第24話 もしかして初日でクビですか?

「……っ……。」


 喧嘩騒動の後、授業を急遽中断した俺は、付き添ってくれた一人の女生徒ミシェーラと共に、医務室のベット縁で看病に勤しんでいた。


 そんな中でも、俺は片手間に本を広げて読書に耽っていたが、そろそろ終わりが近い事を察する。


 ベットの上で眠りこける男子生徒、クライブは穏やかに顔つきで今にも起き上がりそうだ。この具合ならもうすぐ目を覚ますだろう。


 途中、付き添い人のミシェーラからは、何で喧嘩を止めてくれなかったのだと、抗議の目線をこれでもかと味合わされたが。


 クライブの治療が済み次第、今は張りつめた糸が切れたかのように、スヤスヤとご一緒に眠っていらっしゃる。


 俺も初日なだけあって今日は疲れたよ。


『青春だねー。』


 ……えー幻聴だ。どうやら思っている以上に俺は疲れているみたいだ。そうに違いない。


『幻聴じゃないよ?』


 顰めっ面をしても無駄らしい。俺はわざとらしく溜め息を落とし、構って女神に集中する為、目を閉じた。


(……何だ急に。話しかけてくるなよ。)


『二人が羨ましい?』


(だから喋りかけてくんな。すっこんでろよ。)


『もーあたりキツーーい!!』


(五月蝿い、喚くな。)


『じゃあ構って?』


(……はぁ。まぁ確かに青いな。)


『だよね〜。良いなぁ。』


(お前もそういうのに興味あるのか?)


『お前って誰の事かなぁ〜』


(もう話さないぞ。)


『相変わらず意地悪だね〜。この前のお代もまだだし。』


 やっばい。俺とした事が忘れてた……。


『聞こえてるよー。』


(勝手に心を覗くな。)


『心象結界内だからねぇ〜。仕方ないよ。』


(……ああ分かったよ。すまん、忘れてた。)


『そんな素直な所、嫌いじゃないですよ〜』


 そうか、あの日だ。


 試験が終わって直後の事だったからな。酒飲みすぎて泥酔してたからか。


『そういう事。じゃあ今日にでも貰いに行くから。』


(了解。もういいだろ。そろそろこっちも目覚めそうなんだ。)


『うん。でもまだダメ。』


(何だよ。まだなんかあんのか?)


『延滞料。』


(とるのかよ。)


『当然。だって私、悪魔だよ? これに懲りたら、異形との契約は遵守した方がいいよ。』


(それをお前が言うかよ。)


『優しいでしょ?』


(良いや。ほんと悪魔だよ、お前は。)


『そうだね。じゃあ一つ、言うこと聞いてもらおうかな。』


(非人道的なやつじゃない方で頼む。)


『私を何だと思ってるの?』


(いや悪魔だろ。)


『そうね。そうだった。』


(で、何をすればいい?)


『じゃあ言うね。あの子、ミシェーラの行く末をその目で見届けて。』


(……エレシア。てめぇ何考えて……。)


 おい待てよ。クソッ……好き勝手入ってくるくせに、出ていくのも自分勝手かよ……。


 エレシアが消えた事で意識は微睡み始め、俺は外へと引っ張られた。




ーーーーーーーーーー




 クソっ……。何考えてんだほんと。

 あの腹黒女神。ミシェーラの行く末を見届けろだと。一体、何が狙いだ……。


 いやそれは後でいいか。切り替えよう。今は先にこっちだな。


「目覚めたか?」


 ゆっくりと……クライブは重い瞼を開いた。

 意識が戻ったみたいだな。とりあえず、手に取っていた本は寝具に置くとして。


「……アデル先生。私は……。」


「クライブ、であってるよな? お前喧嘩弱いのな。」


 寝てる間に名前は確認済みだよ。まあ記憶の混濁もないようで何より。


「……!? クライブ、大丈夫!?」


 クライブの御目覚めと一緒に、こっちも目が覚めたみたいだ。その息の合った目覚めに、思わず仲良しかとツッコミそうになったよ。


 俺の事など忘れて、クライブの看病に挙手したミシェーラは、勢い任せに手を握る。


 余程心配だったんだろうな。さっきまで俺に向けていた、ジトーとした恨みの視線が嘘みたいだ。


「……ミシェーラ。どうして此処に。」


「礼言っとけよ。ずっと看病してくれてたんだ。」 


「せ、先生!!」


 おっと、それは言わない約束だったよな。 


「ありがと、ミシェーラ。」


「……ぅん。」


 あかん……『エレシア』の言う通りめっちゃ青い。これ以上は此処にいるのは野暮だろう。学生同士……いやミシェーラのお熱い時間を邪魔するのはよくない。


「じゃ、そろそろ行くわ。」


「先生。」


「ん?」


「ありがとうございます。」


「俺何もしてねぇよ。」


「いや……止めないでくれて、ありがとう。」


「……そっか。」


 俺は横たわるクライブを少し見直した。

 不覚だな。ボコボコに殴られて、気絶までさせられたというのに。このクライムという男が、格好いいと思ったよ。


「根性あるじゃん。もっとお前とは話たかったよ。」


 だからほんと残念だ。


 俺は名残惜しい気持ちを残して、閉ざされたカーテンを開いて、職員室へと足を動かそうとしたが、


「どちらへ。」


 そんな俺をクライブ……ではなく、ミシェーラが止めた。


「職員会議。もしかすると今日で顔合わせんの最後かもな。」


 あっけらかんとした俺を見て、二人は何処か察したような表情を見せた。が、それは俺も同じことで、気づかされるものがある。


 やっぱり、そうなんだよな。

 俺の感覚は決定的に普通からズレてる。喧嘩なんぞ大した事でないと考えたが、学生同士の殴り合いを促す真似は、流石に不味かったみたいだ。


 だからそのツケと責任を取らないとな。


「じゃあなお前ら。子作りは計画的にな。」


「なっ!!?!!?」


「へぇ?」


 良い反応だ。

 感性豊かな二人の顔芸に、俺のニヤケが止まることはなかった。


 さて、お遊びはこれまでにして。後はお偉いさん方の判決に委ねるとしよう。


 そうして俺は、職員室に向けて医務室を後にした。




ーーーーーーーーーー



「……田舎に帰りたい。」


 誰もいない日暮れの路地裏で、俺は愛すべき長閑な日々を思い出していた。


 それもこれも、心が疲弊しているからだろう。なあ愛娘よ、お父さんは初日からめげそうだよ。


 職員会議を終え、長時間に続く拷問のような質疑応答に罵倒の嵐は軽く俺の心をへし折った。


 その後、キャロール先生からのキツーい御言葉と自宅謹慎を命じられた俺は、心身共にボロボロになりながら、やっとの思いで宿屋にたどり着いたが、何かおかしい。


「は?」


 俺が借りている部屋の扉が、ぎこちない音を立てながら揺れている。だが中の光は付いてない。


 確か今朝は……急いでいたため、部屋の鍵を閉め忘れていた事を思い出す。だが扉は閉めていた。となると、空いた扉が示しているのは、誰かが俺の部屋にいる侵入した証拠だ……。


「『上位技能アレス・オン 盗賊の極意』」


 無意識に悪友から教わった『上位技能』を発動した俺は、聴覚を強化し、闇に視野を広げる。


「『研魔』」


 ついでだ、慎重に努めよう。俺は指輪による縛りを受けながらも、半径10m範囲に薄く魔力を研ぐイメージで空間に押し広げる。


 中に一人、誰かいる。冒険者の血が騒いだ時、俺は構える。


「誰だ。」


 そう暗闇へ問い詰めるが、反応はない。


 仕方ない。ならこっちから向かってやるよ。研魔領域は正常に不届き者を捉えている。


 そして、ついに俺はドアノブに手をかけ、部屋へ押し入った。


「……!!?」


 ビクりと、部屋の椅子に腰かけた誰かが反応した。


 薄暗くて顔が良く見えないな。でもこちらに向かってくる様子はない。


「『灯で闇を照らす魔術ルーメルン』」


 俺はお得意の魔術を発動。迷宮などの探索系冒険者、その後衛職を担う者なら必須の魔術だ。


 一応、警戒のために目を潰しておこうか。

 俺は一瞬だけ光の出力を上げ、灯の閃光フラッシュを焚いておく。闇に慣れた目は急激な光に弱い。不法侵入のツケとして、少しは痛い目を見てもらうぞ。


 直後、余りの光に眼を覆った女性。そこにいたのは……。


「何だよ、ステラか。」

 

 そこに座っていたのはステラだった。だが様子がおかしい。何処か不機嫌でいらっしゃる。


「ビビったろうが。なんで灯りも付けないでーーてっおいッ!?」


 俺の予想は的中したようで、ステラは凪ぐように此方を指した。


 この感じは……また刻印かよ!? 


「『縛』!!」


 そしていつも通り、俺は鎖で縛られる。

 

 なあステラよ。今俺の心はかなり衰弱気味なため、今日は手加減して欲しんだが。


 でもその前に、一つ言わせてくれ。


 俺は何度目かすらも忘れた、この似たような状況に苦笑せずにはいられなかった。


「何なんこれ。この鎖で縛る流れは恒例行事なんか?」


 またもや鎖だ。ステラの鎖で拘束された俺は、その場に寝かされたのだが。


「おい……何する気だよ、」


 すると、ステラは大胆にも馬乗りとなり、俺の胸に手を当てた。その顔に明確な怒りを募らせながら。


「どういう事ですか! 答えなさいッ!!」


 絶叫するように声を荒げたステラに、俺は思わず肩を委縮させる。


「学生間の喧嘩を促したというのは本当のことなのかと聞いてるんです!!」


 いやまだ内容聞いてねえよ。と、突っ込みそうだったが、そんなに迫らないでくれよ。


「どんな意訳だ……あーごめんごめん答えるから、そんなに強く縛らないでくれ。」


「うるさいッ! 早く答えてッ!」


「分かったって。答えればいいんだろ……ておい……。」


 俺はいつも見たく雑に振り切ろうとしたのだが、そんな事はできなかった。


 ステラは……がむしゃらに胸ぐらを揺らした彼女は、子供のように泣いていたのだから。


「何で泣いてんだよ。」


「知りませんよ、そんな事……。」


 そう言って、ただステラは必死に涙を拭うだけ。魔族と相対したあの時ですら、彼女は涙を流さなかったというのに、どうしてこんなふざけた状況で頬を濡らしたのか、俺には理解できなかった。


 いや……ふざけているのは俺だ。ほんとうに大馬鹿野郎だよ俺は。


「ごめんステラ、ちゃんとするからこれ外してくれ。」


「…ッ…嘘だったらッ、許しませんからね。」


「あぁ。嘘じゃない。」


 そうして告げられた『解』。


 この際だ。このズレと向き合わない限り、俺があの教室に立つのは相応しくない。幸い、ステラがいる。話し相手には丁度良い人選だ。


 そうとなれば、まず俺は準備に取り掛かった。

 

 ステラに手拭いを渡し、取り敢えず食卓へ座らせよう。


 台所の戸棚を開け、湯を沸かす。落ち着いた話をするなら、温かい飲み物ぐらいあっても良いだろう。


 俺は淹れたての茶を二つ食卓に並べる。そのと真ん中に東和の和菓子をセットして完成だ。


 俺も椅子に腰を下ろす。既にステラは一服しているようで、熱い茶碗を両手に、何度も息を吹きかけている。


「火傷すんなよ。」


 お節介だったか? ムスッと糸瓜のように口を曲げたステラは、今度は忙しなく茶碗の尻を上げた。


「ほら言わんこっちゃない。折角注意してやったのに。」


 案の定、ステラは猫のように顔を顰めた。これは確実に舌を火傷したやつだ。


 でも流石は淑女様。吹き出すなどもってのほか。俺がさっき渡した手拭いで口元を隠すあたり、本当にお上品な作法だよ。


 でもさ、ステラ。自分が火傷したからって、もっと俺にムスッとなるのはやめて欲しいんだが。


 舌の痛みを和らげるように、甘さをご所望な淑女様は、今度は和菓子へと手を伸ばされましたと。


「なんですか。このような美菓子で私を釣れるとでも……。」などと言ってらっしゃるが、結局、その手が止まる事はなかった。


「美味いか?」


「……はい。大変、美味です。」


「そっか。」


 頬袋を作りながら、大福という東和のお菓子を頬張るステラは、見ているだけで目の抱擁だ。まぁこんな事、絶対本人の前で言えないが、お気に召したようで良かった。


 次は慎重にお茶を啜ったステラは、ゆっくりと息を吐いて、こちらを見る。


 どうやら、気持ちの整理がやっとついたらしい。


「……ねぇアゼル。なんであんな事を?」


 満を持して、ステラは第一歩を踏み込んできた。


「別に大した事じゃない。あれが一番後腐れがないと思っただけだ。」


「またそんな風に茶化して。」


「茶化してねぇよ。至って大マジ。」


 納得してないステラを前に、俺は頭を抱える。これは難航しそうだな。

 こうも伝わらないものだろうか。何か良い手は……いや違うだろ。もっと簡単だ。


「俺さぁ。学校行ったことないんだよ。」


「え……本当に?」


 固まること数秒、ステラは表情を抜け落としたまま肩をすくめた。

 

 教育一徹の淑女様からすれば、まるで本当かすら怪しいよな。


 今の時代、王国・帝国みたいな大国じゃ、平民でも一般教養の無償化が進んでるからな。受けてない方が可笑しいぐらいだ。


「俺はこっちに来て、すぐ冒険者になったからな。」


「こっちって……貴方出身は?」


「ん? 前も言わなかったか。デメテル地方だよ。」


「そうではなくて、出生地の方です。」


「あぁそっちね。『天界』だよ。小さい頃は雲の上に住んでた。」


「『天界』って……また冗談を……。」


 みんな揃ってその反応だよ。『天界』は御伽話ってぐらいの認識らしいからな。冒険者の中でも、存在を認知しているのはごく僅かな上位陣だ。とそんな事より。


「まあそんな事はどうだっていいんだ。」

 

 ステラの興味を移すよう話の尺を折った俺は、淹れた茶を一口、心を鎮める。


 立ち昇っていた湯気も、いつしか失せている。決して忘れていたわけじゃない。俺は猫舌なのだ。


 その後、ゆっくりと数口茶を啜った俺は、改めて言葉の続きを考えてみた。


 思えば、十代の頃は本当に争いばかりだったな。それも全て自分で選んだ道だったが、今日のクライブとミシェーラを見て、俺は何処か羨ましくなったんだと思う。

 

 俺が知らないだけで、人生の在り方とは千差万別何だろう。冒険しかしてこなかった俺には決して無かった、また違う魅力に満ちているんだよな。


「俺の知る世界の殆どはさ、冒険なんだよ。だからお前らの普通がよく分からん。」


 教師を引き受けた以上、俺もアイツら事を知らなきゃならない。それが今日見つけた新しい俺の課題だ。


 素っ頓狂に構えていたステラにも、どうやら俺の言葉が届いたようだ。


 口元に左手を添え、考える素振りを見せる。そして彼女が出した結論は。


「つまり……アゼルは壊滅的なまでに常識知らずだという事ですか。」


「それはつまりじゃねぇズバり言うな。」


 ストレートな御言葉を心に貰った俺だったが、歯軋りしそうな顔を何とか引っ込める。


「仕方ないですね。」


 だがそんな俺にもステラは手を差し伸ばしてくれた。

 

「アゼル。明後日、私と付き合ってくれませんか?」


 いきなりの提案に俺は頭を捻らせたが、ある問題が生じる。

 

「付き合うって……俺一応、来週まで自宅謹慎なんだが。」


 反省する立場のものがこんな美人と外出とは、一体如何なものだろうか。


 万が一にでもキャロール先生やガイウスの野郎にでも見つかれば、それこそ本当に泣かされそうだし、体よく大人しくしていた方が良さそうだと思うけど。


「良いんですよ。別に遊ぶわけじゃありませんし。多分……大丈夫です。」


 何だその曖昧な答えは。


 それに意外だな。嘘や卑怯さを嫌う元裁判官の出立で在られるステラ様が、まさか自らルールを破る提案をするとは。


 でも遊ぶわけじゃないんだよな。


 ステラの事だ。何か考えがあるんだろうし、此処は乗ってみるか。

 

「頼むから、バレたら庇ってくれよ。」


「その時は一緒に怒られましょうか。」


 やっと……笑ってくれたか。さて、明後日まで時間が出来たな。どうしようか。

 

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