異世界編

第58話 黒い空間

第58話 黒い空間


「何を口をぱくぱくしている。しのぶ、さあこちらへおいで」


 その場に硬直しているしのぶにしびれを切らしたか。パーチンは腰を上げて近付いて行く。

 その手をしのぶに伸ばし手繰り寄せようとすると、14歳の少女はひるんでしまったのか、その場にしゃがみこみ掴まれた手をふりほどこうとあがきながら叫んだ。


「いやあ、離してえー!」


 パーチンは、しのぶをくのいち忍者と疑っていた。

 とは言え、所詮は非力な少女と甘く見ていたらしくその手は簡単に振りほどかれた。

 予想外な少女の力に激昂げっこうしたパーチン。得意な柔道でしのぶに組み付く構えを示した。

 我慢できず、俺はパーチンを横から蹴飛ばした。


 あらら、勢いよくパーチンは、俺の蹴った方向へ1mほどすっ飛んだ。

 これでも加減したつもりだが、補助力すげえw


「何者だ!」


 パーチンはそう叫ぶと、ポケットから小型拳銃を取り出した。


「誰か知らんが出て来い。

 卑怯だぞ。出て来ないならこの娘を射殺する」


 俺は不可視のまますっと近づき、拳銃を持つ手をひねり上げ、もう片方の手で取り上げた。

 取り上げたピストルは俺の手で握っているだけだが、パーチンには宙に浮いてるように見えたようだ。


「透明人間か!

 誰か、誰か、侵入者だ。俺を助けろ!」


 凄まじい胆力のこもった大声。

 とは言え、さきほど自らが閉じた防火扉みたいなもののせいで、その声は外に届かずパーチンはうろたえ始める。


『パーン!』


 パーチンは素早くふところからもう一丁の小型拳銃を取り出すや、跳弾ちょうだんを気にしながら、自分に跳ね返って来ない方向へ拳銃を発射した。

 先程の大声よりも大きな音がしたが、それでも外部には届かないようだ。


 パーチンは慌てて防火扉?に駆け寄ろうとする。

 ドアロックへ手が掛かる寸前、パーチンの手は沙織の手刀で弾き飛ばされる。

 もう一つの見えない力の存在に気づき、パーチンは手を抑えながら、何やら考え込んでいる。

 どうやら、自分が攻撃したり逃げようとしなければ、その見えぬ力から攻撃されないことを理解したらしく、小型拳銃を投げ捨てた。


「おまえら、西側の光学迷彩技術を使ったスパイだな。

 私に対する要求は何だ。第3の影武者救出が目的か」


 俺はパーチンの質問に対し、声をかなり低音に調節してエコーを掛け、地獄の番人のようなつもりになって答える。色々な調節ができて便利だw


「パーチンよ、お前はやり過ぎた。

 お前には天罰よりきつい地獄の罰を与えようぞ。

 それがいやなら、とりあえず影武者の所へ案内せよ」


 自分でも笑えるほどの馬鹿っぽいダイコン演技だが、真面目にやれば恐れる者には必ず響く筈だ。


「くだらないことはもう良い。聞きたくない。

 隠している影武者の所へ案内しよう。

 お前らが神とか悪魔を名乗るならここに戻ることもできようが、普通の人間だったらそこから先は一方通行だぞ。

 おまえらこそ覚悟してついて来い」


 さすがに修羅場を何度も潜ってきた悪者だ、見えない相手に対しても肝がわっている。

 さっきの自分の演技が急に恥ずかしくなった。

 沙織もしのぶも笑ってないことが救いだった。


「案内してくれ、そこへ」


 低音調節のままではあるが、俺は普通の言い方に戻した。


 パーチンは、部屋の一番奥へゆっくりと歩く。

 俺が先頭で、2番手にしのぶ、最後が沙織の順でついて行く。


 奥の壁にたどり着いたパーチンは、その壁に手を押し当て、ふんと右に手のひらを捻った。


 すると、何もなかった筈の壁に、人が一人立ったまま通れるほどの黒っぽい空間が現れた。


「ここが入口だ。

 覚悟は良いか、入れば二度と出てこれないぞ」


『どうします、コウタさん』

『どうするのよ、コウタ』

『アタシがついてるよ。コウタくん』

 隠密通信で、口々に俺への呼びかけがあった。


『行くしかないだろ。パーチンが行ける所なら俺たちだって行ける筈だ』

 自信があった訳では無いが、もう後には引けない。

 パーチンに続いて俺はその空間に入った。


 その時、

『待って、これは罠です』というしのぶの声が聞こえた瞬間に、クモミン以外との隠密通信がプツッと切れた。



(第三者視点)

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『どうしよう、姉さん、コウタさんとの連絡が切れた』


 黒い空間に入ったパーチンとコウタの後ろ姿はぼっと霞んですぐ見えなくなった。


『行くしかないでしょ。私は行くわ。

 しのぶはここに残ってフライに指示を仰ぎなさい』


『だって、姉さん』


 しのぶが止める暇も無く、沙織はしのぶを押し退けて黒い空間に入って行った。

 今度は、しのぶと沙織との通信も切れた。


(私のテレパシーが無いと、コウタさんも姉さんも救えないかも知れない)


 しのぶの一時の迷いが消えた。

『私も行くわ』


『しのぶが決めたならそれで良い。

 後はこちらに残った私がバックアップする。

 多少の時間が掛かるかも知れんがな』


 フライの声を確認したしのぶは、心を強くして黒い空間に入って行く。


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 お、通信が一つ復活した。

 これは沙織のだな。そう思った瞬間、

『聞こえる? コウタ、私よ』


『うん、聞こえる。

 沙織も来たのか。ありがとう。安心した』


『何よ、そんなに不安だったの』


『まあな』


 薄暗い道を、少しだけ先を行くパーチンが振り返る。


「おい、見えないヤツ、ついて来てるか。

 少女が居ないようだが、影武者のことを気にしていた割にはびびったようだな。

 見えない奴よ、そろそろ姿を現したらどうだ」


 パーチンが手探りで何かすると、道がそこそこ明るくなった。

 バッテリーランプか何かのスイッチを入れたのだろう。壁の両側に互い違いに少しの距離を空けて、明かりが幾つか灯った。


 また一つ、通信が復活した。

 しのぶのだ。


『姉さん、コウタさん、後ろ姿が見えてるので、すぐ追いつきます』


 できればしのぶにはここから帰って欲しかった。

 危険な所にしのぶまでやって来て不安が広がった筈なのに、何故か安心も大きくなった。

 沙織も笑顔を見せている。


『しのぶ、来たのか』


『来ましたよ。これはパーチンの罠かも知れないし、テレパスの私がいないと二人を助けられないでしょ』


『さすが、我が妹、しのぶね』


「おや、びびって来ないと思ったお嬢さんも来たのか」


 すぐ前で振り返ったパーチンが、そう声を発した。

 何やら自信を取り戻した感がありありだ。

 ひょっとして俺たちが不利な状況なのか、と思ったが、俺の内なるものは心配するなと告げている…気がする…

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