしまうのだ。


「ま、まあそうね、じゃあ良いわ。

 で、ここはどっちへ曲がったら良いの」


 沙織は切り替えが早い。


「そ、そうだな、俺が感じるところでは、左の道は危険な感じはしないな。

 右は少し、何か起こりそうな気がするが、ま、あまり当てにしないでくれないか」


 俺を除く三人が集まって、何か相談している。

 どうやら何か決まったらしい。


「じゃあ、右に曲がるわ」「右に行きましょう」「右ね」


「え、何でそうなるの」


 何か起こらないと、冒険にならないからだと、口々に言う女三人衆。

 昔と違って大和撫子やまとなでしこは勇ましいな。

 元々この世界のキャシーは、他の女子と違うのか、同じなのかよく分からないが。



 という訳で、T字路を右に曲がって少し進むと、また突き当り、左へ曲がる所に出た。



 今度はかなり用心しながら、キャシーが先頭で左に曲がる。

 問題無さそうだ。

 俺の後ろからも何も追ってこないし、とにかく慎重に、四人のパーティは角を曲がり、ゆっくり進んで行く。



 100mほど先の左分岐から、何か丸くて赤いものが飛び跳ねて来た。

 すると、すぐ、銀色に光る、赤いやつの倍くらいありそうなのがついてきた。


 分岐から出て来たその2体は、こちらの方向へ曲がって来たようだが、俺たちに気付いた様子はない。

 大きい方の銀色の丸いやつが、高く跳ねて赤いやつの上に落下した。

 一体、何をしてるんだろうか。


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