第7話 軌道計算の出来ない私、火星に行く

「では、火星に行こうか」


地球と月の資源で10万人くらいに増えた私たちに私は通信機でそう告げた。


 火星


 それは太陽系で地球より外にある惑星であり、地球のような生命あふれる星になれなかった星である。


 地球からの距離は最短で2億2790万km

 これは地球と火星が2年2ヶ月に一度、地球に最接近した時の距離なので実際はもっと長い距離になるだろう。

 火星は自転の周期は地球とほぼ同じ24時間39分30秒だが、地球よりも太陽の外周を回っているので2年かけて春夏秋冬が巡る惑星である。


「月にうさぎはいなかったけど、火星に生物はいるのかな?私」

 と楽しげに私が尋ねる。

 うーん。どうだろうか?

 望遠鏡や探査衛星の報告では生物らしきものは見つかっていないそうだが、有人着陸はまだされた事がない惑星である。

 1万人で押し寄せれば、微生物の一匹や二匹は見つかるかもしれない。

 それかクマムシとか。


そんななか私の一人が

「お楽しみ中水を差して申し訳ないのだが…」と言いながら、

「ところで火星にはどんなルートで行くのだ?私?」

 と皆が未知の惑星に盛り上がる中、冷静に尋ねる。なので私も冷静に

「さあ?」

 と、現実がほぼノープランであることを告げた。

 10万人近い私から「嘘だろ」という目で見られると言う初めての体験をした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 火星は太陽の周囲を回る公転周期が地球より長い。

 そのため、ちょっと計算が狂えば田舎の一時間に1本あるかないかというバスに乗り遅れたサラリーマンの如く、途方もない絶望感に襲われることとなるだろう。

 田舎住まいに車は必需品と言われるゆえんである。


 私はコンピューターの宇宙地図を広げ

「火星と地球は太陽の周りをバラバラに回っている。ここまではいいか?私」

 そう言って、次の画面を見せる。

 そこにはこう書かれていた。


『問;地球が太陽の周りを2周している時、火星は1周します。

 地球の科学者たちが最短距離を計算して秒速4kmで進む衛星を飛ばしたら、火星まで1年かかりました。ここでわたしたちは秒速2kmで火星を目指した時にかかる時間と、月を出発すべき時期を答えなさい。ただし、太陽系は絶えず移動し、途中太陽風の影響や隕石回避、宇宙嵐の影響を加味するものとする』


「2番目の問いの難易度が難しすぎないか?私」

 私の一人が抗議の声を挙げた。

 数学の問題なら実際に到着した小型探査機の半分のスピードで移動すれば、月から火星に到着する時間は2年だろう。

 なので、地球に火星が最接近した時に火星のある場所へ等速で移動すれば、理論上は最短距離で到着できることとなる。

 だが田舎の地方都市が橋や交差点で大渋滞を起こし、理論通りの時間に着く事が絶対にないように、実際の宇宙移動にも絶対にアクシデントが起こるだろう。

 それを解決する方法が必要なのだ。


 火星への移動は地球の近所を28日周期で回る月とは難易度が段違いである。

 計算もなしに行けば火星に接近できる確率は5%もないだろう。

 そのため、探索衛星は広大な宇宙で火星に到着出来るよう緻密な計算を行っていたそうだが、私にそのような計算ができるわけがない。

「いばるな。私」

 私の一人が呆れたように言う。


 3人よれば文殊の知恵というが、ここにいるのは全員私。10万人いても実質一人の知恵でしかないので、あさりよしとお先生の漫画みたいに『計算機があれば軌道計算できる』などという性能特化キャラはいないのである。

 全員凡才。どんぐりのせいくらべ。


そこを説明すると、私の一人が

「なんだ。そんなの簡単じゃないか。私」

 と言った。

「そこまで自信満々だといやな予感しかしないぞ。私」

「地球から軌道データでも盗むのか?私」

 いきなり犯罪行為から考えつくとはなんてやつだ。さすが私。気持ちはわかる。

「ちがうよ。私。それよりも簡単で確実な方法だ」


 この手の言葉の後には、ろくでもない答えがついてくるのが常なのだが、同じ私同志、3人で考えても10万人で考えても結論は同じだろう。


 諦めた心地でそのろくでもない案を聞くことにした。


「火星が到着しそうなところに、一度ずつ角度をずらして宇宙船を飛ばせばどれか一つはつくんじゃないか?私?」


 名付けて下手な鉄砲数打ち作戦だという。

 計算が出来ないなら、だいたい到着できそうなあたりに宇宙船をばらまけば一台ぐらいは到着するだろう。という寸法だ。


 思った以上にろくでもないアイデアだった。



「5%の確率でも100台とばせば500%、5台は到達出来るはずだぞ。私(※出来ません)」

「確率を足すんじゃない。私」

「おまえはガオガイガーの超理論をガチで信じる人間か。私」

 的確にツッコミが入る。


 だがみんなの反応は

「でも、難しい計算が出来る私がいない以上、それが一番確実かもしれないなぁ。私」

「そうだな。仮に失敗しても半年後にもう一度同じくらいの船団を作って飛ばせば火星を通り越して木星に行けるかもしれないな。私」

 とかなり好意的だった。


 私たちよ、いくら私たちが無限に増殖できるといえども、私たちに少しは優しくしてくれないだろうか?

「そうだな。この作戦をオペレーション・ダンデライオン(タンポポ)と名付けよう。私」

 聞けよ私の話。と、自分の頭の悪さを呪いながらつぶやいた声は、にぎやかに計画を立てる私たちの声にかき消されるのだった。


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 火星は旧ソ連の無人探査機マルス3号が着陸に成功しましたが、有人着陸はいまだ成功していません。

 というか月まで行く時間が長すぎるので往復で2年。調査を含めれば3年もかかるので、有人計画自体が確立されていない状態のようです。

 なので、帰りを計画しない私たちのような狂人…もとい無謀な探検隊が片道切符で行くしかないんじゃないかなと思いました。

 今日は台風前の養生でかなり疲れたのでここまでですが、みなさん雨風に気を付けて、不要不急の外出は控えて備えてください。


 

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