第十六話《誘拐事件》

 ―――知らない天井だ。


 ズキズキと痛む頭を押さえながら起き上がった俺を待っていたのは、ねずみ色、コンクリートによって構成された天井だった。


 背後からの奇襲を受けたのが最後の記憶だ。なら、今の状況は‥‥‥誘拐されたのか?


 ふと、周囲を見渡すとさっきまでの俺と同じように横になっている三人が見えた。


「《魔導の体現者マギカ・ユーザ》―――クソっ、発動しねぇ」


 能力を使い、軽く診察しようとしたが不発。どうやら異能が制限されているらしい。


「ってなると‥‥‥触診するしかないか?悠斗ならまだしも女二人にはやりたくねぇな」


 そうやって俺が悩んでいると、三人がピクッと痙攣を起こし、ゆっくりと起き上がった。


「んあぁっ―――ここは‥‥‥いや、確かさっき襲われて‥‥‥」


「‥‥‥痛いわね」


「頭がガンガンするわ‥‥‥。それはそうと三人とも、大丈夫だったかしら?」


 三者三様の反応。それを見て、恐らく体に異常がないだろうと推測する。


「お前らも起きたか。まずは‥‥‥体調だな。どこか調子が悪いところはないか?」


「そうね‥‥‥未だに頭痛がするけどそれ以外は快調」


「私も同じく頭痛のみよ」


「‥‥‥そうだね、僕も頭痛だけだ」


 ―――だろうな。誘拐犯の姿は確認できなかったが、気絶した要因は背後からの奇襲。頭に強烈な一撃を叩き込んだことによるものだろう。


「なら問題はない。それで、今の状況だが―――」


 俺が口を開いた瞬間、コツン、コツンと足音が鳴り響く。俺達は誰一人歩いていない。だったら、ソイツは―――誘拐犯だ。


 ソイツが到着する前に、俺は小声で三人に話しかける。


「誰か来た。受け答えは俺がするから黙っててくれ」


「お目覚めのようだね、諸君」


 少ししゃがれた声。齢にして四十程だろうか。


「‥‥‥目覚めは最悪だがな。で、アンタは何の用事でここに来た?」


「―――まず、諸君らは誘拐された。本来は《獄炎の巫女ヘルフレア》と《氷雪の女王コキュートス》の二人だけだったのだが‥‥‥都合が悪いことに貴様ら二人がいたがね」


「成る程、俺達の状況は理解した。それで、その他に言うことはあるか?」


「ああ、勿論だ。‥‥‥結論から言おう。君たちをを誘拐するように依頼があった」


 成程、依頼か。想定はしていたが‥‥‥目的は何だろうか。


「依頼か‥‥‥。目的を聞いてもいいか?」


「‥‥‥人体実験、だそうだ。中々に胸糞が悪い話だよ」


「だったらなんでアンタは俺達を拐ってるんだよ。‥‥‥いや、違うか?」


 人体実験に抵抗を持つ―――つまり、最低限の倫理観は存在する、ということだ。なら答えは―――。


「‥‥‥アンタ、傭兵か。どっかの企業やら組織やらから依頼を受けた―――その認識で構わないか?」


「‥‥‥中々鋭いな。確かにその通り、私は傭兵として活動しているよ」


 傭兵―――それは誰かから合法、非合法を問わず依頼を受ける人物のことだ。俺達を不意打ちとはいえ一瞬で気絶させたとなれば―――かなり手慣れている。


「今後の予定についてだが、今から二時間後、ここで依頼人に受け渡しを行う。それまで大人しくしておくといい」


 そう言い残して、男はここから立ち去っていった。


「‥‥‥よし、作戦会議だ」


 大人しくするつもりは一切合切ない。一見脱出不可能な環境でも―――俺の力がその理を捩じ伏せる。


「作戦会議って‥‥‥そもそもここから出られない以上、何もすることがないじゃない」


 そう、俺達の周囲は檻で囲われていて、なおかつ異能が使えないこの現状―――はっきり言って詰み、だろう。


「いや、脱出は可能だ。俺達がこの檻にぶちこまれた以上、どこかに出入口があるはず。なら、そこを蹴破ればいい」


「蹴破るって‥‥‥異能も無しでどうやって―――もしかして、気?」


「正解。俺と悠斗でいけば壊れるか、または歪むか。なんにせよ、脱出に繋がる行動になる。だが、仮に出たとしてもそう簡単に逃がしてはくれないだろうし、対策を考える必要がある。だからこその作戦会議って訳よ」


 現状分かってるのはあのオッサンの身分のみ。後は‥‥‥予測になるが、オッサンの戦闘スタイル。堂々とした立ち振舞い、姿勢の良さ、体の太さ‥‥‥それらを総合すると、近接戦闘を得意とすると予測出来る。


「基本的にはステルス行動でいきたいけど‥‥‥蹴破ったら流石に音でバレるよね?だったら、正面から戦闘する感じになるのかな」


 悠斗のその言葉に、少し考え込む。


「‥‥‥実際、正面戦闘は避けられないだろうな。正直に言うが‥‥‥勝率はかなり低い。だからこそ、俺も戦闘は避けたいんだが‥‥‥」


 不可能だろうな。


 その一言を飲み込み、話を続ける。


「―――まあ、それはいい。それと、俺が懸念しているのはもう一つある」


「仲間の存在かしら?」


 中々に頭の回転が早い。俺は少し感嘆しながらも、言葉を紡ぐ。


「そうだな。俺は少なくとも一人、仲間がいると考えている」


「理由は?」


「あのオッサンが近接系の異能だと予測出来ることと‥‥‥いくら不意打ちとはいえ俺が攻撃されるまで気付かないのがおかしい。一応だが、俺は気配察知能力が高い。それこそ、並みの隠密系の異能なら看破出来るくらいにはな」


「改めて聞くと意味分かんない能力してるよねぇ‥‥‥。隠密系の異能を突破出来るってなんなのさ」


 そう言う悠斗だって最低限の気配探知はできるだろうが。

 と、言いたくはなるものの、話を脱線させないために黙っておく。


「だからこそ、少なくともアイツ以外で俺達を気絶させた犯人がいるか‥‥‥他人の気配を消す能力を持っている奴がいるか。後は道具で何とかした可能性もあるが‥‥‥俺が手に入る情報の中で日本がそういった物を持っているなんて聞いたことがない」


 我が姉から聞いたことを思い出す。

 戦闘利用される技術として挙げられるのは、精々異能を補助、強化する―――『異界武装』だろう。

 あの男が隠密系の異能持ちなら俺を欺けるのも納得だ。だが、覇気が違う。あれは紛れもなく戦士としての覇気で、姉みたいな―――隠密系特有の覇気とは違う。カゲロウのように揺らめくのではなく、溢れ出て自身を誇示するかのような強い覇気。それがあの男から感じられた。


「だからこそ、俺は仲間がいると予想するが―――まあ、それとは別に更なる問題がある」


「人数、だよね?」


「ああ。最低一人、恐らく二人以上だと予想はできているが‥‥‥それでも、何人かは予想がつかない。俺の予想だが、仮に捕らえるのに失敗―――またはここからの脱走に成功したとして、天宮と白月の二人を相手にしても勝てるような異能使いがいるはずだ」


 本来、こういった誘拐は100%の勝算を以て臨む。あの男だけで二人を制圧できるか、と言われたらまあ可能なんじゃないかとは思う。だが、それは絶対ではないだろう。ならば、何かしらのメタを張っていなければ安心出来ない。俺だったらそう思うはずだ。


「人数としては三人、いや四人くらいか。相手にとって誤算だったのは‥‥‥俺と悠斗の存在だろうな。だから、相手が何人いようがワンチャンある」


 そこで皆の反応を伺う。誰一人として怯えておらず、決意に満ちた表情をしているのが分かる。


 ―――これなら、問題なさそうだな。


「よし、情報を整理するぞ。まずは俺と話したあのオッサン。俺の見立てでは近距離戦闘が軸になると予想している。また、他にも仲間がいると予想を立てたが‥‥‥合計二人なら俺と白月、悠斗と天宮のツーマンセルで対処」


 一呼吸挟み、続ける。


「三人なら俺と白月で一人ずつ、悠斗と天宮で一人倒してからこっちのフォローを頼む」


「了解。でも、咲夜ならまだしも白月さん一人で大丈夫なの?」


「問題ない。《氷雪の女王》は耐久に向いている能力だ。倒せるならそのまま押しきってもいいが‥‥‥無理でも俺らが倒すまでの時間稼ぎなら出来る。‥‥‥白月、いけるか?」


「ええ、問題ないわ」


「オーケーだ。四人ならそれぞれタイマンをする。ただし、あのオッサンと戦うのは俺か白月だけだ。それ以外のマッチングは自由とする。で、最後の五人以上いた場合だが―――この場合は俺と天宮、白月の最大火力で押し通す。それで、打ち漏らしがあれば悠斗が詰めてくれ。多分だが、俺らは動けなくなるからな」


「‥‥‥悔しいけどその通りね。流石にインフェルノを打ったらしばらくは《獄炎の巫女ヘルフレア》は使えないわ」


「私も同じく。まあ、頑張りましょうか」


「―――よし、大まかな流れは理解したな?」


 話の整理が完了し、それぞれのやるべきことを俺なりに考えた。後は通しきるだけだ。


「作戦は基本ステルス。だが、九割九分バレるだろうから‥‥‥そうなったら戦闘だ」


「―――負けてもまあ死ぬことはないだろう。だが、このまま捕まっている訳にはいかないだろ?」


 全員が頷き、表情を引き締める。


 少し歩き、鉄格子の前に立つ。


 ‥‥‥一見すると見当たらない違和感。だが、一面だけ溶接が甘い部分があった。


「正面の鉄格子、恐らくだが後付けされたものだ。溶接が甘いここが狙い目だろう」


 深呼吸をする。溶接が甘いと言ったが、あくまで俺の推測でしかない。だからこそ、少し怖い。失敗に恐怖する心が残っているのはここが日本だからだろうか?それとも、人の命を預かっているからだろうか。まあ、そんなことを考えている暇があれば―――動け。


「時間があまりないし今から動き始めるぞ。‥‥‥悠斗」


「了解。カウント、行くよ」


「3」


「2」


「1」


『―――零ッ!!』


 ドゴォッ!!、と轟音が鳴り、鉄の棒が二本、地面に転がる。俺の蹴りによって上部の溶接が外れ、悠斗の蹴りで鉄格子が吹き飛び、俺達は檻の中から脱出することに成功した。


 ―――ふと、吹き飛んだ鉄の棒を見る。


「《魔導の体現者マギカ・ユーザ》―――【ブレイズ】、スラッシュ」


 檻から抜け出したことで使用可能になった異能を起動し、鉄の棒を半分に切断する。

 切断した棒を持ち上げると、そこそこの重みが感じられた。


「何をしているの?」


「武器の調達。正直ウェポンメイクで作成できる氷剣は軽いし強度が足りない。だが、こうやって芯を用意できれば多少はマシになる」


 こんな場面でもなければこの手法は使わなかっただろう。相手は一流、または二流か。学生とは格が違うと言えるほどの格上を相手にして武器の強度が足りなくて負けました、とかあったら話にならない。

 だからこそ、多少重かろうが継戦能力を高める為にコイツを採用する必要がある。


「‥‥‥重さも長さも問題ないな。さっきの音で俺らに何かあった事がバレている筈だ。見つからないうちに逃げるぞ」


「わかったわ」


 近くにあるドアまで移動し、ドアノブを捻ると何の抵抗もなく開き、その先の景色を映す。


「大量の段ボール‥‥‥まさか、倉庫か?」


 広めの空間、大量の段ボール‥‥‥そこから予想できる場所は倉庫しかない。‥‥‥広めの空間?


 ‥‥‥何故、俺は広い空間に疑問を抱いた?


 その疑問が脳天を巡り、数瞬の後に結論に到達する。


 ―――やらかした。意図してるのかどうかは知らないが、俺らの閉じ込められていた部屋の、その先こそが―――敵の待機場所。それすなわち、予想外のタイミングでの接敵だった。

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