第77話 ベナン北のダンジョン 入口

 キャシーの言うダンジョンは、俺たちが入って来た南の城門とは、反対の北門を出て少し行った所にあるという。

 ダンジョンの名前は、「ベナン北のダンジョン」、地名そのままだなw


 城内の南北縦断は初めてなので、出発は少し観光気分で、途中はおしゃべりが続いていた。


「キャシーの走りとジャンプは分かったけど、武器は何を使うの」


 沙織がキャシーに話を振った。

 キャシーは手に装備した、グローブの説明をする。


「魔道具の一種だけど、このグローブは、攻撃時には鋭利な刃物が飛び出すの。

 靴の方もスパイクが飛び出るよ。

 他にはナイフも使うけど」


「鉄の爪みたいに、刃が何本も出るの。

 めちゃくちゃこわそう」と、沙織。


「手で切り刻んで、太い針をキックで打ち込むのか、やばいなそれ」と、俺。


「怖がらないでよね」と、キャシー


 キャシーの戦い方は、武器を使うマーシャルアーツみたいなものだろうか。

 グローブは、ウルヴァリンの鉄の爪みたいなものらしい。

 靴の方はわからないが、蹴られたくはないな。


「ところで沙織、あの魔物の森で、剣道を小5から中学までやってたと言ってたが、以前はバレエって言わなかったっけ」


 気が緩んでいた俺は、地球での話をキャシーの前でしてしまった。


「バレエもやってたよ。

 高校デビューでは、武道は女らしくないから剣道歴は封印してた」


「女子っぽい方だけを俺に言ってたわけだ」


「そういうこと」


 さっきから会話に入って来なくなったしのぶに、どうしたと訊いてみる。

 しのぶは、うつむいてぼそぼそと返事する。


「みんなが帰れなくなったのは、私のせいだなって、突然気づいたの。

 それなのに、私ったら、ダンジョンの話に浮かれちゃって。

 コウタ、姉さん、ごめんね」


「しのぶ、気にしないでいいよ。

 私が勝手に同行したんだから。

 それに、私は生まれて来てから、今が一番楽しいんだからね」


 沙織はしのぶに気を使ってるのか、それとも言葉通り楽しんでいるのか、俺には分からなかった。

 これがコミュりょくってやつか。


「俺も、こんな冒険は初めてだから、楽しいよ。

 家でも、学校でもくすぶってたからな。

 多分、俺たちのそっくりさんアンドロイドが、今頃代わりに頑張ってくれてる筈さ。

 だから、家族も心配してないと思うよ」


 実は、俺も今の状況に不安がある訳じゃないが、両親が心配してるのじゃないかと、それだけが気がかりだったのだ。

 フライとクモミンよ、そっくりさんアンドロイドの調整うまくやってくれよな。


「だと良いけど」


 しのぶも俺と同じように、家族に心配掛けるのは不本意に違いない。

 沙織も両親という言葉には、ネガティブな反応を見せている。

 誰しも同じなんだ・・・


「ねえねえ、あんたら、岩山の向こうの国から来たって言ってたけど、こことは随分違う暮らししてるみたいだね。

 アンドロイドとか、全然聞いたことがない言葉も多いし」


 うかつにも、キャシーの前で色々おしゃべりし過ぎた。

 まずいと思って、返事は極端に短くなった。


「うん、まあな」


「あんたらが、もしかして異世界人だとしても、私はあんたらを信用してるから」


 キャシーも気付いたか、マイクも気付いていたしな。


「異世界人て」と、俺。


 できれば、俺たちの世界のことなど説明したくない。

 恐れられるフライたちの気持ちが分かる気がした。


「警戒するのはわかるよ。

 私も知らない世界の人は怖いから。

 でもね、敵対してる北の隣国の方がよっぽど怖いから。

 あんたらからは、少しも敵意は感じないもの」


 キャシーにそれを完全否定するのは、逆に信用を失うような気がした。

 沙織もしのぶも、じっと成り行きを伺っている。

 俺は、ほぼ異世界から来たことを認める発言をしてしまった。


「そうか、そうだな。

 でも今は、その話を訊かないでくれるとありがたいんだが」


「うん、訊かないよ。

 いつか、話してくれる気になってからでいいよ」


 キャシーはそう言ってくれた。

 俺がほっと胸をなでおろしていると、沙織としのぶの両方から、お疲れ様って感じで背中をぽんぽんとされた。



 北の城門が見えて来た。

 南の城門付近ほど商店の賑わいはないが、冒険者向けの、武具店、薬店、簡易宿泊所などはちらほら建っている。

 とは言え、城門の外には店は1軒もない。

 こちらにも道はあるが、主要な街道ではないから、にぎわいもこんなものなのだろう。


「門からどのくらいだ」と、俺。


「2キロくらいかな」と、キャシー。


「近いのね、良かった」と、沙織。


「キャシーのドコデモジャンプ見せてもらうぜ」


 俺はそう言って、尻尾をささっと撫でた。

 キャシーはぴくんと反応したが、沙織も、しのぶも気付いてなかったようだw


 いやいや、待てよ、これは日本だったら絶対痴漢だ、女性の敵だ、絶対ゆるせん卑劣な行為だ。

 でもここは異世界だから、、、

 異世界だから許さる、と勝手に思うのはダメだろ、、、

 俺の中の、膳と悪が互い違いに顔を出す。


 そんな葛藤を見透かすように、俺の顔をしのぶがジト目で見ている。


「コウタ、気が早い」


 とは言え、返って来た言葉からは、欠片かけら一つとして見透かされてないことが分かった。

 テレパシーの能力は、普段は閉鎖していると確信できる。

 うかつに人の心を読むと、面倒な事態になることを、これまでに嫌というほど、しのぶは経験してきたのだろう。


 ともあれ、しのぶも、この呼び方に慣れてしまったようだ。

 以前だったら、『コウタさん、気が早いですよ』と言っただろうな。

 その方が絶対、俺のお気に入りなんだが。



 しばらく歩みを進めると、街の公衆トイレみたいな建物が見えて来た。

 その隣に掘っ立て小屋がある。


「あれじゃない、しょぼいけど」と、沙織。


「そうです、隣の小屋は、入場の受付だよ」


「入場者名簿に名前を記入するのか」


「管理料もあそこで払うんだよ」


「いくら」


「一人、銀貨1枚ね」


 どうやら、利益目的以外に、入ったきり長期間戻らない冒険者の捜索とか、家族への連絡事務などもやってるらしい。

 約2千円が高いのか、安いのか、中でどのくらい成果を上げられるか分からない今、判断できない。


「さあ、行くか」


 初めてのダンジョンに、武者震いした。

 怖くて震えてるのでは決してない。


「「「行こう」」」


 ダンジョンの入口から数十メートルは、人工的に設置された魔鉱石が光る明るい道が続く。

 明かりがあるところまでは、観光客も入って行けるらしく、両側の壁に説明書きや、第1階層に現れる魔物一覧が描かれている。

 明かりが切れた辺りに門があった。


 その門から先は、冒険者だけに貸与される、鍵がないと進めないという訳だ。

 ちなみに、その門までの入場料は、大銅貨5枚だという。

 数十M行って帰って来るだけで、約千円は高いかもw

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