第十四話《休日・朝》

休みの日。僕はやることがなかったから外をあてもなくぶらついていた。


「―――悠斗か。よう、元気か?」


家を出て少し、近所の公園にでも向かおうかと歩いていると、交差点でばったりと咲夜に出くわした。


「おはよう。咲夜は―――珍しいね。この時間から外にいるなんて」


ここの交差点は僕の家からも咲夜の家からもある程度離れた所で、普段の彼がここに来るとは到底思えない。


「確かに、俺が家から出てるなんて珍しいか。まあ、少し事情があってな」


「事情?」


基本家から出たがらず、修行以外では外に出るつもりはないと公言している程の出不精である咲夜が家から出るなんて、よっぽどの事だろう。それこそ、家が取り壊されたとか、電気が使えなくなったとかの。


「ああ。なんて説明すればいいのか‥‥‥簡単に言ってしまえば、家の工事があった」


―――家の工事。それを聞いて、僕は少し訝しんだ。なにせ、咲夜の家は最近建築されたばかりらしく、工事を行う程の問題が発生しているとは思いがたいのだ。


「工事って‥‥‥何かあったの?」


疑問を口にし、首を傾げる。


「大体は姉さんが話を進めていたからか話半分くらいにしか聞いていないんだが‥‥‥どうやら、俺の家の庭に空間拡張技術ってのを導入するらしい」


「空間拡張技術‥‥‥って、そんな大掛かりなモノを個人の住宅に付けるの?」


―――空間拡張技術、正式名称はなんか長くて覚えられそうにないから省くが、その技術は学園の異能場にも備わっている機能だ。


最初の異能実技の授業で、異能場を使用したとき。あの時は、十数人もの生徒が同時に戦闘を行っていた。


異能場の構造は、楕円型のドーム状の建物で、高さ二十メートル、面積がおよそ二万平方メートル、といったところか。二万、と聞くとかなり大きな数字に思えるが、実際は百メートル四方の正方形ぐらいが戦闘エリアであり、その他は準備室や倉庫、観客席などによって構成されており、僕らが全員戦える広さがない。


だが、それを解消しているのが話に上がった空間拡張だ。その技術によって異空間を生成することで同時戦闘を可能にしていたのだ。

ちなみに、異空間とあるが、外から見ると黒いベールのような結界で戦闘エリアが囲まれており、そのベールに映った映像から、中の様子を見ることができる。


空間拡張、それについて軽くおさらいをしていると、


「空間拡張技術の一般化に向けての試用とやらをやってほしいんだとさ」


そう、面倒くさそうな表情で咲夜は言った。


「へえ‥‥‥って、どんなツテがあればそんなことをすることになるのさ‥‥‥」


まだ世間一般には広まっていないものを試用とはいえ導入する。それは普通の一般家庭ではありえないようなことで‥‥‥。いや、咲夜は別に一般家庭って訳じゃないけどさ。


「そういえば姉さんはいるって話はしても姉さんの仕事について話をしたことはなかったな。まあ、守秘義務やらなんやらであまり口外して良いことじゃないから詳しくは言わないが‥‥‥まあ、国をまたいで色々やってる、ってところか」


‥‥‥咲夜の家にお姉さんがいたことはない。咲夜曰く、都合が合わないとか言っていたけど‥‥‥国外に出ているんだったら納得もする。


「国外で‥‥‥凄い人なんだね」


僕がそう言うと、それに咲夜は頷く。


「ああ、実際凄い人だ。美人だし、頭もいいし強い。天は二物を与えずとは言うが―――そんなの噓だろ、ってくらいには凄いぞ」


「強いんだ、咲夜のお姉さんって」


僕が気になった点を溢すと、咲夜はニヤッと笑った。だが、どこかげっそりとしたような表情も垣間見え、何かあったのかと思う。


「―――ああ、強い。嫌になるくらいには強いぞ。なにせ俺の体術の師匠だ。俺じゃ手も足もで―――るが、十秒打ち合ったら思考が追いつかなくなる」


―――それは強い。手も足も出ない程じゃないらしいが、それでも咲夜が十秒しかもたないのは今まで僕が見てきた咲夜では想像もつかない。


「―――まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。それで、そっちはなんでここに?」


「‥‥‥暇だったんだよね。今日は特にやることもなかったし‥‥‥家にいる気分でもなかったから気分転換に歩いてみようかなって」


それに納得したのか、咲夜は頷く。そして、そのまま目を閉じて顎に手を当てた。


「ふむ‥‥‥それなら俺も付き合お―――悪い、連絡が来た」


咲夜がそう言うのと同時に、僕のポケットの中にあるスマホが振動する。


それを開くと、連絡アプリに通知が一件入っていた。送ってきたのは‥‥‥天宮さんだ。かなり珍しい―――どころか、今まで一度も連絡が来たことがない。友人だから交換しただけで、僕ら四人は全員休日に積極的に会話するタイプではない。個々の時間を大事にするような人間なのだ。なのに、連絡が来たということは‥‥‥何かあったのだろうか?


アプリを開き、送られてきた文面を確認する。


『今日って暇?暇なら私と雪の買い物に付き合ってもらってもいい?』


―――本当に珍しい。まさか、買い物に付き合わされるなんて思ってもいなかった。彼女の性格的に僕を誘うなんて事はないと思っていたんだけど‥‥‥。


返信をどうするか悩んでいると、咲夜が声をかけてくる。


「悠斗、お前今天宮か白月のどっちかから連絡来なかったか?」


まさに今天宮さんから連絡が来たところだ。それを知っているってことは‥‥‥咲夜も同じ要件が来たのかな。


「うん、天宮さんから来たよ。そっちは?」


「白月からだ。そうなると‥‥‥よし、付き合うぞ」


―――これもまた驚きだ。二人が僕たちに連絡したのもそうだが‥‥‥咲夜が彼女らに付き合うなんて。僕の知っている咲夜はそんな事をしそうな気がしないのに。


「‥‥‥お前今滅茶苦茶失礼なこと考えたろ。まあいい、実際面倒だから付き合うつもりは無かったが―――俺の第六感が働いた。なんか買い物に付き合わないと後悔するぞ、って感覚が頭の中を巡ってるんだよな」


後悔するぞ‥‥‥か。


咲夜の話を聞いて、僕は一旦思考を落ち着かせる。そうすると、胸のあたりで何かが詰まるような感覚になり、僕の感覚が警鐘を鳴らす―――そんな気がした。

第六感なんて到底信じられないけど、今の僕が感じたこの感覚が間違っているとは思えない。


「―――わかった、僕も行こう。何か嫌な予感‥‥‥って言うのかな。僕にもそういう感覚がするよ。これが杞憂であるのが一番なんだけど‥‥‥」


「ソイツには同意するぜ。俺らの杞憂であって何事もなく終わる‥‥‥それが一番だ。それと、早いうちに返信した方がいいぞ。遅くなったり既読無視したら信用を失うからな‥‥‥」


妙に実感の籠った遠い目で咲夜は手元のスマホを操作し、僕もそれに続いて返信を返す。


返信を返してから数十秒後、チャット欄が更新された。


『ありがとう。集合場所は駅前で、時間は今から三十分後でいいかしら?』


それを見たのと同時に、ここから駅までの距離と時間を思い出す。


確か一キロと少しくらいだったから‥‥‥歩いて二十分もかからないか。


『時間と場所、共に問題ないよ。今から向かうね』


返答を返し、それに既読がついたのを見てから、咲夜の方を向く。


「―――そっちも終わったか。一応確認するが、今から三十分以内に駅に向かうってことで問題ないな?」


「うん、僕も同じだよ。それじゃあいこっか」


僕のその言葉に咲夜は応、と返事をして、僕らは歩き始めた。

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