恋しくて
水花火
第1話
ホテルの窓から見える雨粒を見つめながら、咲江は誠の絶頂に合わせ果てたふりをした。
三週間ぶりの誠の体に安堵と空虚が絡み合う。
「俺、今日四時にアポだから」
咲江は裸のまま、ベッドに備わっている時計の時刻を見た。
「四時って、もう時間じゃん、何で先に言わないのよ」
「言えばお前は不機嫌になるだろ、これでも時間つくってやったほうなんだぜ」
咲江は起き上がりベッドに腰掛け誠を睨んだ。
「何だよその顔、だから言わなかったんだって」
誠は面倒臭そうな顔をしながらタバコに火をつけた。
「ねぇ、あたしって、誠の性欲の処理係なのかしら」
タバコの煙が二人の苛立ちを加速する
「そうゆうお前は何なんだよ。体は正直だったぜ」
誠がニヤけた。
咲江はいったわけでもないのに、傲慢な発言をした誠に心底腹が立ち、仕返しにでた。
「あら、演技だってわからなくなったの。さっ、準備できましたから、アポだか何だか知らないけど、いきましょ」
誠はタバコをぐしゃりと消し、咲江より先に部屋を出た。
「ちょっと、待ってよ」
追いかけるように咲江は続いた。車内はワイパーの音だけが二人をかろうじて繋ぎ止めていた。
「アポに間に合う?」
咲江は、このまま、こじれたままにしたくなくて声をかけた。
「あぁ」
誠はぶっきらぼうに答えた。
車はあっという間に駅前に着いた。中々下りようとしない咲江に誠は少し苛つきながら、腕時計に目をやった。
「ねぇ、早く下りろってこと」
誠は無視した。
「誠さ、一度聞こうと思ってたけど、仕事と私どっちが大事なの」
誠はため息をつきながら
「お前何年一緒にいるんだよ」
「ちゃんと答えてよ」
「あのさ、時間なんだよ、先方が待ってるんだよ、悪いけど早く下りてくれ」
咲江は唇をかみ、溢れてくる怒りに体が熱くなった。
「誠、もう無理だよ、こんな付き合い方に耐えれない。私を何だと思ってるの」
「おい、どうしたっていうんだよ、勘弁してくれよ時間がないからさ、終わったら電話するから」
咲江は、話をどこに着地させたらいいのかわからなくなり、思いもよらない事が口から出てしまった。
「誠、私を本当に愛してるなら、来年の今日、雨ならここで再開しよ、それまで距離置こう」
「は?何いってんの」
「晴れなら逢えない。雨がふる六月十七日に逢おう。本当に愛してるなら何年でも待てるはずだよ」
「わかった、もういいよ、早く下りてくれ」
咲江は、自分でも、何がなんだかわからないまま車を下りた。と同時に急な寂しさに襲われ、勢いよく走り去る誠の車を見つめていた。
「咲江、ホントにくると思ってんの?男なんて一年も逢わなきゃ他の女できてるから、やめときな」
佳代は呆れ顔でいった。
「確かめなきゃ、明日は雨だっていうから」
「咲江さ、ほんとにまだ好きなの?」
「よくはわかんないけど、自分が言い出した事だから…」
「忘れてるって、男なんてそんなおとぎ話」
咲江は黙った。
「仕方ないな、たださ、仮に誠が来なくても、恨みっこなしだよ」
「うん、佳代ありがとね、気を使ってくれて。これで踏ん切りつけるから、もう三十代になっちゃうしね」
咲江はどんよりした雲を見つめ、雨が降ることを祈った。
翌朝はまだ雨は降っていなかった。
そわそわした気持ちで天気予報を確認すると、昼から雷雨だった。咲江はホッとした。
いつもより念入りにメイクをし、買ったばかりのワンピースをきて、初デートの時のように心は弾んだ。
「きっと誠はくる」
強い気持ちが湧き上がり駅へ向かった。
昼過ぎになり空は真っ暗になっていた。
「雨よ、降れ」
咲江は強く祈った。
カフェでアイスティーを飲み終わる頃、雨が降り出した。
咲江の鼓動が空に伝わったのか、雨は滝のように屋根から流れ落ちていた。
咲江は駅前に止まる誠の車を待った。
あれから一年、誠はどんな風に変わっているのか胸が高鳴った。
バックから手鏡を出しメイクを確認した。
と、その時だった。
「あっ、誠」
咲江はカフェから手を振り店を出た。
ワイパーごしに振り返した誠の手の先に、咲江ではない女性が傘をさして立っていた。
咲江は慌てて傘で自分を覆い、車から下りてきた懐かしい誠の笑顔を見つめた。誠は女性の元へ行き傘の中に入った。そして傘の中で口づけをしていた。
咲江は傘を持ったまま、その場に座りこんでいった。
「大丈夫ですか」
駅員がやってきた。顔をあげる咲江と、誠と口づけしていた女性の目が合い、心配気に咲江を見つめ誠に話していた。誠は振り返った。
誠と目があった咲江の目から虚しさの大粒の涙がこぼれ落ちてきて、誠は目を丸くし傘の中で立ち尽くしていた。買ったばかりのワンピースが土色が滲み、駅員に支えられ立ち上がり、咲江は誠に背を向け歩き出した。
遠ざかる距離。
ずっと待った一年という苦しい時間。
咲江は言葉にならない気持ちで駅の待合室へ向かった。電車がちょうどいい具合に入ってきた。
あるき出したその時
「咲江」
缶ジュースを二本持った誠が立っていた。
その先の誠の車の助手席には、女性が座っていた。
咲江は誠をじっと見つめ
「どちら様ですか」
と、首をかしげホームへ向かった。
電車に揺られながら今さっき来た景色を眺めたていた。ふと
「忘れてるって、男なんてそんなおとぎ話」
佳代の言葉が頭をよぎった。
咲江は夢のようなおとぎ話にいた時間と決別しようと誠のアドレスを消した。
恋しくて 水花火 @megitune3
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