第3話 月の前進基地と地球観測

「協力?何の協力だい。俺はこう見えても、日本国と地球は売らないぞ」


「そんな力が君にあるとは思えないけどな。

 さっきも言ったように、敵対心てきたいしんは君にも日本にも地球にも一切持ってないよ」


「やっぱり、フライは宇宙からやって来たのか」


きたのスパイだと言っても信じないだろ」


北朝鮮きたちょうせんにそこまでの科学力がある筈ないよ」


「月から来たと言ったら」


「月の裏側からか? そこに前進基地があるとか」


 ジョークのつもりだった。

 裏側に基地があるSFを観たか、読んだか、あやふやな記憶があったから。


「小さなヤツなら百年前からあるよ。

 でも誤解しないで欲しい。

侵略とか圧力とかの為じゃなくて、単なるパーキングエリアさ。

 高速道路にもあるだろ。あれと同じ目的」


「あるんだ!」


 やっぱ、面倒なことに巻き込まれてしまった。


 誰か自分以外の人を選び直してもらわなければならない。


 コミュニケーションの取れないバカを演じるか。

 誰か頼りになる人に相談するか。

 日本政府に密告するか。

 どうしたら良いのか全く分からず、俺の頭はパニックを起こし掛けている。


 いっそだんまりを決め込むか…


「それほどびっくりすることかな。

 この太陽系は地球を始めとして結構人気があるんだよ。

 それに僕らはエコ重視だから、自然保護には気を付けているんだ」


「それが怖いっての。

 地球環境に害をなすからと言って人類を排除するつもりじゃないだろうね」


「それはSF映画の影響かい。

 そんなことは全く考えてない。

 それよりも地球の環境変化による生態系せいたいけい変遷へんせんは特に人気があるから、その後の変化の方がむしろ興味深いと思うよ。

 旅行観察者は対象に刺激を与えないように注意しているんだ。

 科学者の実験とは一線を引いているつもりさ」


「生態系の変化が人気あるって? 何百万年も前からおまえら来てるのか、この地球へ」


「そこまで古い時代から来てないけれどね。

 現場から少しサンプルを集めて、シミュレーションすれば、3D大画面で数百万年前の時代を疑似ぎじ体験することくらいならできるよ。

 対象に刺激を与えることになるからサンプル集めは厳しく質と量の管理がなされている。

 さっきの話だけど、こちらに侵略する意図いとがあるなら、もう三千年前にやってるさ。

 その方が楽チンだもの」


「つまり、三千年前に地球に来たということか」


「一部の人がね。

 彼らは滅多めったに見られない高度知的生命体の新発見を学会に発表した。

 そこから様々な議論が交わされて、高度知的生命体の存在が確認された場合は、植民星しょくみんせいの対象から外すべきという結論に達したんだ。

 やって良いのは観察だけ。

 但し、直接のコミュニケーションについては未だに肯定論こうていろんと否定論が対立している。

 妥協だきょうの産物が、対象に刺激を与えない範囲で行うという、玉虫色たまむしいろの決着だったのさ」


「高度という基準はどの程度なんだよ。

 その基準は時の情勢ときのじょうせいとか、首長しゅちょうの考え方次第で都合よく変更されるものじゃないのか」


「コウタは十分に高度な知性を有していることを、この会話で証明してるよ。

 無論むろん、知識量とか技術のレベルでは、我々と地球人の間にはまだまだ格差がある。

 それは否定のしようもないけど、そんなことは単にわずかな時間的差異の問題に過ぎない。

 千年経てば君達が僕らの現在位置まで達するのは間違いない。

 百年では無理かもしれないけどね」


 地球人がどうにか高度知的生命体として認識されたのは幸いだが、知識量、技術水準において千年もの格差があるとは。


 この異星人いせいじん達に高度知的生命体から認識除外されたら、地球は改めて植民星の対象とされてしまいそうだ。


 自分の対応次第で高度な知性を持たないと判定された時、地球人の運命を変えてしまうかも知れぬ責任の重大さに押しつぶされそうな感覚に襲われた。


 どうにか、どうにかして、この綱渡つなわたりから逃げることができないのかと思案した処で、俺はぷっつんと思考停止してしまった。

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