第十五話《日常から非日常へ》
移動を開始してから二十分程が経過して、僕たちは駅前の広場に到着していた。
「少し早いけど‥‥‥二人はいるのかな?」
僕はそう言いながらも周囲を見渡す。
「駅前で集合となるとここくらいしかないだろうが‥‥‥」
咲夜も同様に見渡しているが、中々見つからない。休日だからか、人でごった返しになっているためかもしれない。
「一応連絡を入れてみるか。二人同時に連絡を入れるのは面倒だし俺が送っとくから悠斗はそのまま周りを見ていてくれ」
「了解」
咲夜にそう言われ、もう一度探してみるけど‥‥‥やっぱり見当たらない。けど、かわりに少し気になる人混みを見つけた。
「悠斗、面倒ごとかもしれん。周囲を見渡して何か違和感を感じる部分はあるか?」
苦虫を嚙み潰したような顔で咲夜は言った。
違和感‥‥‥そう言われて、思い当たるのはさっきの光景。妙な場所に人だかりが出来ていた記憶がある。
「あるよ。向こうの方にやけに人だかりが出来ていたんだ」
「ならビンゴ。他がないんだったら多分そこに二人がいる。さっき連絡を送ったが、既読がついて意味の分からない文字の羅列が送られてきた。多分スマホをノールックでいじったんだろうよ」
「それは‥‥‥ナンパにでもあってるのかな、あの二人」
「俺はそうなんじゃないかと踏んでるが、あの二人に限ってナンパなんて無謀な事をされる理由が分からないんだよな」
あの二人は全国的に顔を知られている。社長令嬢でもあるし、能力者としての面でもよく耳にし、顔もよく写っている。だからこそ、あの二人にナンパをかける無謀さを僕ら―――いや、ほとんどの人は知っているのだ。
「そうだね。それは僕も同感だよ‥‥‥って、早く確認しにいかないと」
「ああ、とっとと向かうか。んで、場所はあっちで合ってたよな?」
そう言ってから咲夜が人混みの方を指差した。それに僕は頷き、少し早めの速度で歩き始める。
数秒もせずにその場所に到着し、人混みをかき分けながらその中心に向かうと、見慣れた赤髪と銀髪が揺れているのを見つける。
それと同時に、いかにもチャラい男ら三人が話しかけているように見える。
「咲夜」
「ああ。‥‥‥おい、アンタら。俺らのツレに何話しかけてんだ?」
その声を聞いたであろう三人の男はこちらを向き、天宮さんと白月さんは安堵したかのような顔を見せた。
「なんだテメェ。今は俺らが話しかけてんのが分からないのか?邪魔だからどっか行ってろよ」
―――随分と勝手な言い分だ。
「お前らの事情なんぞ関係ないね‥‥‥って、お前、あの時のナンパ野郎じゃねぇか。懲りずにまたナンパか?」
「‥‥‥っ、なんでまたテメェに会うんだよ!?」
どうやら知り合いらしい二人を尻目に、気配を殺して二人に近づく。
二人は眼鏡や帽子などを付けていて、一目見ただけでは彼女らを天宮さんに白月さんと結びつけるのは難しいと感じる。
それほどまでに印象が違っていたのだ。
「二人とも‥‥‥大丈夫そうだね。それで、何があったの?」
「神城くん。ええ、公衆の前というのもあって強硬手段に出てこなかったから大丈夫だったわ」
「ならよかった。とりあえず、今は咲夜に注意が向いているみたいだしここから離れようか」
僕がそう言い、二人の手を引いて人混みの中に紛れ込み、その間を縫うように移動する。
「まっ―――邪魔すんじゃねぇ!」
男たちは僕に気づくが、もう遅い。
「逆に聞くがお前らに俺らのツレを自由にする権利があると思うか?」
咲夜が壁になり、、ナンパ男たちを邪魔している。そのおかげで何事もなく、無事にこの場から離れることに成功したのだった。
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少しして、壁になっていた咲夜が合流してきた。
「よっすお前ら。無事そうに見えるが‥‥‥大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。それと、さっきは助かったわ」
「本当、咲夜がいなかったらどれだけ面倒な事になってたか‥‥‥。僕がコッソリ二人を連れ出すことも出来なかっただろうし、助かったよ」
「気にすることはねぇさ。んで―――買い物だったか。どこに行くんだ?」
話をそこで切り。咲夜がそう言う。
「ここの近くのショッピングセンター。色々あって服を買う機会がなかったのよね」
天宮さんがそう言い、咲夜がそれに納得したような表情で頷いた。
「成程、少し前まで受験期だったしそんな余裕もない―――いや、二人なら時間くらいなら取れるか?」
‥‥‥僕の場合、異能の覚醒時期の影響で余裕がほとんど無かった。勉強、咲夜との鍛錬‥‥‥正直、入学前が一番過酷なスケジュールを送っていたといえるだろう。そんな僕より、二人の方が余裕があるのは明白なわけで‥‥‥。
「ええ、確かに時間はあったけれど―――」
そこで、天宮さんの言葉を白月さんが引き継ぐ。
「あの時期に何か事件が起きたら問題になるって両親に説得されたから外出が出来なかったのよ。それは朱音も同じね」
「なるほど‥‥‥まあこんな所で一旦話を切るか。ここで話してるだけだと何も進まないしな」
その一言に全員が頷き、歩き始める。今度は誰に構われるわけでもなく、平穏無事に‥‥‥ただの外出に無事、なんて言葉を使うのはおかしい気もするけど、無事に目的の店に到着した。
「‥‥‥これ、僕らも中に入るの?」
「確かに。ここってレディース系の服売り場だよな‥‥‥普通に場違いな気はする」
僕と咲夜の顔は少しひきつっているかのような表情になり、更には気後れする感覚すら感じる。
「その通りだけど‥‥‥仕方ないじゃない。荷物持ちを頼めるような知り合いが二人しかいなかったのよ」
白月さんがそう言い、天宮さんが頷く。
「まあ、予想はしていたさ。っていうか、交友関係狭くねぇか?」
「それには同意するよ。家庭の事情からすれば仕方のない面もあるかもしれないけど、頑張ってみたら?」
「‥‥‥善処するわ」
そう嘆息しながら言い、店の中に入り始めた。
「いらっしゃいませ~。‥‥‥そちらのお二人は彼氏さんでしょうか?」
店員さんがやってきた。男がいる、という物珍しさからかジロジロと見られている。
「いえ、僕らはこの二人の荷物持ちでして」
「なるほど‥‥‥。当店には休憩スペースがありますので、お疲れの際はそちらをご利用ください」
「はい、ありがとうございます」
そこで会話が終了し、店員さんが別の場所に移動するのを見て、咲夜が口を開いた。
「さて、時間はどれくらいかかる見込みだ?十分二十分なら付き合うが‥‥‥」
「そんな早く終わるわけないでしょう。少なくとも一時間はかかるわ」
流石にそれは長いんじゃないか―――そんな事を考えるが、男子と女子の服装に関する認識の違いを考えると妥当な気もする。
「ちなみに、私たちでもそこそこ短い方だからね。長い人はもっと長いわよ」
―――噓だろう!?
「だよなぁ‥‥‥。まあ、予想の範疇だ。じゃあ、俺らはさっき言われた休憩スペースで待ってるから会計の時に呼んでくれ」
僕が呆然としている間にも話は進む。
「了解。それじゃあね、二人とも」
そうして二人と別れ、少し多めの視線を感じながら休憩スペースへと向かった。
「思ったよりもちゃんとしてるね」
椅子にテーブル、近くには自販機があり、思っていたよりもちゃんとした、という言葉が似合うような場所だった。
「ああ、確かにちゃんとしてる。とりあえず飲み物を買ってくるが‥‥‥お前は何飲む?」
「ジュースなら何でもいいよ。‥‥‥ごめん、ゲテモノだけは勘弁して」
そう言ってから僕は空いている椅子に座る。
それから数十秒後、咲夜が自販機の方から戻ってきてペットボトルをスライドさせて僕のもとに届けてきた。
「ほらよ、これでいいか?」
届いたのはコーラ。僕は頷き、キャップを捻ってからブシュッ、という炭酸が抜ける音を聞いてからコーラを喉に通す。
炭酸の刺激が喉に刺さり、甘みとともに流れていくのを感じながら咲夜の方をチラッと見る。
「よくもまあ、炭酸なんて飲めるもんだよなぁ‥‥‥。飲めないこともないが、好んで飲みたいとは思えん」
そう言う咲夜の手にはレモンティーが握られており、似合わない飲み物を買ったように思える。
「正直咲夜みたいな考えは少数派な気がするけど」
「知ってる」
―――そんな風に雑談を交わしてからしばらくして、ようやく二人がやってきた。
買い物かご満杯に服が詰め込まれ、その様子は疑う余地もなく重そうにしているのが見て取れる。
「持つ?」
僕がそう聞くと二人は頷き、テーブルの上にカゴをドン、と音を立てて置いた。
椅子から立ち上がってカゴを持って見ると、そこそこの重みを感じる。
「こりゃ重いな。俺らがいるから多めにでも買ったのか?」
同様にカゴを持った咲夜がそう言った。
「ええ、ちょっと調子に乗ったと反省しているわ」
「そうか。まあ、それは別にいいとして、腕の負担が地味にあるから早めに会計を済ませるか」
「悪いわね。それじゃあ行きましょうか」
そうして僕らは席を離れ、ペットボトルをゴミ箱に入れたから会計へと向かった。
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―――会計で六桁のレシートを見て戦慄したり、昼食を楽しんだりしていたら、あっという間に午後二時を過ぎた。
「―――そういえば、この後の予定って何かある?」
「そうね‥‥‥天音君と神城君は何か用事ある?」
そう言われて、僕と咲夜は考えるが‥‥‥。
「元々何か用事があって外に出たわけでもないし、何もないかな。咲夜は?」
「俺も同じく。やることもないし、帰るか?」
解散には少し早い時間だけど‥‥‥問題はないか。
「了解したわ。それじゃあ、途中まで荷物持ちをお願いしてもいいかしら?」
僕らはそれに頷き、ショッピングセンターを後にする。人通りの多い道から少し外れて、住宅街の中を通り、人がまばらになっていくのを感じながら雑談を交わしていた。
「そういえば、あとどのくらいで家に着くの?」
「まだしばらくかかるわね。一応私と雪の家は隣同士だから、そこまで来たらお別れね」
「‥‥‥気になったんだが、お前らの家ってどんくらい広いんだ?俺ん家の何倍?」
咲夜の質問に二人は少し考える仕草を見せてから話す。
「大体‥‥‥十倍くらいかしら。三階建てだから実際はどうなのかはわからないけれどね」
「凄まじい広さだな。その大きさだと、掃除とか大変じゃないか?」
「使用人がいるからそこは問題ないわね。朱音も大体同じよ」
―――こんな話をしていたからか。僕は、迫りくる敵に気付けなかった。
後から考えれば咲夜でも気付けないような状況だったから仕方ない、とも思ってしまうけど。
言葉を紡ごうとした瞬間、後頭部に衝撃が走る。平衡感覚を失い、意識が遠のいていく。
「ガアッ‥‥‥!?」
咲夜の声が聞こえる。だけど、それ以上を思考するためのチカラが無い。
不意を突かれ、なすすべもなく倒れてしまった僕は‥‥‥そのまま意識を失った。
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