第61話 異世界男との会話

 あの穴を抜けてから、かれこれ1時間ほど過ぎてしまったようだ。

 この異世界の日も、だいぶ傾いてきた。

 ここの太陽は地球から見たものと同じようだが。


 俺の家を出たのが、10月26日水曜日の午後6時半近く。

 モスクワとの時差が6時間として、まだモスクワ時間で午後2時頃なのに、ここはもう夕方だ。

 とすると、やはり、ここはモスクワ近辺とは考えられない。

 あの黒い空間が、地球とこの異世界を繋ぐ、おそらく転移魔法陣みたいなものなんだろう。

 魔法陣じゃないなら、転移口てんいぐちとでも言えば良いのか。


 パーチンは捕らえた影武者を、あの洞窟の横穴に閉じ込めてから、モスクワ近郊の秘密地下施設へ戻っている。

 彼が言った一方通行が本当なら、この近くに、異世界から地球に戻るための別の転移口がある筈だ。

 そこは、おそらくかなり見つけにくいものなのだろう。

 異世界人とか魔物が入って来る心配とか、対策は、パーチンはしていなかったようだしな。


 そこまで考えた俺は、パーチンは地球人ではなく、異世界人なのかも知れないと思った。

 眼の前の男も、見た目スラブ系ぽいしw



「5体ほどやっつけたわ。

 残りは諦めたみたいで散って言ったわ」


 沙織は通信ではなく、生の声でそう宣言した。

 辺りには、ぶつ切りの肉塊がたくさん散らばっていた。

 ファイティングスーツに、返り血は見られない。よくできてるぜ。


 時折、銃を撃ったが、俺が仕留めた獲物は一体も無い。

 途中からは、沙織に任せっきりだw

 それにしても、一時間もの間、ほぼ一人で戦い続け、平気でしゃんと立っている。

 スーツの補助があるとは言え、本人の体力も尋常じゃないな。

 俺は男と対峙した短時間で、身体がバキバキだったしな。

 多分それで、その後も弾が急所に当たらなかったのかも。


 緊張し過ぎなければ、俺でも沙織みたいに体力維持が可能なのかな。


「沙織、おまえの体捌たいさばきと剣捌けんさばきすげえな。

 翼竜を軽々とあしらっていたのには感心したぜ」


「小5から中学まで剣道やってたのよ」


 沙織は、一旦コンパクトにしたライトセーバーの、光の刀身とうしんを再び伸ばし、剣道の中断の構えから、面攻撃をして見せた。

 ジェダイなら、決してやらないような剣捌きだ。


「それは知らなかったな。

 あの様子だと、すぐ終わるかと思ったが、意外と時間掛かったよな」


「最初の一体を一刀両断してからは、攻撃が単調じゃなくなったのよ。

 あいつらバカじゃないから」


「怪我は、、、無いみたいだな。

 疲れただろ、疲労回復にはユンケルだ」


 俺は四次元ポケットから取り出した、小瓶を放った。

 沙織は、少し嫌そうな顔をしたが、やはり疲れているらしく、それを三口ほどで飲み干した。


「へえ、薬臭いのかと思ってたけど、そうでもないのね」


 しのぶが近寄ってきた。


「コウタさん、姉さん、この人と会話し続けて、大体言語学習の材料が揃ったみたいです。

 私のスーツは、まだ初級会話程度だと言ってますけど」


 しのぶがそう言い終わった途端、マイスーツから声がする。


『しのぶ、幸太、沙織の言語情報を統合します』


 沙織も、おっという顔をしている。



 俺は、さっきまでしのぶと話していた男に近づき話しかけた。


『私は、コウタと言います。

 あなたのお名前は何ですか』


 おや、俺が話しかけた元の言葉と違って、かなり丁寧な翻訳だな。

 これが初級会話かw


 男がふんと笑った、今笑ったよな。


「俺は、マイク。

 トラウト村のマイクだ。

 冒険者をやっている。

 お前たちは、異世界から来た冒険者なのか」


 初級会話は恥ずかしいと思っていたら、スーツが少し修正してきたらしい。


『わた、いや俺たちは、間違ってこの世界へ来たみたいだ。

 よく分からないが、異世界から来たってことになるのかも知れない。

 俺たちも冒険者パーティみたいなもんだ。

 さっきまでお前と話していたのが、しのぶで、こっちの剣士が沙織だ』


 これくらいなら良いなw


「どうりでな、若いのに強いはずだ。

 俺はAランクだが、おまえたちの世界でランクはどのくらいだ。

 そっちの剣士はSランクか」


『ランクは知らない。どこにも登録してないしな。

 マイクは一人なのか』


「いやな、ちょっとこの森に深入りし過ぎて、魔物たちにここまで追い込まれてしまったんだ。

 パーティを組んでいた二人とは、森の中ではぐれちまったが、やられたかもしれない。

 もうこれまでかと思った所に、お前らが現れたって訳だ」


 仲間がやられたかも知れないとは、お気の毒様だが、そこまで思い入れは無いのでスルーした。


『俺たちが出て来る前に、あの穴からもう一人出て来た筈だが、見なかったか』


「いや、コウタ、お前が飛び出てくるまで、俺はあの穴には気が付かなかった。

 もし出てきたとしても、一人であの森を抜けられる訳がないさ。

 そいつがどんな奴か知らんが、ここに居ないってことは、もう魔物に食われたか、連れて行かれたってことじゃないか。

 お気の毒様だがな」


 やはり、パーチンはこの近くの別の転移口から地球に戻ったのか。

 相変わらず、クモミンと通信が繋がらないのは、パーチンと共に地球に戻ったと考えるのが妥当だろう。

 そうだとしたら、影武者救出は、フライとクモミンたちが、きっとうまくやってくれるだろう。


 俺の考えている様子を見て、仲間を失って力を落としていると、マイクは思い違いしたらしい。


「なあ、おまえたち、この先何かあてがあるのか。

 あてが無いなら、俺と一時的にパーティ組んで、この魔物の森を一緒に出ないか。

 無事に出られたら、町まで案内するぜ」

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