第34話 ワンコ撃退事件

「何がどう違うんだ」

 同じ言葉を繰り返す沙織に、俺も同じ言葉を返した。


「幸太くん、私のこと全然覚えてないから、ちょっと腹が立って。

 あれは本当に悪かったわ、ごめんなさい」


 意外なことを言う。

 俺は少し戸惑った。


「覚えてないも何も、あの時が俺たちの初対面だろ」


 沙織が少し悲しい顔つきになる。


「違うわ、小学4年の時の、あのこと、あんた忘れたの。

 私はずっと覚えていたのに・・・」


「小学4年のこと?」と俺。


「あんた、転校してきたでしょ。うちの学校に。

 たった1年でまた転校して行っちゃったけど」


 沙織は、少し悔しそうで、少し悲しそうで、どこか懐かしそうな表情を見せた。


 俺は記憶をたどってみる・・・


 小学生時代には、父さんの転勤の都合で、3回ほど転校したことがあるな、確かに。


 小学4年の時も、春の人事異動で父さんが転勤になり、ここから2駅離れた街に転居したことがある。

 それがアパートだったか、公団住宅だったか、社宅だったのかは忘れたが。


 確かあれは、俺の高校がある街だった。

 高校生になった時、久しぶりに帰って来た感じがしたのは、そのせいか。


 今の家を父さんたちが買ったのは、中学校に上がる時だった。

 中学校では、地元の小学校上がりがほとんどで、他所者よそものの俺には、最初の内、友人はほとんどできなかった。

 まあ、その後もできなかったのは、俺自身に問題があったのかもしれないが。

 社交性も低かったからなw


 小学校時代は、転校が多かったせいで、俺も積極的に友人作りしていた。

 積極的にと言えば、聞こえが良いが、ゆっくり友だち作りしている余裕が無くて、がつがつしていただけだ。

 今思えば、さもしい奴だった。

 その反動で、中学時代は孤高の人を演じるようになった。

 他の人と比べて、俺だけ高みにいた訳じゃないけどなw


 小4の時、名前は忘れたが、たしか女子のともだちが一人居たな。顔も思い出せないが。

 男友達の方が大事な時代だったから、すっかり忘れていたが、何かその子がらみで事件があったような気が・・・


「思い出せないの?

 一緒にたくさん遊んだでしょ。

 あんたは始め、お前がついてくると、男同士で遊べないからと嫌がってたけど、私が男の子の輪の中に入っていくようにしたら、おまえおもしろいやつだなって言ってくれたよね」


 頭の片隅に引っかかっていた何かが・・・

 あ、あれか、文鎮ぶんちん入り筆箱事件か!


「あんたが、犬に吠え立てられて、すくんでいた私を助けてくれたでしょ。あれが最初よ」


 なぜか、沙織は必死な感じだ。

 『あれが最初よ』の意味はよくわからんが。


「おう、思い出したよ。

 あの頃はでかい犬だと思ったけど、多分それほど大きくなかったかもな」


 小さい頃は、上級生がすごく大きく見えたし、それと同じで、中型犬が大型犬に見えたんだろうな。


「コウタが、あの時、私の前に飛び出して、あの猛犬に立ちはだかってくれたのよ」


 笑っちゃいけない所だと思うが、沙織は両手の指を組んで何かにお祈りしているようなポーズを作っていた。


「猛犬てほどじゃなかったけどな。

 今思い出しても恥ずかしいけど、俺は大きく見せようとして、ばっと両手をひろげた」


 あの頃、少年誌か何かで、犬と対峙たいじした時には、ファイティングポーズでにらめつけてから、大きなアクションで両手を広げると、犬はたいてい驚いて逃げて行くという記事を読んだことがある。

 それを実行した訳だが、あんなことを子どもがやったら、逆に襲われる可能性もあった筈だから、かなり無謀な行動だったかも知れない。


「そうよ、そしたら、あの犬は少しあとずさったけど、唸りながら、またじりじりとコウタに詰め寄ってきた。

 私はあんたの背中の後ろで、怖くて怖くてふるえていたのよ」


 女子を守った記憶は薄いが、犬に対してはかなり頑張って立ち向かった覚えがある。

 それとは別に、いつのまにか俺は、沙織に幸太と、君なしで呼ばれていたことに気がついたが、おぼろげに、かつて女子からそう呼ばれたことがあると思い出した。


「俺がランドセルを振ったら、それに噛みついたな、あいつ。

 ランドセルが開いて、俺の大きな筆箱が転がった」


 一旦思い出すと、結構鮮明に記憶が蘇るものだなw


「そうよ。あんたはその筆箱であの犬をやっつけたよの」


 なんか、沙織がうっとりした顔をしているんだが、、、


「ああ、あれは俺がやっつけたんじゃなくて、筆箱でなぐりつけようとしたら、あいつはランドセルから口を外して、今度は筆箱に噛みついたんだよ」

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