第48話 しのぶに関する不安

「あの時から、コウタが私のナイトだったんだよ」


 ちゃかしたつもりだったが、沙織はムードを変えずにそう言った。


「そこまでカッコ良くないだろ」


 その頃の話は、沙織から聞いても、母さんから聞いても、ほとんど思い出せないが、大きな犬との対決だけは鮮明に思い出していた。

 あの牙をむき出して唸る犬と向かい合った俺は、確かに恐怖に打ち勝とうとして頑張っていた。

 それは何のために、あるいは誰の為だったのか、やっぱり好きな誰かの為だったのだろうと考えるしかなかった。


「もう一度、手を握ってくれる」


 俺がしばし、そんな感慨に浸っていたら、突然ドキッとすることを言われた。


 沙織が右手をそっと出していた。


「え、もうここは地元だから恥ずかしいよ」


 少し高い声が出てしまった。


「お願い」と、沙織。


「じゃあ、ほいさ」


 沙織が手を引っ込めないので、やむを得ず、ふざけた感じで手を取った。

 沙織が手をぎゅっとするので、仕方なく俺も握り返す。


「やっぱり、今でもコウタの手は安心する」


 握った手から、沙織の体温が伝わってくる。

 俺は手汗をかいてるんじゃないかと少し焦った。


「今の沙織に不安なことなんてあるのか」


 焦りを隠しながらそう言った。

 そして俺は自然に見えるように、そっと手を離した。


「あるよ」


 少し不安げな顔を俺に向けて、沙織は声を掠らせた。


「どんな」


 沙織の声につられて、俺の声も何か怪しい秘密を帯びるように掠れた。

 沙織は暫く沈黙してから、ぼそりと言う。


「しのぶのこととか」


 何故か俺は安心した。

 俺が予感したような深刻なことではなさそうだ。


「ああ、今、しのぶとの休戦協定をやぶってる感じだもんな」


 俺は訳知わけしり顔で、そう返した。


「そうじゃなくて、あれは、しのぶが私のためにしてくれたことだったのよ」


 俺の言葉に反応した返事は、普段のトーンだった。

 ということは、沙織のしのぶに関する不安は別のことだったのかと思えたが、

言葉の意味を考えた途端、俺は愕然がくぜんとした。


「え、どういうこと」


 俺の声は少し裏返った。

 ふと微笑んだ沙織はこう説明する。


「せっかく数年ぶりに、コウタと会えたのに、

私がダメだから、コウタを怒らせちゃって、

仲直りもできずいじけてる私を心配して、

恋のライバルを演じることで、私が本音を言えるように仕向けてくれたのよ」


 おいおい、そうだったのかよ、と言うことは、、、


「え・・・しのぶが俺を好きだと言ってくれたのって、あれは沙織のための演技だったってことで、実は俺に対しては、少しもその気はなかったということか、、、」


 かなりがっかりした口調に聞こえたのだろうか、沙織はふくれっ面になる。


「なによ、中2のしのぶの方が良かったの」


 ようやく、普段の沙織らしい感じで俺に文句をつけた。


「いや、そういう訳じゃないけど。

 ふうん、やっぱ俺がそんなにもてる訳がないんだよな、どうやって断ろうかと考えてみたのがバカみたいだ」


 俺は俺で、ようやく平常の自虐モードである。


 少し力が抜けた俺は、空いているホームのベンチに腰掛けた。

 沙織もすぐ隣に座った。


「まるきしウソじゃないと思うよ。

 しのぶは小1の時から、コウタが好きだったから」と、沙織。


「うん、、慰めてくれなくても良いよ、むしろホッとしたし」と、強がる俺w


 ここで、また沙織が深刻モードに変わった。


「さっき言いかけた、しのぶについての不安のことなんだけど、、、

 コウタになら、安心して相談できると思うから・・・」


 まさに真剣な感じで、沙織はそう言ったのだ。

 あの、しのぶに関する不安とは、、、


「しのぶに関する不安ねえ、

あの子はすごいしっかりした子だから、誰かを心配させるようなことはしないと思うけどな」


 思ったままを口にした。

 沙織は少しためを作ってから言う。


「しのぶは、、、テレパシーが使えるエスパーなのよ」


「おいおい、何だって急にそんな突拍子とっぴょうしもない話をするんだよ」


 沙織は俺の目をじっと見つめる。

 これは愛しい人を見る目ではなく、真実を見よという目つきだ。


「これは本当の事実。

 フライも知ってるわ」


 俺は驚きすぎて、しばらく二の句が継げなかった。


「その話は、俺の部屋でちゃんと聞きたい」


 俺は真面目な顔でそう言った。


「うん」と、沙織。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る