第二話《氷雪の女王》

『―――試合終了。勝者、神城悠斗』


‥‥‥正直、負けると思っていた。最後の―――【撃】。アレで仕留めきれなかった以上、敗北は本来なら確定していたが―――彼女の慢心と悠斗の最後っ屁が功を奏してギリギリで勝利できた。だが、その代償は大きい。終了と同時に倒れたが‥‥‥アレは気の使いすぎだろう。技を連発してたからか、残量が空になったんだろう。


俺の隣に搬送され、横になっている悠斗を見て、俺はそう考える。


「まあ、よくやった方だろ。お疲れさん、悠斗」


俺がそういった直後に遠くから声が響く。


「―――第二回戦を始めます。氷川渚沙、海音永遠」


二回戦が始まる。俺はそれを横目に、目を閉じ瞑想を始める。

対戦相手は見覚えがある。白月雪―――確か、天宮朱音と同じくSランクの能力者だったか。属性は恐らく氷。個人的には炎より厄介なんだが―――まあやりあうまではわからないか。


━━━━━━━━━━━━


「第四十回戦、白月雪、天音咲夜」


―――とうとう来たか。


「‥‥‥咲夜、起きてる?」


閉じていた目を開けると、悠斗が気絶状態から復帰していた。


「―――起きてたのか。ああ、問題ない」


そう言い残し、フィールドの上に移動する。


「さて―――白月雪。なんか言いたいことがあるなら聞いてやるよ」


煽りの意を込め、白月雪に話しかける。だが、彼女はそれに反応することなく、横にある台座に触れた。

それを見て嘆息しながら俺もその台座に手をのせる。


『戦闘シミュレーションを開始します。10,9,8‥‥‥』


魔力総量を確認。最大値を算出。身体能力の確認、異常なし。イメージと現実の同期を開始―――完了。準備完了、気合い入れていくか!


『‥‥‥3,2,1―――0』


―――ブザー音。


「《魔導の体現者マギカ・ユーザ》―――【フロスト】」


「無駄よ―――《氷雪の女王コキュートス》」


氷が吹き荒れる。それは双方から発生し、お互いの中央でせめぎ合う。


「―――ランス!」


氷の槍を精製、射出し―――破壊。吹き荒れた氷の嵐に押し負け、槍は消え去った。


「‥‥‥まじか」


「その程度?―――《氷雪の女王コキュートス》」


―――押し負ける。これ以上出力を上げると‥‥‥先に、スタミナが切れる。なら―――!


「《魔導の体現者マギカ・ユーザ》―――【ブレイズ】!」


属性を氷から炎に転換。吹き荒れる氷を炎に書き換える。焔が舞い、熱風が氷の嵐へと吹き付ける。

その炎は《氷雪の女王コキュートス》の氷を溶かし、氷の侵食を止めた。


「ふぅ―――コレ、どうやって接近すんだよ‥‥‥」


―――魔力が足りん。なんとか押しとどめているが‥‥‥これ以上はキツイな。なら‥‥‥ダメージを受ける前提で突っ込むしかない。


「―――イグニッション」


体が燃える。表皮が焼ける感覚と共に―――加速した肉体を駆動させて、俺は距離を詰める。


「そんなことをしても無駄よ―――《氷雪の女王コキュートス》」


幾つもの氷塊が精製されて―――射出。


「《魔導の体現者マギカ・ユーザ》―――【フロスト】、ウェポンメイク」


両方の手に長剣―――ロングソードを生成し、それを振るうことで氷塊を砕く。


「天式体術―――複合・【瞬空】」


一歩目―――地面を踏み、空中へと跳ぶ。二歩目―――空気を蹴りつけ、白月雪の上を取る。


「ッ―――セァッ!」


体を縦に回転させ、車輪切りを放つ。―――が、途端にその動きが止まる。ただ剣が止まっただけでなく、落下する気配すらも感じられない。身動きが取れないなんてレベルじゃなくて―――。


「―――だから無駄だって言ったでしょう」


‥‥‥何が原因だ?いや、そんなことを考える余裕なんか―――ッ!?


「《魔導の体現者マギカ・ユーザ》―――【グローム】、アクセルッ!」


加速。ギリギリのタイミングで復帰し、瞬間的にバックステップを行う。ふとさっきまでいた場所を見ると、そこには氷の針山が突き立っていた。


―――改めて考え直せ。なんで止まった?

原因も何も無い。ただ、急に動きが止まったんだ。体が冷え固まったなんてことはないし、燃えている以上凍りつく事もない。なら、他のところに要因があるわけで―――。


「まあ、まだわかんねぇし‥‥‥遠距離戦をするしかねぇか。《魔導の体現者マギカ・ユーザ》―――【ブレイズ】、ランス」


炎の槍を数本生成、背後にセット。相手の行動を確認する。

正面には同じ本数の氷の槍があり―――俺達は同時にその槍を放つ。


「―――次だ。ブレス!」


正面に魔法陣を展開し、その中から焔の息吹を放射させる。


「―――《氷雪の女王コキュートス》」


白月雪が《氷雪の女王コキュートス》にて展開した壁でその息吹を防ぐ。

瞬間、俺はそれを目くらましにして接近する。


「《魔導の体現者マギカ・ユーザ》―――【フロスト】、クラフト!」


左の剣を地面に突き刺し、氷の柱を生成し―――正面から叩きつけようとし、それはまた停止する。


「《魔導の体現者マギカ・ユーザ》―――【グローム】、ゼロスラッシュッ!」


攻撃が停止する事を読んでいた俺は、柱を壁に間合いを零にし、俺の持つ最速の一閃を放った。

―――右手には斬撃が通った感覚。確認すると、その刃が胴体に直撃していた。


「ガッ―――!?コ、《氷雪の女王コキュートス》!」


「―――アクセル!天式体術―――【空】」


アクセルにて空中へ跳び、空を蹴って離脱。

燃え盛る肉体とは裏腹に、冷静に思考する。


―――なるほど、読めてきた。俺の攻撃や動きが止まった理由‥‥‥そのタネはもう理解した。あの能力は―――簡単に言えば空間停止。異能によって展開された空間では全ての原子の動きが鈍くなる。どっかで見たことがあるが―――確か、温度が低くなると物体の運動が停止する、だったか。正直合ってる気もしねぇしそれを確認する気もない。だが、原理は単純明快。物体の運動が行われていない、これだけは確定だろう。それなら―――俺のゼロスラッシュが命中した理由も分かる。

ゼロスラッシュ。それは、超速の一閃。ただそれだけの単純な魔法だが‥‥‥コイツは《氷雪の女王コキュートス》とは逆で、物体の運動を最大まで高める効果を持っている―――と、考えてもいいだろう。運動停止と運動増強が衝突した場合―――今回は《氷雪の女王コキュートス》のキャパシティが足りず、俺のゼロスラッシュが通った。恐らく生半可な加速だと負けるだろう。なら―――短期決戦。俺の魔力も残り半分、体力は‥‥‥まったく余裕がない。さっきから視界に映る体力ゲージは残り二割だし、全身の感覚もなくなってきた。


「‥‥‥貴方、何をしたの?」


何をされたのか分からない、といった表情で質問してくる。


「敵にばらすわけないだろ。それに‥‥‥俺の行動を無駄無駄言ってるテメェに教えたくもねぇな!」


気合いを入れ直し、足に力を込める。

そんなに余裕もないし―――一気に仕掛ける!


「よし―――アクセル、天式体術―――【瞬】」


視界が一瞬にして切り替わる。俺はその感覚についていけず‥‥‥数瞬遅れて反応、そこから次の魔法へ繋ぐ。


「ゼロスラッシュ!」


一閃。だが―――放った刃は氷の針山にて止められ、俺の肉体にまで貫通してくる。


「グァッ‥‥‥セット―――レールガン」


氷柱の一つに魔法陣をセットし‥‥‥俺はそのまま腕を動かし、氷を砕く。


「もう一発―――」


「《氷雪の女王コキュートス》!」


「ゼロスラッシュ―――四連!」


閃光が駆け、氷が喰らう。俺の刃は氷を砕くが、そこで刃が止まる。そして、両腕には氷が絡みつき、俺はそれを振り切ろうとし―――二太刀目を放つ。

氷のかけらが宙を舞い、三太刀目が《氷雪の女王コキュートス》を超え―――届いた。表皮を僅かに切り裂き、一歩踏み込んで四太刀目。


「これで―――ッ」


「―――凍れッ!」


俺の攻撃と白月雪の台詞は同時だった。そして、俺の動きが停止した。ゼロスラッシュですら動かない、腕が完全に凍り付いたことによる限界が訪れたのだ。


―――ここまで来てそれかよ。正直、この展開を予想してなかったら負けてたし―――今からやる賭けに負けたら敗北する。

凍り付き、うまく働かない喉を震わせ、最後の仕掛けを発動させる。


「―――起、動、レールガン」


背後から一筋の光が迸り、ソレを視認したほんの数瞬後、轟音が響いた。


「‥‥‥お前に通るモンはゼロスラッシュだけじゃねぇ。俺のこの一手を読めなかった事が―――お前の敗因だ」


『―――試合終了。勝者、天音咲夜』


フィールドが解除されるのと同時に、俺の肉体を襲っていた痛みが消える。

両腕を見てみると、貫かれた痕跡はなく、初めから無傷であったように感じる。


「‥‥‥さっきまで燃えたり刺されたり散々だったのに‥‥‥凄い違和感を感じる」


さっきまでの感覚はまだ残っている。そんな感覚を無視して―――観客席に戻った。


「お疲れ様。凄かったよ」


席に着くと、悠斗が話しかけてきた。


「まあな。正直―――俺とお前の対戦相手は逆のほうが絶対楽だったろ」


「やっぱりそう思う?咲夜は何回か動きが止まってたけど‥‥‥アレ、多分僕には効かないでしょ」


「―――そうなんだよ。アレも結局は異能の力だし、速攻を仕掛けて連打すりゃ勝てるだろ。俺は天宮朱音と当たった場合は―――うん、こっちも接近でゴリ押しが最適解だな」


正直アクセルゼロスラッシュのコンボで秒だろ。負け筋が思いつかん。


―――そうして、終了まで雑談で時間を潰した。


━━━━━━━━━━━━


『試合終了。勝者、鈴守刀夜』


四十五戦目が終了し、全ての戦闘が終了した。


「―――皆さん、お疲れ様でした。今日の結果が発表されるのは入学式の日です。それでは、今日は解散とします。帰ってもいいですよ~」


その言葉の後、ぞろぞろと人々が第一異能場から退出していく。

俺達もその波に乗りながら移動する。


「―――この後はどうする?」


「そうだね‥‥‥ちょっと付き合ってもあってもいいかな」


悠斗がそう言い、何をするのか察した俺は笑みを浮かべ、返答する。


「どうせ、天宮朱音に負けかけたのを根に持ってんだろ?いいぜ、次は―――」


「―――うん、次は完勝だ。だから‥‥‥勝負だ!」


俺は黙って頷き、今後のことを考え出した。

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