第59話 影武者発見、パーチンの逃亡
「どうやら、おまえら全部で3人のようだな。
圧倒的に力はお前らの方が上なんだから、いい加減に他の二人も姿を見せたらどうだ。
それとも見えない二人もびびってるのか」
たった一人のくせに、やけに落ち着いた様子でパーチンは毒づいた。
『どうするのよ、コウタ。
こんなじいさんに
『どうやらパーチンは、自分だけは元の場所に戻れる方法を知っているみたい。
その方法を読み取れると良いんだけど、それが何か複雑な地形の記憶らしくて、それ以上は私にも分からなくて』と、しのぶ。
『沙織、なめられたって良い、このまま見えない方が有利だ。
しのぶの感じたものは、大体分かった。
クモミン、おまえに頼みがある』
「ええい、何をこそこそやってる。
姿を見せろ。意気地なしめ」
『何かな、頼みって、コウタくん』
『今俺にくっついていると思うが、クモミンはパーチンにくっついて帰り道を探って欲しい』
『分かったわ、コウタくん。
だんだんリーダーらしくなって来たよね、あたし嬉しいわ』
『別にリーダーやってるつもりはないけど、とりあえず今はこの形で行きたい。
沙織、しのぶ、このままで良いか』
『コウタ、あんた、あの時みたくカッコいいよ』と、沙織。
『じゃあ、無事に戻ったら俺とデートしてくれないか』
嬉しいことを言ってくれるぜ、だから俺はついそんな軽口をたたいたのだが、これって無事に帰れないフラグじゃないだろうな、、、
『もちのろんよ』
俺の不安に少しも気づかずに、沙織は軽いノリで返してくれた。
『ずるいです、二人共。
でも、コウタさんがカッコいいのは認めます』
しのぶの、俺を
帰ったらしのぶともデートしてやるぜ、との思いはフラグにならないように口には出さなかった。
「おまえらなあ、こそこそ何を打ち合わせしてるんだ。
まだ顔出ししないつもりか、ゾレンスキーみたいにいらいらするやつらだな」
「ゾレンスキーにびびってるお前に、そんなことを言われたくはないな。
パーチン、お前こそ黙ってろ、影武者は一体どこだ」
俺は低音調節のまま、そう返して、パーチンの頭を小突いた。
「やめろ。
見えない方向から、急に突き飛ばされると、むち打ち症になってしまうだろ」
パーチンは首をしきりに押さえている。どうやら演技では無さそうだ。
「だったら余計な口はきかずに、影武者の所までゆっくり先導しろ」
「もう すぐそこだ」
パーチンが指差した先に、すぐ突き当たる横穴があり、鉄格子が嵌められている。
うっすらとした明かりの中に、表情の全く無いパーチンが壁にもたれていた。
どうやら、こいつが影武者らしい。
「パーチン、こいつの名前は確か、ピーターだったか」
「何もかも調べ上げてるくせに、私に訊くのかね」
もう一度小突いてやりたくなったが、やめておく。
「ピーター、俺の声が聞こえるか」
俺は大きめの声で、壁にもたれるパーチンもどきに呼びかけた。反応が無いのでさらに大きな声で同じ言葉を繰り返した。
「うん、呼んだか」
弱々しい声が返って来たが、視線は俺には向けられず、少し離れた所に立っているしのぶに向けられただけ。俺の声と少女の姿が一致しないようでただぼんやりと首を傾げている。
俺は自分の姿が見えるように光学迷彩モードをOffにした。続けてもう良いのかと判断した沙織も同じように光学迷彩を切った。
眼の前に突然二人の姿が現れて、驚いて正気を取り戻したのか男の視線が左右に振れた。
「ピーターか」
もう一度声を掛けてみると、はっきりと目を俺の方に向けて来る。どうやら大丈夫そうだ。
「私はパーチンだ。
いやパーチンだった。
ピーターと呼ばれていたこともある」
弱々しい声でそう答えた。意識に多少の混濁が見られるようだ。
沙織もしのぶも心配そうに見つめている。
「これを飲め、少しは元気になるだろう」
俺は格子の隙間から、スポーツドリンクを手渡した。
男は弱々しく手を伸ばして、受け取ったボトルのキャップを自分で開けて、中身を飲みだした。
この感じだと、今すぐ死ぬことはないだろう。
「格子の鍵を開けてくれ」
斜め後ろにいる筈のパーチンを振り返ったが、そこには誰も居なかった。
いつの間にやら、パーチンの姿が無い。
来た道を戻ったのなら、しのぶと沙織が気付くはずだが。
『パーチンが消えた。
どこに行ったか分かるか』
語気鋭く、俺は二人に訊いた。
『気づかなかったわ』と、沙織。
『私も、
でも思念の
あっちみたい』
しのぶの差した方向は、ここまで来た道の延長方向だ。
先の方にはライトが取り付けられてないようで、かなり暗いが見えないことはない。
先の方に洞窟の出口があるようで、外光らしきぼんやりとした明かりがわずかに見える。
パーチンはその出口に向かったのだろうか。おそらく俺と沙織が光学迷彩を切ったことで、3人全員がピーターに集中しているのを好機と判断して静かに距離を取り逃げたのだろう。油断した、、、
『クモミン、聞こえるか、応答してくれ』
クモミンの応答は無い。
一体どうしてしまったのだろうか、パーチンに見つかって、たたきつぶされたってことはないよな。
俺は急に不安になったが、内なるものは、何故か落ち着いているようだ。
「悪いな、鍵が見つからない。
飲み物と、レーションを置いておくから、しばらく頑張ってくれ。
助けは必ず来るからな」
格子の隙間から、3日分のレーションと、スポーツドリンクを少しずつ押し込んだ。
「私を置いて行かないでくれ、怖いんだ」
「そういう訳にも行かないんだ。
すぐ助けを呼ぶから、頑張れ。
言ってなかったが、お前の家族は全員、安全に保護されているから安心しろ」
「本当か、それなら良い。
信じて待つよ」
ピーターは光を取り戻した目で、そう答えた。
『さあ、みんな行こう』
ピーターをその場に残し、俺は二人に声を掛けた。
『うん、コウタさん』『さあ行くわよ、しのぶ』
二人の元気な声が同時に聞こえた。
この三人なら、この先も大丈夫な気がした。
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