第23話 とりあえず退散。

「帰りてぇ……。」


 開幕一番に絞り出した一言は、只々切実な願いだった。


 取り敢えず状況を整理せねばと、俺は既に曲げそうな心をフルに回して、辺りを見回すと階段式の講義室の後方で取っ組み合ってる二人を見つけた。


「はぁ……」


 いかん……思わずため息が漏れてしまった。


 厳格な人柄とか、悠然とした格好の良い先生像だとか、色々と気構えしてきたんだが、どうでも良くなってきた。


 俺はそれが悪い癖だと自覚しながらも、脱力してしまった身体ではやる気もクソもない。


「あーあ。勿体な。」


 折角の綺麗な花がこれでは台無しだ。


 手に魔力を集中させた俺は、お決まりの魔術式を頭に描いた。


「『魔術発動 道具作成イマージュン』」


 花瓶はそう複雑な形状じゃない。魔術で作ってしまうのは簡単だが、それではこの破片が勿体無い。作り直せるなら、それに越したことはないんだからな。


 気づけば、あっという間に完成。花を添えて、『水魔術』で潤せば元通りだ。後はこの辺に……教卓の上にでも置いておくか。


 さて。これでやっと一悶着、と言いたい所だったが、この異様な空気でどう話を切り出せたものか。


「さっきのは……『土魔術ソドム』系の魔術ですか?」


 などと悩んでる間に質問が飛んできた。


 正面の女学性徒よ、有り難く答えさせてもらいますよ。でもその前に、


「名前は?」


「はい。リエルです。」


「了解。ご明察の通りと言いたい所だけど、少し違うな。」


 えーリエル、別にそんな驚く事か? さっき俺が使った構築系の魔術は、意外と王国では流行ってないのかな?


「似てるけど、さっきのは創造構築系の魔術だよ。」


「成程……すごいです。」


 凄いのか……な? まあ取り敢えず今はするべき事をしよう。


「えっと。まあ挨拶が遅れたな。今日からこのクラスを担任する、アゼ……アデルだ。皆んな、宜しく頼む。」


 若干、ボロを出し掛けたがまずまずの挨拶じゃないか……えっと皆さん。少しは反応を示してくれても良くない?


「あの……。」


 はいはい、アデル先生をお呼びでってお前か。


 申し訳なさそうな縮こまった声の主は、さっきの花瓶騒動の男子生徒から。


「何?」


「すみません。……お怪我は?」


「無いよ。でも心が折れかけたわ。」


「勢い余ってつい……。ほら、グレンも謝罪すべきだ。」


 グレン……あぁ。取っ組み合ってたもう一人の方か。素直に謝ってきた君には関心だけど、こいつかあからさまに態度が悪い。


「あ? 何で俺が。お前が絡んできたからだろ。」


「そうやってまた子供みたいに逃げるのかい?」


「子供はお前だろ。そっちこそまた正義のヒーローごっこか?」


 おーおーまた険悪な雰囲気じゃないか。喧嘩上等、いい事じゃないか。


 クラスの大多数が注目を集める中、俺もまた二人の行く末を見守っていた。こういうの冒険者の時以来だ。酒場でよく取っ組み合いの喧嘩をして、時には拍車をかけたものだが……。


「あ、アデル先生! 止めた方がいいんじゃ……。」


 意外にも上がってきた擁護の声は、少し気弱そうな女学生から。


「別にいんじゃね? 喧嘩ぐらいよくするだろ?」


「……えっ……。」


 なんか……絶句って感じの反応だな。


「なんだ。まだやんないのか、二人とも?」


 どうやらさっきのは爆弾発言だったらしい。直後、静寂に統一されたクラス。俺は一瞬にして何かやらかした事を悟ったが、どうやら一人は違ったようだ。


「あんた達、そうやってイキがるくらいなら早くヤれば? せんせーもこう言ってくれてるんだしさ~?」


 主張の強そうな子だな。直後、


「いいじゃん。やっちゃいなよ。」


「カトレアに賛成~」


「う、うん。いいと思う。」


 その周りの取り巻きが同調し始めた。どちらかっていうと俺も賛成に一票投じたいぐらいだけど、流石に喧嘩は不味いのかな……? 学校行ったことないし、こういう感覚はよく分からん。


「だってよ。先公御用達だ。」


「……ッ。」


 ついにグレンの方が構えたな。見るからに素人……って言いたいところだけど、ちょっとは型が出来てる。魔術師にしては筋肉もまあついてる方じゃないかな。


 一方で、正義っ子の方はまるでダメだな。心と体が釣り合ってない。構えも素人で腰が引けてる。


 見るからにグレンってやつの方が強いし、喧嘩してもこの正義っ子かボコボコにされるだろうな。


 そうして、痺れを切らしたグレンの一方的な攻撃が始まった。


 結果は見えてる。ガードが甘い。あんな受けじゃ腕がすぐ使い物にならなくなる。


「かはッ!」


 ほら言わんこっちゃない。痛いだろうな、諸に溝に入ったか。悶絶喰らって塞ぎこんでそうだが、ここからじゃよく見えん。


 気づけば、「やっば。」「ガチじゃん…。」などと、同調してたはずの輩達から、そんな声が上がり始めていた。唯一楽しんでるのは、カトレアぐらいか。一人だけ愉悦そうな表情を浮かべている。


「本当に止めなくていいんですか。」


 だがそんな状況を見かねたのか。リエルは本を閉じ、真剣な眼差しで此方に訴えかけてきた。


「止めた方がいいのか?」


「分かりませんか。彼は苦しんでいます。」


「そりゃそうだろ。溝内喰らって痛くない奴なんかいない。」


「……貴方、本当に教師ですか?」


「?」


 ん? 何が言いたいのかよくわからんが……。そうこう悩んでいるうちに、どうやらより物事はスムーズに動いてたらしい。


「『身体を強化する魔術アルス』」


 グレンの肉体は歓喜し、身体が一段階の強化を迎える。


「おい……まだッ、へばんなよ。」


 本気でへし折るみたいだな。でもこの狂性を滲ませる声と過剰なまでの肉体反応を見る限り、完全に『身体強化』系を制御できていないな。


 おっと、のんびり見てる暇はなさそうだ。


 強化されたグレンの腕は、胸倉を掴むと容易に身体を持ち上げる。これでは身体が無防備だ。正義っ子の貧弱な肉体では『身体強化』された拳は耐えられない。


 だがグレンには、その正常な判断が出来るほどの自制心が無いらしい。


「てめぇ。何のつもりだ。」


 そりゃとんでもない怪我に繋がる攻撃は止める。腕を掴まれたのが、そんなに不愉快か?


ラリってるぞ。慣れない内に『身体強化アルス』の魔術は使わない方がいい。グレン、お前にはまだ早えよ。」


 どうやらその言葉がお気に召さなかったのか。グレンは正義っ子を雑に放り投げ、目標を俺に移したらしい。


「次はお前が相手してくれんのかッ……?」


「涎出てるぞー。汚ねぇよ。」


 その瞬間、左拳が炸裂。うわぁ……遅いなぁ。構ってる暇ねぇや。


「おーい。大丈夫かー。」


 俺は軽く避けて無視。

 倒れていた正義っ子の頬を叩いてみると、反応が返ってきた。骨に異常はないが、内出血してるだろうな。


 生憎、俺の『神聖術』は自分以外の傷を治すことができないんでね。


 しゃーない。一応、医務室のでも連れていくか。でも医務室ってどこだ?


「誰か医務室まで着いてきてくれ。場所が分からん。」


 誰もいないのかよ。一人ぐらい名乗りでてくれてもいいんじゃないか。


 ひっどいなぁほんと。また溜め息がでそうだよ。


「あ、あの! 私、行きます!!」


 遅くれながらある一人の生徒名乗りを挙げた。よく見れば、さっき止めるよう促してくれた子か、素直に感謝するよ。


「おいッ! 待てよ!!」


 強い口調に振り返ると、拳を避けられ呆然としていたグレンが、再び威嚇を剥き出していた。


「まだ終わってねぇよッ!!」


「……ダル。」


 いかん。また声が漏れてしまった。


 額に血管を浮かべたグレンは、頭目掛けて容赦のない上段蹴りを入れにくるが、こんなものは少しのけぞるだけで簡単に避けれる。


 だがグレンは止まらない。次は体での押し合いに持ち込むらしい。諦めない猪突猛進な姿勢は元気でよろしいが、人を殴るなら自分も殴られる覚悟で挑むべきだな。


 直後、俺の脚はグレンよりも早く動いていた。


「それでいい。」


 そう告げると、グレンは忠実なまでに動きを止めていた。まあそうなるよな。自分の顎に足蹴りを寸止めされたら誰だって動けない。


 俺も元冒険者だからな。これぐらいの脅しまがいはする。


「各自、自習でもしといてくれ。以上。」


 よし、とりあえず退散。

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