第47話 沙織と急接近

 下校時に、好きな女子と連れ立って帰るシチュエーション、かつてはそれが夢だった。


 一緒に帰ると言った沙織は、帰り際にグループの女子から声を掛けられた。

 これ幸いと、俺はまたなと言って手を振ったが、沙織からすぐ行くから校門で待っていてと言われた。


 仕方がないので、俺は校門までできるだけゆっくりと歩く。


 校門の少し手前辺りまで歩んだところで、

「コウタ〜」

と、俺を呼ぶ声が響く。


 グラウンドでクラブ活動の準備を始める者たちと、必要もないのに花壇のそばでたむろする直帰組の男どもが、女子の声に反応して発生源に顔を向けている。


 遠くから俺を見つけた沙織が、手を振りながら走ってくる。

 アクションが派手すぎて、みんなが見るじゃないか、これは小っ恥ずかしい。

 俺は手も振り返さずに、背を向けて一人校門を出る。



 学校を出て50Mほどで、沙織が追いついて来た。


「手を振ったのに、どうして先に行っちゃうのよ」と、怒った声。


 俺はお尻にカバンをぶつけられた。


「みんなが見てたんだよ。

 2年生のマドンナが、大きな声を出して、あんなに大きく手を振って走って来るから、俺まで注目されるじゃないか」


 俺は早口でそう言った。


「良いじゃないの、公認のカップル認定されるも悪くないでしょ」


 沙織は俺の言い訳が、気に入ったらしい。

俺は本当にいやなんだけど。


「お前は良いかも知れないが、俺にはまだ無理なんだよ」


「じゃあ、少しずつなれるしかないね」


「まあな」


 結局俺は学校エリアでは、沙織のペースに逆らえないのだ。



 そのまま、俺たちは普通の速度で駅に向かう道を並んで歩く。

 帰宅部たちと、一旦帰宅してから塾へ通う生徒たちで、この時間のこの道はそこそこに混んでいるが、ことさら俺たちを注視する者は居なかった。


「コウタと二人きりって初めてだね」


 沙織が俺をちらっと見てから目を伏せて、小声で言った。


「そうだな」と、俺。


 自分で言ったセリフなのに、沙織は少し緊張してるようだ。

 口数は極端に少なくなって、並んで歩いていてもうつむいている。


「どうした、沙織、さっきからおかしくないか」と、俺。


「うん」


 沙織はそれしか返さなかった。らしくないぜ。


 駅のホームで待つ間も、電車に乗ってからも、時々俺をチラ見するくらいで、ずっと大人しい。

 俺は何が起こってるのか、不思議で沙織の様子をじっと観察する。

 じきに二駅目についた電車のドアが開く。


「おい、降りるぞ」


 ぼさっとしてる沙織の手を引いて、電車を降りた。

 沙織が顔を真赤にしてる。

 俺は慌てて手を離した。


 ここで降りた客は少なかったので、ぐずぐずしていた俺たちは、ホームですぐ二人だけになってしまった。

 回りに誰も居ないことを確かめてから、沙織はやっと話しだした。


「ねえ、覚えてる。

 小4の時、犬から私を救ってくれた時のこと」


「それはこの前聞いたよ」


「犬が逃げた後も、私は怖くて、その場にしゃがみこんでいたの」


 しんみりした口調、

俺は立ち止まった。


「うん」


「あの時、コウタが私の手を引いて立たせてくれた」


「うん」と、俺。


 次の言葉をなかなか言わない沙織を、俺は静かに待った。


 沙織は俺を見て、やっと話をつなぐ。


「まだ怖いのか、だったらおまえの家まで送っていってやるよって」

 そこで、俺をじっと見る。


「俺がそう言ったのか」


「ずっと私の手を握って、家まで一緒に帰ってくれたから、私は大丈夫だった。

 すごく安心した」


 俺と沙織はしばし見つめ合う。

 俺はまた、小っ恥ずかしくなって目をそらした。


「そんなことを俺がしたのか、何だかカッコいいなw」

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