第25話 悪魔≒女神

「此処はいつ来ても変わらないな。」


 これが夢であると自覚しながらも、変わりないこの風景を見渡した俺は、そこにいるであろう奴の存在を探していた。


「ここにいるよ。」


 辺りの星屑に眼を奪われながら、声のする方へ足を運ばせる。

 毎度のことだけど、正直此処は凄い。多くの冒険のなかで、絶景を味わいつくした俺だが、この世界はそのどれにも比肩できない。

 この世界を作品として、もし名前を付けることが許されるなら、『星の箱庭』が相応しい。

 奴曰く、此処は邂魂結界の内側というものらしいが、ほんと何言ってるのか全く分からん。


「やあ。ご苦労様。」


 そうこうしているうちに、箱庭の中央に辿りついた。


 相変わらずの完璧な手入れガーデニングに恐れ入る。王国、竜王国と豪勢な庭園にお邪魔してきた俺だが、これまた格が違う。


 この天の小川は何処に繋がってるんだ?

 それにこの世界に飛び交う青い蝶は何処からやってきた?

 これ程の神秘だ。外の世界で再現することはできないんだろうな。


「何~? 私よりも庭の方がご執心なの~?」


「……別にいいだろ。減るもんじゃないし。」


 いかん、本来の目的そっちのけで浸ってしまった。そろそろ此処の主様に構ってやらないと。

 

「じゃあこっち。」


 庭の中央を飾るガゼボ。そこの卓に座るよう勧めるられた今の俺に、拒否権などないのだ。

 何せここには、代償を払いに来たんだから。

 

「はい。どーぞ。」


 雑に座った俺に、エレシアは茶を勧めてきたが、今日は長居する気はないんだ。


「すまんが早くしてくれ。お喋りする気はねぇよ。」


「ムッ。何それひどくない? 人が折角お茶を出してあげてるのに~」


「だってこれ……毒だろ?」


 あからさまにギクッて反応してんじゃねぇよ、この腹黒性格破綻女神が。このパターン何回やってると思ってんだ。


「……失敗から人は学ぶんですね。成長したね、アゼル。」


「感動風の流れに持っていこうとしてんじゃねぇよ。殴んぞ毒殺未遂女神。」


「あたりきつぅ~い!!」


 あ~駄々こね始めちゃったよ。こうなるとほんと面倒なんだよなぁ~。もういっか。はやく終わらせて安静に眠りたい。

 そうと決めた俺の行動は早い。


「あれ~~? 今日は随分と積極的だね?」


「早く終わらせたいんだよ。」


 いつも通り、左手を握り、そして開くを繰り返す事、三度。その感覚を体に馴染ませた俺は、上半身をはだけさせ、首筋を突き出し誘惑する。


 厭らしい舌なめずりを見せる女神という名の悪魔は、立ち上がり俺の後ろへ。


「そんなこと言って、ほんとは興奮してるくせに。」


「なわけあるかボケ。さっさとやれ。」


「は~い♪」


 馳走を前にした女神はご機嫌なご様子で。

 眼の前のオスを捕食すると決めた悪魔は、その首筋に真っ白な腕を絡ませていく。

 後ろから交わる両腕。もたれかかる柔らかな肉の重み。


 大きく息を吸ったエレシアは涎を垂れ流しながら、その鋭利な牙で俺の血管を突き破った。

 失われていく血とともに、身体から自由が奪われていく。


 そして、今回蘇った記憶は勿論の事、ルーヴァンとの戦闘だ。


「ッ……。」


 あの時の痛みが再臨し、思わず俺は歯に力を入れた。


 時間が逆算していくように、痛みの最高点から戦闘前までの肉体へと戻る、そんな不思議な感覚に見舞われながらも、俺は毎度のことだと割り切った。


 まあ仕方ないことだよ。傷を癒し、力を代行するかわりに、経験値ロードを差し出す。それが『エレシア』とだからな。


 それにしても、今回は結構長い……。早く離してほしいんだが、それだけ痛い経験だったって事か。非常に味わっていらっしゃる。


 ここで食事を邪魔したらもっと吸われそうだからな。大人しく待とう……。


「ぷはッ!」


 そして、まるで息を止めていたかのように、やっとエレシアの牙は抜かれた。

 

「……お前、吸いすぎだろ。」


「肉塊となり果てた腕の損傷、『流派拡張ルーツ・ロー』による攻撃への守護領域。十分妥当な代償だと思うけど?」


「……悪魔の癖に正論述べんな。」 


「えっ? シンプルに酷くない?」


 ああ。自分でもクソ酷いって分かってるけど、お前に関しては良心すら向けようと思わんわ。


 さっさと服着て、この世界からもおさらばだ。


「もう行くの?」


「あぁ。明日も朝早いんでな。」


「嘘つき。無職のくせに。」


「無職じゃねぇよ。」


「じゃあ謹慎中の誰かさんはなんて言うのかな? 無職予備軍とか?」


「うわぁ……。カウンターえっぐ。」


 ……ああそうだよ、ぐうの音もでねぇよ。


 俺は早々に服を羽織ると、身体に異常がないか、腕の感覚から確かめた。交互に同じ力で、再び左手を握り、又開ける。


 経験値ロードを吸われるという事は、総合値パラメータの損失に等しい。だからこうして、元冒険者としては、前の感覚と今とで誤差を修正する必要がある。まあ名残のようなものだ。


「どう? 『Level』は下がった?」


「……いや。そうでもない。」


「さっすがぁ~。もうこの程度の傷じゃ糧にすらならないんだね。」


「そうでもないさ。ルーヴァンは強かったよ。」


「それはあの女に縛れていたからでしょ? だから本当の脅威じゃない。貴方が味わい尽くしてきた経験値絶望には、遠く及ばない。」


 今日は随分とお喋りなことだ。

 エレシアは俺の事を良く分かっている。何せ天界の頃から、こいつは俺のストーカーだ。


 だから長い事一緒にいるせいか、それとも人の心を惑わす悪魔故か。一丁前に言うことは間違ってないんだよな。それは一つの、理解者でもあるって、そう言えるんじゃないかな。だから喋っていて不覚にも心地が良いと思ってしまう時がある。


 だけど、一つ言わせてくれ。顔が近かいんだよ。 


「おいエレシア。一つ聞いときたい。」


 人との距離感が分かっていらっしゃらない女神さまは、「ウグッ!?」という声を上げながらも、俺は顔面を強く押しのけた。


「お前、何企んでんだ。」


「……さて。お茶の続きでも。」


 への字で文句を言い出しそうな女神であったが、痛いところに触れられるや否や、わざとらしく目を背ける。


「おい待て。」


 こうなれば強引にでも吐かせてやる。

 俺は首根っこを掴んで、今度は目を背けれない距離で視線を交わしに入る。


「ねぇ……ちょっと。」


「ちゃんと答えろ。」


「……距離近い。」


「ならさっさと答えろ。」


「うぅ~~~~」


 まるで乙女のように唸り始めたエレシア。でもそういう名演技は要らないんだよ。


「で、どうなんだ。」


 ここじゃ俺達は二人……まあ正確には三人だけど。『セレシア』にこの距離間は悪寒だろうけど、容赦なく問い詰めさせてもらおう。


「も~~わかったから。離して。」


 いじらしい表情しながら、エレシアは俺の胸板を押す。

 どうやら観念したらしい。


「で、なんでお前はミシェーラに眼をつける。ただの女の子だろ?」


 記憶の新しい医務室での事。エレシアは何故かミシェーラという一学生にご執心のようなのだ。

 俺はその理由が知りたいが故に、迫真の勢いで距離を詰めた。


「本気で言ってる?」


「何がだ?」


「そう……。やっぱりアゼルは女を見る目がないね。」


 クソ……。痛いところしかつかねえなコイツ。

 まあ恋愛に関しては、クソみたいな思い出しかない。だがそれとミシェーラとどんな関係がある。


「心配しないで。これはただの娯楽。」


「お前の娯楽は碌なもんじゃねぇだろ。」


「当たり。私、悪魔だから。でも今回は違う。」


「今回は?」


「そう。永い年月を生きてるとね、やっぱり飽きてきちゃうでしょ? だから私は娯楽に飢えてる。」


「で、それが?」


「だから観察するの。悪魔が涎を垂らすほどの、人間の腹黒さを目一杯ね。」


「それは……つまり……ッ!!?」


 その回答を投げかけようとした時、頭に酷い頭痛が走った。


「お前ッ……エレシア!!?」


「それ以上先を喋ったら面白くないでしょ? だからアゼルも一緒に楽しもうよ。」


 クソ……ダメだ。意識が落ちていく。

 直後、俺の足元は暗闇の穴となり、精神が下へと吸い込まれていく。それはこの花園の入園の終わりを意味していた。


「だから、ちゃんと見守ってあげてね?」


 そう最後に言い残した悪魔の囁きを最後に、俺は夢の世界を追い出され、眠りの外へと誘われたのだった。

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