第66話 森を出る

 俺たちはその場を後にして、用心深く先へと進む。


 少し遠い所で、大木を揺らすような地響きがあった。

 大きな魔獣が移動しているのか。

 まだこの辺には強いのが、そこかしこに居るのだろう。


 かなり歩を進めただろうか。

 後方のはるか彼方かなたで、複数の猛獣の吠え声みたいなのが聴こえる。

 そろそろ夜明けも近そうだし、危ない地域を抜けられたのではないかと、期待を込めて思う。

 ともあれ、森はまだまだ深く、そこから出口まで一時間も歩き続けることになる。


 森の出口が見えて来た。

 辺りも白み始めている。

 ひゃっほーいと、俺は思わず叫んでしまった。

 沙織もしのぶも疲れが見えるものの、俺の叫び声を笑いあい、ほっとしているようだ。

 女だというのに、その足取りもそこそこしっかりしている。

 スーツの補助もあるだろうが、たいした姉妹だ。


 メンバー全員に体力があって、ほんとうに良かったと心底思う。

 暗い中ではへっぴり腰だったマイクも、自分の目で周辺が見え始めた頃から、すっげえ元気になった。

 冒険者の鍛えた基礎体力は、俺たちとはやはり違う。



 森の出入り口前に、夜明けを待っている一群の人が見える。

 装備を見ると、冒険者グループらしく、男ばかりの6名のパーティだった。

 その向こうにも4,5人ずつのグループが、いくつか距離を空けてたむろしている。

 どうやら、この魔物の森へ入る順番待ちをしているようだ。

 道は中でいくつか分岐していた。

 そこを踏まえると、この大きな森への入場間隔は何分位が適当なのだろうかと、どうでも良いことを考えている俺は、かなりリラックスしているんだと自覚する。


 その近場のパーティとは知り合いらしく、マイクから彼らに近づいて行ったので、俺たちは少し距離を保った所で待つことにした。


「おう、マイクじゃないか。

 パーティの仲間を変えたのか」


 パーティリーダーとおぼしき、背の高いでっぷりした男が、近づいて行ったマイクに先に声を掛けてきた。

 マイクは、自分のひじと相手のひじをぶつける、独特の挨拶を交わしてから話し出す。

 そこそこに親しい間柄のようだ。


「いやな、この森の中盤あたりで、魔物の集団に出くわして、ジャック兄弟とは分断されてそれっきりだ。

 俺は一人になっちまってさ、魔物に追われ、最奥部の岩山まで追い込まれちまったが、運良くそこで、この3人と出会って、臨時パーティを組んで、今やっとここまで戻れたって訳だ」


「そうかい、そうかい。

 残念だが、あいつら二人じゃ、森の中盤でも無事に戻れるはずがねえ。

 ご愁傷さまだな」


 話す方も聴く方も、みぶりてぶりが大きくて、合いの手の入れ方もうまい。

 これが冒険者談義ってやつかw


 マイクは、ご愁傷さまの言葉に、うんうんと頷いてから、集まっているパーティの一団を見渡していく。

 その中の幾人かは、マイクに「よう」と、手を上げている。


「ざっと見た所、Aランクばかりで6人のパーティって、まさかデーブ、お前、この森のヌシを狙ってるのか」


 どうやら、パーティのリーダーらしき、背の高いでっぷりした男は、Aランクの冒険者で、名前をデーブというらしい。

 体躯たいくに似合った良い名前だw


「ああ、そういうことだ。

 何でも岩山に大きな穴を見つけたって情報を掴んでな。

 いぶり出せば、どんな大物が出て来るのかお楽しみって訳だ。

 この森の魔物たちの中には、やって来る冒険者を殺して食うだけじゃなく、金品、武器、防具をぎ取って、隠し溜め込む習性がある奴がいるって話だ。

 戻って来ない冒険者は数限りないからな、ヌシの居る大穴の奥には、財宝がたんまりあるかもしれねえぜ」


 デーブは、もうお宝をものにしたような気になってるのか、べらべらと得意げに話し続けた。


「岩山の大穴なら確かに俺も見たが、日中は出て来ないようで、幸いなことに、 は無かったな」


 マイクが「未知との遭遇」を知っている筈もないが、なぜか、前後で一拍置いて、うまいことを言ったように聞こえた。


 マイクが、相手の欲しそうな情報を与えたからか、デーブは揉み手をしながら喜んでいる。


「そうかい、そうかい、俺たちが燻して、日中には出て来ないっていう、その森のヌシを大穴から見事に追い出してみせるぜ。

 おう、ところで、そっちのお若い3人さんは、やけにぴったりした服を来てるな。

 岩山の向こうから来た外国人かい」


 デーブが俺たちの話をしているようなので、軽く会釈してやった。

 愛想悪くしてると、この地になじめないから挨拶は大事だろう。

 デーブも軽くあごを引いて、俺たちに挨拶を返した。

 マイクも満足げに頷いている。


「そうらしい、俺はこの人たちに助けてもらった礼に、これから町まで案内してくる。

 あんたらの健闘を祈るぜ

 途中、ゴブリンアーチャーには気をつけなよ」


 それまで、沙織としのぶに卑猥ひわいな言葉を投げ掛けていた奴らもいたが、最後の言葉を聞いた途端に、パーティ全員が表情を引き締めるのが分かった。


「そんなのがいやがるのか。

 あいつら猛毒矢を使うからな、まあせいぜい気をつけるぜ。

 じゃあな」


 デーブはマイクと俺たちに手を振り、俺たちも手を振り返した。


「ふん、あんたらなんかゴブリンにやられるといいわ」


 俺の後ろでそんなたちの悪い見送りのあいさつをしてるのは、沙織だ。


 ゴブリンアーチャーの猛毒矢。

 俺は、今になってとてもやばい奴らと遭遇そうぐうして、運良く切り抜けられたことを知った。


 森を後にして、マイクが先導する徒歩の旅が続く。

 さっきまでと違うのは、日が上る中、整備された街道を行くという安全度だ。


「町までどのくらい歩くんだ。

 少し疲れたし、腹も減っているんだが」


 そう俺が言うと、マイクは遠くを指差した。


「あれがベナン砦だ。

 町はその手前から、街道沿いに広がっている」


 街道よりやや右方向、遠くに城壁が二重に囲む高台に、砦らしきものが見える。

 手前の街道沿いの町は、ここからではよく分からなかった。


「もう15分も歩けば、ベナンの町の入口だ。

 魔物の森へ入る冒険者や、見物客が多いから、町へ入るとすぐ、朝からやってる飯屋が幾つか並んでるぜ」


 沙織も、しのぶも、その話に目の色が変わった。

 どうやらそこいらの道端で、朝から残りの焼き鳥を食わずにすみそうだw

 異世界食堂が、どんなものを出してくれるのか、少し楽しみになって来た。

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