第68話 異世界食堂

 魔物だとか、魔素だとか、

あるいは、ここまですれ違ったのが冒険者たちばかりだったからか、

町というのは、昔の西部劇や、黒澤映画に出てくるような、ちょっとやさぐれた、殺風景なものを想像していた。


 街道は少し先で三叉路さんさろになっていて、右に曲がると両側に建物が並ぶストリートになっていた。


「どうだい、結構賑わっているだろ。

 俺のトラウト村の、ざっと百倍は人が集まっているからな」


 マイクは町の出身者でもないのに、自分の村と比べて自慢している。

 可塑かその村から、都会に出て成功した田舎者のようにw


「すげえな、ちょっとした観光地みたいな感じだ」


 うちの父さんも田舎から都会に出て、そこそこ大きな会社に勤めてるのを知っているから、一応俺も素直にこの町をめておく。


「良いわね、良いわね、雰囲気あるわ、成田山の参道みたいだわ」と、沙織。


 成田山と聞くと、急にうな丼が食べたくなるなw


「食堂とお土産物屋さんみたいなのがたくさん並んでますね」と、しのぶ。


「トラウト村って、何人くらい住んでるだい」


 マイクの村のことも、社交辞令として訊いてみる。


「まあ百人を行ったり来たりって感じだな」


 マイクはまるで他人事ひとごとみたいな感じだ。


 マイクが自分の村に誇りを持ってるかどうかは、結局分からなかった。


「ということは、この町は1万人位の人口があるんだ、けっこう大きいね」


 沙織は聞いてないようで、ちゃんと人の話を聞いている。

 学校で高いカーストに居るやつは、情報には敏感なようだ。


「食堂の看板を見たら、もうダメだ、早く食いたい」


 俺はかっこつけるのはやめて、原始的欲求を言葉にした。


「「わたしも!」」


 そうだろ、そうだろ、沙織もしのぶもおなかは空いている筈だ。


「どんなのものが食べたいんだ」と、マイク。


「ゆうべが焼き鳥だったから、朝はやっぱりさっぱりしたものが良いわね」と、沙織。


「お勧めは『洋食のねこ屋』だけど、あそこは朝から晩まで混んでいるからな。

 そうだな、朝定食メニューが3つから選べる、みつわ食堂にするか」


 三つの輪と、スプーンを組み合わせた図柄の板看板を掲げている食堂が、みつわ食堂だった。

 入ってみると、フロアには3本足の丸テーブルが幾つか並んでおり、三組ほどの客が立ったまま食事している。

 座りたいと思って見回すと、奥に少し低いテーブルと、簡単な作りの椅子が4脚並んでいるものがある。


「あのテーブルでも良いのか」


「ああ、問題ない。

 ここの住人は、朝食は立って食べるのが普通だが、他所から来た人は、椅子がないと落ち着かないっていうのも多いから、ああいう席も用意してるのさ。

 あのカウンターで、金と引き換えに朝食セットを自分で受け取るスタイルだ」


「金は、あの金貨しか持ってないんだが、両替ができるまで、小銭を立て替えてくれないかな」


「ああ、いいさ。

 ここの朝食は俺がおごる。

 メニューから好きなセットを選びなよ」


「太っ腹ぁ」


 沙織がマイクの背中に両手をぱんと当てた。


「なんだ、そりゃ」


「気前がいいっていう意味よ」


 朝食セット1つ目は、

フランスパンのバゲットみたいな、パンのスライスが三つと、芋と葉野菜のスープ、干し肉のスライスと水のセットで、お値段は大銅貨2枚。

 仮にこれをAセットとする。


 2つ目は、バゲットスライス四つと、野菜具だくさんの肉なしシチュー、川魚の干物、お茶のBセットで、大銅貨3枚。


 3つ目は、焼き立てナンみたいな大きなパンと、肉入りシチュー、ピクルス、ミルク入りのお茶のCセットで、大銅貨4枚。


 俺は、ナンみたいなのが気になったので、Cセットを注文した。

 沙織としのぶはBセットを頼んだ。


 俺たちは奥の椅子のあるテーブル席で食事を取った。


 ナンみたいなものは、名前こそ違っていたが、ナンそのもので、焼き立てはぷくっと膨れていて美味かった。

 俺はシチューにナンを浸して食べたが、この町には食べ方のマナーみたいなものは、特にないようで、木製スプーンと木製フォークで気楽に食べることができる。

 シチューの味は、スパイスが全然効いてないので微妙だが、肉は牛肉に近くて柔らかく煮込まれていた。

 意外とピクルスもいけた。この世界にも酢はあるようだ。

 ミルクティ?は、お茶の味が微妙。

 大銅貨4枚は、日本の感覚だと800円くらいかな。

 まあそれが高いのか、安いのか、今は分からなかった。


 沙織としのぶの感想も似たようなものだが、バゲットスライスは塩加減が良くておいしかったらしい。


 さて、腹もふくれ、疲れもそこそこ取れたので、いよいよ次は冒険者ギルドへ行ってみよう、ということになった。



 道の両側に、飲食店とか武具店、その他土産物屋、服屋、簡易宿泊所などが並ぶ、ストリートは300Mほど続いている。


 その先がいよいよ城壁に囲まれた城内だ。

 城と言えぬほどの砦でも城内で構わないよな。


 城門は平時は開かれていて、通行証などのチェックも無いが、左右に引かれている門はかなり頑丈そうだ。

 異世界初の、本格的な町が眼前に広がっていた。

 建物の屋根は、くすんだ赤レンガが主流で、壁の色も全体に白っぽい。

 ちょっと日本では見かけない風景だ。

 胸が高鳴るw

 沙織もしのぶもお上りさんのように、キョロキョロと周囲を見回している。

 マイクは俺等の様子に、田舎者を見る目つきでにやついている。

 お前の方がよっぽど田舎者のくせにw


 冒険者ギルドは、城内に入って100M先の左側にあった。

 初めての冒険者ギルドだ。わくわくだw

 2階建ての大きな建物だ。

 2階は幹部連中の事務所と、倉庫になっているらしいが、一般冒険者にとっては用がない場所だ。


 俺たちは、マイクを先頭にギルドへ入って行った。

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