第5話 月は全てを受け入れ、抱きつぶす
「なるほど。原因が分かったぞ。私」
墜落映像を何度も見返していた私が、ある時点を示して言った。
「ん?………急に落下速度が速くなっているな私」
「まるで、月に吸い込まれているようだぞ。私」
リモコン操作で着陸しようとした直径10mの宇宙船、タイプAは途中まではゆっくりと落下していた。
だが、あるラインを超えると、急に落下速度が速くなり…そのまま墜落した。
「これが、月の重力だよ。私」
「重力」
この微妙な重力が月面着陸の難易度を飛躍的に跳ね上げ、宇宙飛行士をして『隕石に着陸したり地球に降りる方が楽』と言わしめる要素だった。
しかも、問題はそれだけではない。
地球の宇宙船帰還の映像に慣れていた私たちは気がつかなかったが、月は3つの点で地球とは異なる。
「1、まず、月は大気圏がないので落ちるときは急に落ちる」
地球の場合は外部からの侵入者を拒むように、大気圏が突入を妨害し、減速する。
そのおかげで地球に来る隕石はその大きさと速度を大幅に減らして墜落するのである。
「2、次に、月は空気がほとんどない」
その事実は、月での生存が困難であることを示すだけでなく、空気抵抗も存在しないことを意味する。
そのため月に落下するときには邪魔するものがない。
むしろ引力だけが作用し、積極的にひきずり込もうとしてくるのである。
「なるほど。納得だ。私」
そのような環境だと、鉄球だろうが羽だろうが、等しく同じスピードで加速しながら落ちる。
ガリレオがピサの斜塔で行ったと言われる落下実験の理想形とも言える環境だった。
そんな場所に着陸するのは、大気圏に突入したりパラシュートが使える地球とは比べものに成らないほど難しいだろう。
「3、最後に月は海も砂漠も整備された飛行場もない点」
地球は海が7割を占めているため、太平洋めがけて落ちれば、角度次第では衝突の威力は少しは弱まる。
整備された飛行場でも有ればスペースシャトルのように着陸できるかもしれない。
だが、月にあるのは無機質な地面と山谷だけである。
月は模様がある。白と黒である。
白い部分は柔らかい岩。黒い部分は溶岩で溶けた玄武岩。
とても堅い岩部分である。
アメリカが初めて着陸した『静かな海』とはその玄武岩地帯を指すらしい。
よく着陸できたものである。
二重の意味で人類初の月面着陸は人類の偉業だったのである。
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「その柔らかい白の部分も海や砂漠よりは堅い」
なので、その衝撃に私たちは耐えられない。
それが問題なのだ。
かつて月には水があったそうだが、小さな星体の重力では水も待機も地表につなぎ止めておくことはできず、静かな荒野だけが残ったという。
そこには宇宙船を優しく受け止める海も砂漠も存在しない。
このような土地に、宇宙船運転の初心者である私たちがどうやって着陸できるのだろうか?
早速計画のとん挫を感じて頭を抱えていると、私の一人が
「だったら、月に海か砂漠の代用品をを作ればいいんじゃないか?私」
と言った。
「はい?」
私は私に何を言っているのだろうか?
そう思っていると、別の私が
「ついでに、空気抵抗がないなら好都合だ。使えそうな手があるぞ。私」
「はい?……はい?」
おかしい。
同じ私なのに私には何の案も思いつかない。これはどういうことなのだろう?
もしかして私は一人だけ橋の下で作られた私なのかもしれない。
いや、作られた場所は違っても同じ私だよ。私。
とセルフツッコミをしながら、私は私の案を聞いてみることにした。
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「では初手、『隕石爆撃』いってみよう」
その言葉に、エンジンを取り付けられた隕石10個を白くて小高い丘に容赦なくたたき落とした。
岩盤のように固まっていた月面の一部が衝突のショックで粉々になり、砕けた隕石を含めて隙間の大きな瓦礫の散乱する場所に変貌した。
これは大気圏が存在しない月だからこそできた土地への関与である。
これが地球なら大地に到達する前に燃え尽きていただろう。
なお、この隕石が落下するスピードから、どこから引力が働くのか、ある程度分析できた。
「では次手。イガグリ大作戦。」
そういうと、3Dプリンターで作成した脆くて折れやすい直径30cm、長さ50cmの棒状の岩を100個程接続したものを300本取り付け、イガグリやウニのようになったタイプAを月面に墜落させた。
「逆噴射開始!」
そう叫んだが、エンジンが全力で吹き上がるにはタイミングが遅く、一瞬船体がジェットエンジンで持ち上がるが、完全に上昇は出来ず、地面に棒状の岩の一部が触れて砕けた。
そして壊れた棒は衝撃を吸収し、船体を回転させながらボキボキ折れていく。
「制御不能!このまま、落下するのに任せるぞ!私!」
「了解!エンジン停止!あとは自由落下に任せよう!私!」
風に飛ばされた風船のようにタイプAは転がり続け、そのたびにイガグリのトゲが崩壊していく。
だが、地面は先ほどの隕石爆撃によって脆い瓦礫になった為、その衝撃は分散され、前回のように船体がひしゃげるような事はない。
「碌な溶接設備もなかったのに、よくあのまま落下できたなぁ…」
つぎはぎの棘を装着したまま、緩やかに丘を転げ落ちるタイプAを見て私の一人が言う。
このような不格好な装備、地上なら重力や空気抵抗の関係で空中分解していただろう。
だが羽も鉄球も等速で落ちる月ならば、こんなもろい装備も空気抵抗を一切受けず、地面に激突するまで外れずに済むのではないか?
私の一人はその可能性に賭けたのだ。
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殆どの棒が折れた時、球体のタイプAは転倒を停止し、地面の底に無事、墜落し終えた。
「船内の空気圧。正常。漏れはないぞ。私」
興奮したように私の一人が言う。
「では、3Dプリンターの起動スイッチを入れてみよう。私」
そういうと、て傾斜角度を水平に調整し、重力設定を1/6にした状態でスイッチを入れる。
真空パックに入っていた人間を構成する成分を四方八方から抽出して『私』が製作されていく。
そして
「作戦は成功だ。私」
宇宙服まで製作した『私』は、通信機に向かってそう言った。
これが宇宙の果てを目指す私たちが最初に体験した成功だった。
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月に定期的にいけるようになるには、重力がどこで発生するのか分かる標識やデータ。
多少乱暴に着陸しても平気な発着場の整備。この二つが必要だと思いました。
これくらいの事は専門家はとっくに考えていると思いますが、幼稚園児が初めてのお使いを成功させようと知恵を絞った結果としては上出来なのではないかと思います。
なお、旧い山城めぐりの際には5mの竹を梯子代わりにして崖を降りたり、登ったりすることがあることから今回の案を思いつきましたが、知り合いの一人は失敗して足を骨折したのであまりお勧めしません。
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